2023年09月25日掲載

データを味方につけて組織を変える! 成果を出すPA(People Analytics)ドリブン人事 - 第2回:ピープルアナリティクスで人事課題を解決しよう! ~ピープルアナリティクス活用モデル~

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Human Capital Division.

横塚崇弘 よこづか たかひろ
マネジャー

松井和人 まつい かずと
シニアマネジャー

山本奈々 やまもと なな
執行役員 パートナー

 第1回では、ピープルアナリティクスが重要となりつつある背景やその導入効果について概説した。第2回では、ピープルアナリティクスの実践・活用をこれから始める読者や、既に実践・活用を進めている読者の皆さんに向けて、具体的に何から検討していくとよいのかを提示するべく、「ピープルアナリティクス活用モデル」について紹介する。

1.一般的なデータ分析モデルと人事データ特有の課題

 まずは、データ分析を進める上で重要なポイントを押さえたモデルとして、一般的によく知られている二つのモデルについて触れておきたい。

 一つ目は、データ分析のプロセスを明確化した“CRISP-DM(Cross-Industry Standard Process for Data Mining)”[Sheare C., J Data Warehousing, 2000]である。CRISP-DMはデータ分析をビジネス理解・データ理解・データ準備・モデリング・評価・実装の6段階に分け、それぞれのプロセスでの実施事項をまとめており、具体的なデータ分析を進める上で良い道しるべとなる。

 二つ目は、データ分析の発展段階を整理した“Stages of Data Analytics Maturity”[Davenport & Harris, 2007]である。Stages of Data Analytics Maturityはデータ分析の段階を記述的・診断的・予測的・処方的と段階的に整理しており、取り組んでいるデータ分析の発展段階を分類・評価するとともに、より予測的・処方的なデータの活用アイデアがないかと視野を広げて考える際に良いフレームワークとなる。

 第1回で述べたとおり、ピープルアナリティクスは、人と組織における特定の課題解決を支援するデータ活用であるため、前述のモデルを参照することで、人事における機能やサービスを効率化・高度化するためのデータ分析手法を検討することは、検討の方向性を示す上で大いに役に立つ。例えば、“Stages Data Analytics Maturity”を参考にピープルアナリティクスへの活用例を示すと、分析の発展段階によって、どのような分析でどのようなことが実現可能かを整理することができる[図表1]

[図表1]Stages Data Analytics Maturityのピープルアナリティクスへの活用例

図表1

 しかしながら、人事データを扱うピープルアナリティクスにおいては、その他のデータ分析と異なり特殊性が存在する。そのピープルアナリティクスの特殊性を挙げると以下のようなものがある。

  • ピープルアナリティクスは人事データを扱う特性上、取り扱いに注意が必要となる個人情報も含むことが多いことから、人事担当者が分析を担うことが必要となるケースが多いこと
  • 各種課題解決に向けた分析を行うためには、課題認識を持つ部門や関係者(事業部門や人事内の各CoE組織・チーム等)を含めて体制を構築して推進する必要があるものの、上記特殊性から人事部門に閉じて取り組みがちなケースが多いこと
  • マーケティング等の事業に直結する分析と比較して、人事における分析の効果が事業に対して、どのように貢献するかが定量的に把握しづらいこと
  • 分析の結果を施策として落とし込む際に、各従業員への展開時に十分な配慮が必要な場合もあること
  • 各種サーベイのデータは、個々人の主観的な感覚を示す心理データであるので、通常の売り上げデータ等の定量データとは指標の意味合いが異なること
  • 人事データには構造化されたデータだけでなく、他者からの評価コメントや職務経歴といった構造化されていないテキストデータも多く存在すること
  • 組織再編により同一組織であっても組織名が変わってしまうことや、組織内で実施していた具体的な職務情報が蓄積されていないことがあること
  • マーケティング等のデータに比べ、人事データは更新頻度が少なく、データ量自体も限定的となること

