2023年09月22日掲載

Point of view - 第237回 池原真佐子―部下・後輩とキャリアの1on1を行ってみよう 〜なぜ必要? どこに気をつける?〜

池原真佐子 いけはら まさこ
株式会社Mentor For
代表取締役

一般社団法人ビジネス・キャリアメンター協会 代表理事
早稲田大学・大学院(教育学 / 成人教育)卒業後、政府系機関やNGO等でのインターンを経て、新卒でPR会社に入社。転職を経て教育関連のNPO、コンサルティング会社で人材開発に携わる。在職中、INSEADに入学し、二つ目の修士となるExecutive Master in Change (コーチング・組織開発)も修了。2014年に起業。その後妊娠するも、臨月でパートナーの海外単身赴任が決定。日本に残りワンオペ育児になったことを契機に、2018年に社外メンターを育成・企業の女性リーダーにマッチングするメンター事業を立ち上げる。2年半のワンオペ育児を経てドイツ移住。2年間ドイツと日本で2拠点生活を経て2021年5月一般社団法人ビジネス・キャリアメンター協会を設立、代表理事も兼務。第21回「女性起業家大賞」グロース部門優秀賞(全国商工会議所女性会連合会会長賞)獲得(2022年)。著書に『女性部下や後輩をもつ人のための1on1の教科書』(日本実業出版社)がある。

社内・社外メンターの必要性

 私はMentor Forという会社で、女性活躍・DE&I推進を目的とした、女性社員と社外メンターとのマッチングや社内メンター制度の導入支援を行っています。社内の管理職や経営層は男性が多く、同性のリーダーとしてのロールモデルが不足している女性社員に対して、さまざまな経験を積んできた社外の先輩女性たちを「社外メンター」としてマッチングし、女性の自信形成やリーダーシップ育成を支援しています。また最近は、女性社員だけではなく、男性管理職・役員に対しても社外メンターを付け、彼ら自身のキャリア開発、メンターとしてのスキルの醸成を目指す事例も増えてきました。そして、「上司や管理職が、社内で部下や後輩に対してキャリアの1on1ができるようになってほしい」というリクエストも増え、メンタリングスキルの研修も多くの企業で導入しています。
 また、私はビジネス・キャリアメンター協会という団体でも代表理事を兼務していますが、プロのメンターとして副業・活動したい方のみならず、マネジメントとしてメンタリングの技量を高めたいというビジネスパーソンも多く受講しています。

キャリア観の変化

 この事業を開始したのは2018年ですが、ここ数年で、キャリアへの認識が大きく変わっていること、そしてキャリアの1on1のニーズが高まっていることを肌で感じます。
 2020年ごろからコロナで社会状況が一変し、世界情勢だけではなく働き方や私たちの生活もすべてが変化しました。何となく将来が見通せていた―そんな感覚から「一寸先は何があるか分からない」というキャリア観に変わったのではないでしょうか。
 また、会社と従業員の関係性も少しずつ変化しており、「会社が研修もポジションも用意するので定年までそのまま働いてください」という状況ではなく、「キャリア開発もリスキリングも自分でやってくださいね」「役職定年もあります」「70歳まで働かなきゃいけません」「ジョブ型も導入します」「副業もOKです」等、会社員としてのキャリアも働き方の選択肢も増え、自ら意志を持って切り開かなければならなくなりました。これまでのように、じっと黙っていても会社がすべて用意してくれる、先の見通せるキャリアではなくなってきました。

キャリアの1on1を行う意味

 上記のような変化から、会社にいてもキャリアに不安を持つ人、あるいは、キャリアの選択肢が多いが故に迷いを持つ人が多くなっているのではないでしょうか。
 だからこそ、皆さんにも部下や後輩に対して、キャリアの1on1を定期的に実施していただきたいのです。業務の進捗(しんちょく)や業績、評価の話ではなく「どのようなキャリアを歩みたいと思っているのか」「中長期キャリアのビジョン」「キャリアの悩み・課題」等に焦点を当て、その人がイキイキと活躍できるように支援をする対話です。
 こういうことを書くと、「キャリアの夢なんか聞いちゃって、それが会社で実現できなかったら、退職につながるんじゃないの?」「なぜわざわざ会社でそんな話しなくちゃいけないの?」と疑問を持つ方もいるかもしれません。しかし、人が辞めていく大きな理由は、身近な上司との間でコミュニケーションが取れていなかったり、この仕事が一体自分の人生の何に役に立つのか分からなかったりと、やりがいを感じられなくなる時です。キャリアの1on1によって、部下のキャリアに興味を持ち、部下の大事な価値観やありたい未来と(ひも)づけて、現在の仕事の意味づけをしたりすることが、実は部下育成において大きな意味があります。

1on1の進め方と無意識バイアスへの気づき

 では、キャリアの1on1をどのようにやればいいのか?また、何に気をつければよいのでしょうか?
 まず、キャリアの1on1の進め方、スキルについては、信頼関係の構築、そして相手の話を傾聴しながら、話の奥にある課題を見極め、適切な助言をする、そして話を締めていくという流れになります。
 ただし、気をつけていただきたいのは、「自分の無意識バイアスを相手に押し付けない」ということです。無意識バイアスとは、自覚なく無意識に持っている、特定の集団に対する偏見で、特に日本の場合は性別役割に関する偏見が強いといわれています。例えば、女性部下から「子供が生まれるのでキャリアが不安です」と相談をされたとして、「育児と仕事は大変だから、しばらくは大きな仕事もできないし、出張とかも行けないね」なんて無邪気にアドバイスしてしまったら?あるいは、子供が生まれるという男性に「男が育休なんて取るんじゃないよ」などと言ったら?このように小さな、しかし根深い刷り込みが積もることで、組織にとっては大きな(ゆが)みとなっていくでしょう。それだけではなく、多様な部下の、それぞれの能力が発揮できず、活躍できない状況をつくってしまいます。
 繰り返しになりますが、キャリアの1on1を実施する際は特に、自分自身の、そして他者に対する無意識バイアスに気づき、「これは違う属性の人だったら同じことを言うかな?」と一歩立ち止まり、振り返ってみましょう。

成長実感をつくる

 キャリアの1on1を組織の中で行うことにより、部下自身が「この会社にいて成長できている」という実感や、「この会社での経験がそれぞれの中長期のキャリアビジョンにきちんと結び付いている」という感覚を持つようになります。つまり、「キャリア安全性」といわれるものの基盤になっていきます。また同時に、キャリアの1on1を実施するあなた自身にとっても、人と向き合い可能性を引き出しながら伴走していくスキルを身に付けることで、ビジネスパーソンとして、そして人としても成長していくことができます。ぜひ、キャリアの1on1を取り入れてみてください。

 「メンター」という言葉にどのようなイメージがありますか?私は、「人生やキャリアの、ちょっと先を行く存在」だと思っています。キャリア形成や人生の選択で、迷うこと、悩むことはたくさんあります。そのような時に、メンターが寄り添い、全力で応援してくれたらこれほど心強いことはありません。悩む気持ちを受け止め、メンターの経験やキャリアの成功、失敗からの学び、多様な選択肢を提示してくれたら、私たちは、勇気を持って前に進んでいくことができるでしょう。