2023年10月10日掲載

データを味方につけて組織を変える! 成果を出すPA(People Analytics)ドリブン人事 - 第3回: 個別人事機能レベルの課題:活躍人材を分析し、採用施策につなげよう! ~採用アナリティクス~

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
Human Capital Division.

松田悠太郎 まつだ ゆうたろう
コンサルタント

松井和人 まつい かずと
シニアマネジャー

山本奈々 やまもと なな
執行役員 パートナー

1.はじめに

 第1~2回では、ピープルアナリティクス(People Analytics)が重要となりつつある背景やその導入効果、また当社策定の「ピープルアナリティクス活用モデル」について概説した。

 第3回では、「ピープルアナリティクス活用モデル」[図表1]における【課題階層1】個別人事機能レベル(採用・配置・育成・評価・報酬・退職)の課題の中でも、特に「採用」にフォーカスしたケースを紹介する。

[図表1]ピープルアナリティクス活用モデル

図表1

 この階層の特徴としては、他階層と比較して、分析対象とするデータや連携するシステム、ステークホルダーの範囲が限定的な傾向にあり、ファーストステップとして取り組みやすいことが挙げられる。

 特に本稿では、比較的取り組みやすいケースを扱うため、読者の皆さんにピープルアナリティクスをより身近に感じていただき、また一連の取り組みイメージをつかんでいただくためにストーリー調でケースを取り上げることで、担当領域の課題に対する実践への足掛かりとしていただきたいと考えている。一般的なExcelスキルを有する読者を想定して展開していくので、自社の状況に当てはめながら読み進めていただき、実践のための参考としていただきたい。

2.導入:採用担当松本、問題に直面する

 本ケースの主人公は、中堅医療機器メーカー 丸の内メディカル技研(従業員約1000人)に勤める松本太郎・27歳。大学卒業後に新入社員として営業部に配属され、3年間の奮闘の末に、人事部採用課へと異動した。そこで新卒採用担当として2年目を迎えていた。

 採用業務にも徐々に慣れてきて、社内からも採用担当と認知されつつある状況だった松本は、ある日人事部長の伊藤から呼び出しを受けた。伊藤は、新しい取り組みに対して積極的な性格で、何か新たな着想があると若手も含めた関係者をすぐさま集めて討議し、実行余地があればまずはチャレンジしてみようとする人物として知られている。松本は「今回はどんなテーマだろうか……」と期待と不安が入り交じりながら、打ち合わせに臨んだ。

 伊藤は、会議冒頭で「当社でもピープルアナリティクスに取り組みたい。そこで手始めに採用業務で何か取り組めないか、意見を聞かせてほしい」と切り出した。伊藤は先日参加したコンサルティング会社のセミナーで、ピープルアナリティクスの効用を耳にし、自社でもこれまでの経験や定性情報に頼った取り組みから脱却し、投資対効果も含めて定量的な意思決定を図っていけるのではないかと期待を寄せていた。松本も、以前からピープルアナリティクスには興味を持っていたため、人事専門誌の記事などから概要は理解していた。

 そこで松本は、「最近若手の活躍が芳しくないという話も聞きます。もちろん人材育成の施策も検討すべきですが、分析を通して、採用時点で活躍が期待される人材をより多く獲得できれば、その一助になると思います」と自身が見聞きした話も交えながら、分析のアイデアを伝えた。会議に参加している採用課長の近藤もうなずきながら、新卒であればデータも一定の形式で収集できるため、まだピープルアナリティクスの実績がない当社でも取り組めるのではと自身の見解を示した。伊藤は満足げにうなずき、新卒採用における活躍ポテンシャルの分析を指示した。

【STEP1】課題の明確化:分析企画書を作成する
 松本は、実際に分析に着手する前に、過去に読んだことのあるピープルアナリティクスの記事や書籍を改めて読み返したところ、とある記事の中で、データ分析に着手する前に「企画書」[図表2]を作成することが提唱されていた。

[図表2]企画書の作成・構想の具体化

図表2

 「企画書」を作成することで、データ分析にとどまらず、その結果を活用した取り組み全体を通して実現したいことや、実現できた場合の業務プロセスの変更点、またデータ分析を継続的に行っていくためのデータ収集・加工・活用方法等を明確にしようというのだ。松本は、自身がピープルアナリティクスに初めて取り組むことも踏まえて、企画書を通して関係者とイメージをすり合わせた上で、データ分析に着手することにした。

 企画書には、本取り組みを通して実現したいこと・提供価値、実現時の運用イメージから始まり、乗り越えるべき壁・課題やロードマップを整理するとともに、現時点で想定している主な実施内容や関係部署などを取りまとめることで、今後の取り組みの解像度を極力高め、必要に応じて伊藤からも助言をもらえるように準備した[図表3]

[図表3]企画書(丸の内メディカル技研の事例)

図表3

図表3

 伊藤は、松本から提出された企画書にじっくりと目を通すと、幾つかの注文とともに、「この取り組みは当社にとって非常に先進的な取り組みになるであろう。そして、企画書に指摘されているとおり、幾つか乗り越えなければならない困難はあるが、ぜひ今後に続く取り組みになることを期待している」と松本に伝えた。松本は、伊藤からのポジティブなコメントにやる気がみなぎるとともに、自身の企画書に自信を持つことができた。そこで松本は、早速、本企画の実行に向けて人事部内の各担当者に企画を説明し、分析に必要なデータを用意してもらえるよう依頼した。また、施策反映段階では追加予算が必要となる可能性がある旨を経理部に、採用ホームページを更新する可能性がある旨を広報部に、それぞれ説明に回った。障壁となりそうな他部門との調整を事前に行い、松本はピープルアナリティクスの緒に就いたのであった。