 上記のような人事データ分析の特殊性は、一般的なデータ分析モデルには含まれていない観点となる。したがって、ピープルアナリティクスをさらに取り組みやすくしていくためには、上記のような人事データを分析する際に考慮しておくべき特殊性を補完する、新たなデータ分析モデルが求められるのである。

2.ピープルアナリティクス活用モデルの概説

 前述した「人事データ分析による事業への改善効果が定量的に把握しづらいこと」や「人事担当者が限定的な課題から推進し始めること」、また「人事部門と他部門が連携する必要があること」といったピープルアナリティクス特有の特殊性に留意し、それらを前提に分析テーマの設定や分析方法、分析結果の活用方法、そして推進体制を検討していく必要がある。このような背景から、各企業のニーズを基にした分析テーマ、分析から得たい効果、実現可能性を検討しやすくすることを目的に、当社では「ピープルアナリティクス活用モデル」を策定している[図表2]

[図表2]ピープルアナリティクス活用モデル

図表2

 ピープルアナリティクス活用モデルは、人事課題を三つの階層に分けており、【課題階層1】個別人事機能レベル、【課題階層2】人事戦略レベル、【課題階層3】事業戦略レベルのそれぞれの課題において「分析の対象」「分析で答えるべき問い」「代表的な指標」「分析から得たい効果」を整理している。

 まず、「【課題階層1】個別人事機能レベルの課題に資するピープルアナリティクス」では、採用・配置・育成・評価・報酬・退職といった人材のマネジメントサイクルに沿った個別の人事プロセスにおける課題を対象とする。ここでは、個別の人事プロセスが効率的・効果的に機能しているかが答えるべき問いであり、ピープルアナリティクスによって各人事指標を最大化することや、個別の人事プロセスの効率化・高度化が分析から得たい効果となる。

 次に、「【課題階層2】人事戦略レベルの課題に資するピープルアナリティクス」では、組織と従業員個人の二つの目線で、さまざまな要因が絡んだ人事課題を対象とする。例えば、組織目線ではDE&Iやカルチャー、働き方、後継者育成などがあり、従業員個人目線ではエンゲージメントやウェルビーイング等がある。ここでは、全社的な人材マネジメントプロセスや人事諸制度が狙いどおりに機能しているか、また従業員個人の目線でエンゲージメントやウェルビーイングが達成された状態かが答えるべき問いであり、組織・人材のパフォーマンスを最大限に高めるための人事諸制度の全体最適化が分析から得たい効果となる。

 最後に、「【課題階層3】事業戦略レベルの課題に資するピープルアナリティクス」では、経営目標や事業戦略実現に大きく関連する人事課題を対象とする。ここでは、人材への投資が経営上のリターンにつながっているか、また各企業内に閉じずに、他社とのマーケット比較において、自社が従業員にとって魅力的な企業であるか等が答えるべき問いであり、ピープルアナリティクスを活用することで、人事という領域を超えて、事業の競争優位性獲得に人事が直接的に貢献することが分析から得たい効果となる。
 それぞれの階層における具体的なケースについては、第3回連載以降で紹介する。

3.ピープルアナリティクス活用モデルの利用メリット―推進組織を例に

 ピープルアナリティクス活用モデルは、当社が各企業にピープルアナリティクスの実行支援を提供してきたことを基に作成したものである。ピープルアナリティクス活用モデルの特徴は、人事課題の階層を整理している点にあり、それにより分析テーマの選定から、最終的な成果を得るまでに必要となる主要な検討事項を大まかに把握できることが、ピープルアナリティクス活用モデルを利用する最大のメリットといえる。主要な検討事項とは、具体的には“保有状況を確認すべきデータの範囲”、“情報システムの範囲”、“推進体制や意思決定に関わる関係者”などである。これらは、ピープルアナリティクスを各企業で推進していく際に、その成否を分ける重要な検討事項として見いだされたものである。
 例えば、ピープルアナリティクスの“推進体制や意思決定に関わる関係者”について、課題階層ごとに考えてみたい[図表3]

