東宮美樹 とうみや みき
株式会社ジェイック 取締役
株式会社Kakedas 取締役
少子化の加速も引き金となり、2022年に女性が「個性と能力を十分に発揮できる社会を実現」することを目的として女性活躍推進法に関する制度改正※1がなされ、女性リーダーの登用を検討する企業が増えてきた。
一方、「女性管理職比率30%」という政府目標も示されている中で、実態として30%をクリアしている企業は9.8%と、1割未満にとどまるという調査結果もある※2。
そんな中、株式会社ジェイックは女性管理職比率35%を実現している。自社だけではなく、研修会社として数多くの企業に対し、女性が活躍する組織づくりの支援を実施してきた。
本連載では、自社とクライアント企業の女性管理職比率を引き上げてきた知見や、取り組みを成功させるためのポイントを全3回にわたり解説する。
※1 情報公表項目に「男女の賃金の差異」を追加するともに、常時雇用する労働者が301人以上の一般事業主に対して、当該項目の公表を義務づけるなど。
※2 帝国データバンク「女性登用に対する企業の意識調査」(2023年)
筆者がこれまで自社での経験、またクライアント企業の支援をしてきた経験を通じて、どのようにして女性社員がやりがいや働きがいを実感できる職場づくりができるのかを考えてみたい。第1回ではまず、女性活躍を推進する上でぶつかる「本当の問題」を解き明かすため、女性リーダー育成の際、よく出てくる次の「三つの壁」[図表1]について、他社事例も交えてお伝えする。
女性活躍の取り組みで、うまくいかないケースの代表的な要因
①女性リーダー候補からの「管理職になりたくない」発言
②制度を整えていく中での「職場がぬるくなった」認識
③女性部下からの相談に「男性上司が対応できない」問題
[図表1]女性リーダー育成の「三つの壁」
1.女性リーダー候補からの「管理職になりたくない」発言
一つめの壁として多く見られるのが、女性のリーダー候補を選抜しオファーするも「管理職にはなりたくない」と断られるケースだ[図表2]。
[図表2]一つ目の壁:「管理職になりたくない」女性リーダー候補
女性活躍というテーマで、企業の人事や経営層の方と話をすると「当社の女性社員は管理職になりたがらない」「女性でリーダーになってキャリアアップしている、目指すべき先輩やロールモデルが存在しないと言われる…」といった相談を頻繁に受ける。
ほかにも、リーダーシップのある女性社員に対して「管理職に向いているからぜひ目指してほしい」と伝えたところ、「現在の仕事にやりがいを感じているので、このままでいい」と言われてしまうパターンも多い。
また、もともと男性社員・男性管理職が多かった企業で、時代とともに女性社員が増えてきたり、新卒採用でも女性の比率が上がってきたりした場合、期待する女性社員に管理職への昇進を勧めると「この会社は男性が主導しているから」という理由で断られてしまうこともある。
ロールモデルがいない、あるいは管理職という仕事のイメージが悪い場合もあるし、実は、以前に何かしらの女性蔑視的な発言をされたなどの体験があり、女性社員が自社の“女性活躍の取り組み”に懐疑心を抱くようになっているケースもある。こうなると、「会社が女性管理職を増やそうと言っているのは口先だけではないか」「結局、本当に重用されるのは男性」という疑念や諦めが生まれ、それが自社への不信感につながることもある。
そして、こうしたケースで懸念されるのは「女性社員の意識が低いのは問題で、会社としては意識をガラッと変えてほしいと思っている」「研修をすれば意識が高まるはずだから、これからしっかり実施していく」などの発言が会社側から出てくることだ。
確かに適切な研修を実施すれば、管理職になりたいという女性社員は増えるだろう。しかし、裏側にある経営層の考えが単に「女性は意識が低い」というものであれば、効果は長続きしない。研修中や受講直後は盛り上がるかもしれないが、時間とともにモチベーションが下がっていったり、壁にぶつかっても解決できなかったりしてうまくいかなくなるだろう。
2.制度を整えていく中での「職場がぬるくなった」認識
二つめの壁は、女性社員が働きやすいようにと制度を整えていく中で、「職場がぬるくなった」という声が上がってくるケースだ[図表3]。
[図表3]二つ目の壁:制度を整えても「職場がぬるくなった」!?