 まず【課題階層1】では、個別的・限定的なテーマを扱う階層であるため、解決したい課題をよく把握している人事担当者が推進できればよく、分析の専門家やその他の部門の担当者が集中的に関与する必要性は大きくない。求める分析の段階に応じて分析専門家や現場担当者を巻き込み、適宜サポートを得ながら、人事担当者が有する分析レベルの範囲で実行するのが一般的である。扱うテーマが個別的・限定的であることで、関係する所管部課が限られ、かつPDCAを回しやすいこともあり、比較的推進しやすく、スピーディな実行サイクルが期待される。

 続いて【課題階層2】では、複数の人事領域にまたがる複合的な人事課題を取り扱うこともあり、ピープルアナリティクスの担当者・チームが旗振り役となることや、旗振り役である部門に対してピープルアナリティクスの担当者・チームが分析をサポートする状態が必要となる。取り扱うテーマにより複合的な要素が絡み合うため、関係部門が広がるケースが多く、人事領域の最適化のために事業部長や人事部長が音頭を取って進めることも必要となる。なお、この時には、ピープルアナリティクスの取り組みが自社において価値のある取り組みであると認知され始めていることも多い。

 最後に【課題階層3】では、経営課題・事業課題に密接に関連した人事課題を取り扱うため、その他の人事課題にも同時並行的に対応するべく、ピープルアナリティクスの推進組織が全社的に関与する必要がある。人事課題や事業軸、分析技術等のサブ機能・チームを持ち、各課題に迅速に対応するとともに、サブ機能・チーム間は有機的につながりを持ちテーマに応じて連携する状態が望ましい。取り扱うテーマの性質上、経営層が責任者として入り込みながら各事業部の巻き込みや利害関係の調整等が必要となるケースも増える。

 このように、ピープルアナリティクス活用モデルを利用することで、推進に必要な組織体制や意思決定者がイメージしやすくなる。

[図表3]ピープルアナリティクスの推進組織・意思決定関係者の例

図表3

4.ピープルアナリティクス活用モデルの補足事項

 ピープルアナリティクス活用モデルの要点はここまで説明してきたとおりだが、4点ほど補足事項を伝えておきたい。

 1点目は、上位の課題階層の課題を改善しようとする場合には、下位の分析テーマに取り組むことが必要となることが多いことだ。例えば、【課題階層3】で定義される人的資本への投資による経営リターンが得られるまでには、【課題階層2】の分析テーマである従業員エンゲージメントスコアが大きな要素となるはずであるし、さらに要素分解された【課題階層3】の採用精度向上や学習リコメンドといった各個別領域の分析テーマは従業員エンゲージメントに影響を与える要素でもある。より上位の階層を改善するために施策を検討する際には、下位の課題階層について分析し、それを改善するためには、さらに下位の課題階層を分析するといったように、各課題階層の課題を改善する際には下位の分析結果を活用することができることに留意してもらいたい。

 2点目は、ピープルアナリティクス活用モデルは、必ずしも【課題階層1】から始めなければならないことを示すものではないことだ。例えば、従業員エンゲージメントについて、どの要素が原因になっているのかを調査することが最優先課題である場合には、エンゲージメント分析から始まるケースもあるし、人件費の逼迫が経営上の優先課題であれば、労働分配率の分析から進めるケースもある。このように、各社の課題感に応じてテーマを取り上げるとよいが、一般論としては課題階層が上がるごとに検討事項の範囲が広がり、難易度もその分高まる傾向にある。そのため、初めてピープルアナリティクスに取り組む企業においては、【課題階層1】から順に進めていくケースが基本的なパターンとして多いことに留意してもらえれば幸いである。

 3点目は、ピープルアナリティクス活用モデルは、どのような組織規模の企業であっても活用のメリットがあることだ。本稿で提示しているピープルアナリティクス活用モデルは、人事機能が分化した比較的大規模な企業を想定して階層を定義しているため、読者によっては咀嚼(そしゃく)しにくい面もあるかもしれない。他方で、本稿の課題階層はあくまで分析テーマ(採用や評価の分析、エンゲージメントの分析、要員計画の分析等)で整理しているため、関係組織の組織規模(部・課・係・担当者など)を読み替えてもらえば、ピープルアナリティクスの実行に向けた主要検討事項を俯瞰(ふかん)して検討の道筋を立てていけると思う。

 4点目は、ピープルアナリティクス活用モデルは、既存のデータ分析モデルの内容をすべて包含するものではなく、既存のデータ分析モデルと相互に使い分けてもらいたい点だ。ピープルアナリティクス活用モデルは、人事課題に対応する分析指標・分析から得られる価値を階層ごとに整理し、ピープルアナリティクスの検討要素および導入の算段を付けるために提示したモデルである。他方で、個別テーマの分析を進める際に、どのような分析手法(単純集計~将来予測・シミュレーション)を採るかといった検討においては、既存のデータ分析モデルの活用が有用である([図表1]の活用例を参照)。このことからピープルアナリティクスを推進する際、課題に応じて必要となる検討要素の当たりを付けるときにはピープルアナリティクス活用モデルを利用し、いざ分析としてどのような分析を行うかを検討する時には、既存のデータ分析モデルを活用するように使い分けてもらいたい。

5.本稿のまとめ・次回以降の内容

 本稿では、ピープルアナリティクスの導入に当たり参考となる一般的なデータ分析モデルを紹介するとともに、われわれ独自のピープルアナリティクス活用モデルも併せて提示した。ピープルアナリティクス活用モデルは、一般的なデータ分析モデルではカバーしていない人事課題に対応する分析指標・分析から得られる価値を階層ごとに整理し、各社の状況に応じてピープルアナリティクス導入の算段を付けやすくするために提示したモデルである。

 次回以降(第3~5回)では、ピープルアナリティクス活用モデルの階層ごとに、具体的なケースを取り上げながら紹介する予定である。あらかじめ伝えたいこととして、本連載においては、専門的な分析の方法論には入り込まず、あくまでピープルアナリティクスを「人事担当者として人事課題の解決にどのように活かしていくか」に焦点を当て、“保有状況を確認すべきデータの範囲”、“情報システムの範囲”、“推進体制や意思決定に関わる関係者”といった個別のテーマに関する部分は必要に応じて濃淡を付けて解説する予定である。本解説が、皆さんのピープルアナリティクスの導入において手触り感を持ってもらう一助となれば幸いである。

横塚崇弘 よこづか たかひろ
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー

大手SIerにてERPパッケージソフトの開発に従事後、ヘルスケア分野のスタートアップに創業メンバーとして参画。その後、日系コンサルティングファームにてAI活用コンサルティングやデータ活用組織立上支援に従事し、デロイト トーマツ コンサルティング(DTC)に入社。DTCではデジタルやデータを活用した人事機能変革プロジェクトに関与し、特に直近はピープルアナリティクス領域に注力している。
松井和人 まつい かずと
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
シニアマネジャー

10年以上にわたり、一貫して「組織・人事」関連のコンサルティング業務に従事。近年は、ピープルアナリティクス領域に注力しており、最適配置に向けたデータ分析や組織内ネットワーク分析、エンゲージメント分析、幹部開発等の人材育成に向けた分析等、幅広い実績を有している。
特に直近は、AIを活用した異動配置検討をサポートするツール・サービスである“Talent Matching”の開発・提供に尽力している。
山本奈々 やまもと なな
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員 パートナー

人事中計の策定、要員・人件費計画の策定(Workforce Planning)および最適化マネジメント、要員・人件費計画策定プロセスの高度化、人材のトランジション実行支援、組織・人事戦略策定、同一労働同一賃金、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)推進支援、ピープルアナリティクス、人事制度設計等、組織・人事関連のコンサルティングに幅広く従事している。
共著書に『要員・人件費の戦略的マネジメント ~7つのストーリーから読み解く』『"未来型"要員・人件費マネジメントのデザイン』(ともに労務行政)