「女性に優しい会社にしていこう!」と意気込んで、女性社員が働きやすいように制度を整えた。その結果、働く“ママ社員”も増え、育児休業後の復帰率などは非常に高まったものの、職場がぬるくなってしまった気がする──という悩みを最近は耳にすることが増えた。
時短勤務などのさまざまな制度を導入する企業としては、「短い時間の中でもアウトプットは良くなっていく」「時間や働き方で優遇しているからこそ、仕事を頑張ってほしい」といった期待を持っている。
しかし結果として、管理職になりたがらない女性社員が多いのはそのままで、制度だけが利用されているのが実態ではないか。結果として、「何か職場の緊張感が緩んでいる気がする」「結局、リーダーは増えず現場は困っている」というケースは最近少なくない。
「制度の整備を進めてきたが、本当にこれでいいのか…」という相談は、どちらかというと中堅・大手企業に多い。
制度整備を進めていくと、現場から「もっと柔軟な働き方を実現させてほしい」という声が出てきやすい。例えば、育児休業からの復帰を支援するために時短勤務の制度を導入したら、次は「子育て中の社員がリモートで働けるような環境」に関する要望が上がってくるイメージだ。そして、制度整備を進めていったものの、最後には諦め気味に「やはりモチベーションの低い女性社員よりも、バリバリ働ける男性社員を管理職に上げていったほうがいい」という意見に落ち着くこともある。
また、ママ社員の支援を進めていったとき「なぜ子どもがいる女性社員ばかりが優遇されるのか」という意見が、子どもがいない女性から上がってくることもある。特に、乳幼児等の突発的な体調不良などによる女性社員の欠勤・早退に対し、子どものいない女性社員がフォローすることもある。そうなると結果的に業務負荷が過重になり、不満の声が上がるようになる。
もちろん、制度を整える必要がないという話ではない。支援制度を充実させることは大切であるし、これにより、例えば、育児休業後の女性社員の復職率は向上するだろう。
しかし、制度だけ整えても、「育児は大変だろうから、仕事はほどほどにね」「育児休業明けだから、勤務時間が短くなるのは仕方ないよ」といった気の遣い方だと、次第に周囲は「やっぱりママ社員には仕事は任せられない」という見方になってしまう。
こうなると、ママ社員側も当初はやる気があったのに「仕事は任せてもらえないし、でも制度はあって働きやすいから、まぁいいか…」といった感覚に陥りやすい。これが、職場がぬるくなり、かつお互いに不満が生じている状態だ。
制度を整備して、柔軟な働き方ができるようにすると同時に「短い時間できちんとアウトプットを出す必要がある」という意識を浸透させることが重要だ。成果への意識が失われてしまうと、生産性は低下するし、周囲からの評価も下がる可能性がある。
働きやすい職場にすると女性社員の満足度は上がりやすい。これは女性活躍を推進する上で大切だ。しかし、一方で「働きやすさ」だけを整えても、必ずしも「活躍」につながるとは限らない。
3.女性部下からの相談に「男性上司が対応できない」問題
三つめの壁は、男性管理職の対応に関する問題だ[図表4]。近年、管理職と部下との1対1のコミュニケーション(1on1ミーティング)を導入するなど、管理職と部下のコミュニケーション強化に取り組む企業は増えている。
[図表4]三つ目の壁:女性部下からの相談に「男性上司が対応できない」
1on1ミーティングはもちろん効果のある取り組みであるが、一方で男性管理職と女性部下との間でコミュニケーションがうまくいっていないケースが少なくない。
男性管理職が女性社員のマネジメントや育成に慣れていないと、体調やライフイベント(結婚や出産など)に関する相談に対して適切に対応できない。また、男性管理職が専業主婦のパートナーを持つ場合、共働きの女性社員が直面する「仕事と家庭の両立」の問題に対する理解が不足していることも多い。
結果として、女性社員に対して共感することが難しく、適切なアドバイスをすることもできない。
もちろん分からないことはやむを得ない。しかし、変に腰が引けた対応になったり、逆に高圧的な接し方になったりすることで、結果的に1on1が女性活躍の阻害要因になってしまっているケースは意外と多い。
女性社員はだいたい25歳を超えたあたりから、キャリアに関する悩みが増えていく傾向にある。
未婚であれば「今後のキャリアはどうなるのか」「この会社で働き続けることができるのか」といった不安が主になるだろう。また、妊娠すれば出産後のキャリアをどう描くか、育児休業から復帰すれば時短勤務でうまく仕事を回していけるか、子育てとどう両立するかなど、悩みは尽きない。
こうした不安に対応するものとして、キャリア面談や上司との1on1は大切な取り組みである。しかし、実際には、男性上司との面談を通じてモチベーションが下がったり、面談が「この会社ではダメだ」と感じさせる決定打になってしまったりすることもある。
女性活躍に向けて制度を整え、あるいはメッセージを社内に浸透させようとする一方で、現場における男性上司と女性社員とのミスコミュニケーションが生じているケースは少なくない。
例えば「子どもが小さいうちから(託児所などに)預けて大丈夫なの?」といった言葉は、たとえ悪気がなかったとしても「これから仕事を頑張ろう!」という思いで育児休業から復帰した女性には「自分が何か悪いことをしている…」ように感じられるかもしれない。
また「すごく優しく良い上司だけど、体調とか子育てのことは分かってもらえない…」という声や「男性管理職を見ていて、同じようには働けないと思ってしまう…」などの声もよく耳にする。
同時に、男性管理職からも「今の20代の女性が分からない、昔とは価値観が違う」「女性社員の心情を理解できない」「モチベーションの上げ方が分からない」「2人で飲みにいくこともできないし、人となりがどうかや、どこまで踏み込んでよいかが分からない」「“ハラスメント”と言われるのではないかと恐くて、腫れ物に触れる感覚で何も言えない」といった悩みもよく聞かれる。
つまり、管理職に対してコミュニケーション研修を実施し、1on1ミーティングや定期的な面談を導入した後に、「本当に相談対応ができているか」「効果が出ているか」というところまで見極める必要があるのだ。
繰り返しになるが、女性社員は上司に相談する中で、逆に「これ以上、この会社にいてもダメかもしれない」と諦めてしまうケースも決して少なくない。
そして、上司側には「悪気はない」ことが、対応が難しい理由となっている。
例えば、育児休業から復職した女性社員は非常に優秀だったにもかかわらず、管理職の男性上司から「大丈夫、この会議は出なくていいよ」と勝手に決められてしまった。男性上司にとっては「無理をさせてはいけない」という配慮だ。しかし女性社員からしてみれば「大事な会議から一方的に外されて、私はもう期待されていないのか」と感じてしまう。
このような事例を見ても分かるとおり、面談やコミュニケーションは決して容易ではない。それぞれの社員の背景や価値観を理解し、適切に対応する能力が求められる。これが欠けていると、悪気はなくても上記のような誤解や不満を生じさせる可能性がある。
冒頭でも紹介したとおり、「女性管理職比率30%」という政府目標に対し、実態として対応できている企業はまだまだ少ない。第1回では、女性活躍に取り組む企業が増える中で、うまくいかないケースの代表的な要因を三つ紹介した。第2回は、「女性リーダーが活躍する組織づくりのポイント」と題して、
- どのように制度を整え、コミュニケーションを取っていけばいいのか
- 女性リーダーが活躍する組織とはどのようにつくられるのか
──について掘り下げていく。
東宮美樹 とうみや みき 株式会社ジェイック 取締役 株式会社Kakedas 取締役 ハウス食品株式会社で営業職を経験、人材紹介会社で求職者(3000人)のカウンセラーを経験した後、2006年ジェイックに入社し、「研修講師」としてのキャリアをスタート。2014年には前例のない快挙となる、講師として「リピート率100%」を3年連続で達成。2015年社員教育事業の事業責任者に就任、組織開発相談など支援実績多数。2023年キャリア相談オンラインサービスKakedasの取締役を兼任。定着・活躍推進、キャリア自律、イクボス、女性活躍推進などを中心に活躍中。 |
|
株式会社ジェイックについて(女性活躍推進の取り組み) 1991年に教育会社として設立。現在、企業向け研修などの教育支援と、新卒や20代若手の採用支援を手掛ける(東証グロース市場上場)。現在241人の社員のうち、男性51%・女性49%と男女比はほぼ半々で、女性の管理職比率は35%。社員教育を行い、社員が定着して性別を問わず継続的に活躍することを組織づくりのゴールに定め取り組みを進めてきた結果、「日本HRチャレンジ大賞」(後援:厚生労働省、中小企業基盤整備機構〔中小機構〕、東洋経済新報社、ビジネスパブリッシング、HR総研〔ProFuture〕)を3回受賞し、「働きがいのある会社」(Great Place To Work® Institute Japan)に7年連続(2017~23年)で選出。「女性活躍推進企業」として国が認定する「えるぼし」も、2018年に3つ星の認定を受けている。 |