解説:データ分析における失敗例

 ピープルアナリティクスに取り組む際に、ついデータ収集や分析から着手してしまう読者も多いのではないだろうか。当社がよく目にする失敗例として以下が挙げられる。

①分析結果を活用して各業務にどのような工夫をするかを具体的に検討していなかったことで、興味深い分析結果の抽出や、分析のさらなる工夫・改善に傾倒しすぎていることに気づかず、結果として施策に影響のないことに時間・コストをかけすぎてしまう。

②主要関係者の巻き込みが不十分であったり、遅れたりすることで、分析で考慮すべき事項が漏れてしまう等の不備が発生し、再度分析をやり直さなければならなくなる。時には反発を受けて取り組みが止まってしまう。

 上記のような事態が発生しないよう、あらかじめ最終的な着地点までを描き切っておくことが重要であり、当社では、その具体的な手段として企画書の作成を推奨している。
 ただし、ここで重要なのは、意義・目的や分析結果をどのように活かすのかを明確化しておくことであり、企画書という体裁にとらわれる必要はない。特に、【課題階層1】個別人事機能レベルの取り組みについては、まず実践してみることも効果的な場面もあるため、いたずらに準備に時間をかけすぎないように取り組んでいただきたい。

【STEP2-1】仮説立案と分析実行:活躍人材の定義
 松本は、本企画書にのっとって、採用段階でその人材の各種データから活躍ポテンシャルを見いだす分析を進めることにした。先日読み込んだピープルアナリティクスの記事によれば、活躍ポテンシャルを導き出すためには、活躍人材にどれだけ近い因子を持っているかを判別すればよいとのことだった。

 松本は、企画書の作成段階で、活躍人材の判定には、データとして蓄積されている人事評価の項目を使うことを考えていた。改めて“活躍人材”をイメージしたとき、松本は、評価会議の場で“優秀である”とされる社員、つまり“成果評価”の高い社員を活躍人材として定義してはどうかと考えていた。しかし、人事部長の伊藤からは、新卒社員には、中長期的にさまざまな部署での活躍を期待するため、現在の業務内容に対する適性が大きく影響する“成果評価”はそぐわないとの指摘を受け、昇格・昇給判断に用いる“能力評価”を活用することにした。しかしながら、丸の内メディカル技研では年功的な評価運用が残っていたため、単純に同一等級の中で能力評価の結果が高い人材ではなく、“同年次の中でも高い評価・等級となっている人材”を活躍人材とみなすこととした。

 活躍人材の割合については、2:6:2の法則(あらゆる集団において、パフォーマンスが良い人が2割、パフォーマンスが中くらいの人が6割、パフォーマンスが悪い人が2割の割合で存在するという経験則)を社長が経営会議で発言していたことを思い出し、まずは上位2割を活躍人材としてリストアップすることとした。松本は、人事データベースから評価履歴や等級、年次のデータを抽出して、20代社員200人から上位40人をリストアップし、活躍人材として定義した[図表4]

[図表4]活躍人材の定義

図表4

【STEP2-2】仮説立案と分析実行:活躍人材の因子特定
 活躍人材を特定した後は、活躍人材と他の人材の違いをデータ分析から見極めることで、活躍人材の“因子”を特定していくことになる。今回、採用段階で候補者が活躍人材となり得るかを見定めていきたいものの、松本は、改めて記事を参考に、網羅的な分析ができるよう、各社員の入社前から現在に至るまでのあらゆる人事情報を集めていくことにした[図表5]

[図表5]分析用データの整理(イメージ)

図表2

 しかしながら、丸の内メディカル技研は古くからの紙文化が連綿と続いており、各担当者から集めたデータには、人事システム外の人事情報が多数存在していたため、松本は情報収集・データ化に多くの時間を割かざるを得ず、連日の残業で疲労感を隠し切れなくなっていた。何日もかけてようやく分析用のデータを用意できたが、「そもそも一元的に人事情報が集約されたデータベースがあれば、こんな作業はしなくて済むのに……」とぼやきながら、各人事情報において比較分析を始めていった。

 丸の内メディカル技研では、高度な分析ツールを持ち合わせていないため、松本はExcelを駆使して分析を進める必要があった。記事に載っていた平均値分析であれば、自身のスキルでも実施できると考えて、各人事データの平均値を比較していき、t検定により有意差の有無を評価することにした。

解説:平均値分析の手法

 平均値分析とは、活躍人材と他の人材の母集団における、分析対象とする各人事データの平均値を比較する簡易的な分析手法である。基準値が同一の指標内(例:[図表6]❶適性検査、❷人事評価のくくり)において、活躍人材と他の人材とで平均値の差分が大きいほど、相対的に他の項目よりも活躍因子としての影響度が高いとみなすことができると考えられる。
 また、さらに精緻な分析をする場合は、2標本t検定(二つの独立した母集団があり、それぞれの母集団から抽出した標本の平均に差があるかどうかを検定すること)を活用することもできる。具体的には[図表6]❸活躍人材、❹その他の人材をそれぞれ変数として、有意差(統計的に意味のある差)があるかを確認するためのP値を算出し、一般的に有意差があるといわれる0.05を下回るかを確認するとよい。スペースの都合上、統計学的な詳細説明や操作方法等は割愛するが、t検定はExcelでも実践可能なため、自身で調べてみるのもよいだろう。

[図表6]平均値分析イメージ

図表6

 なお、今回のケースは一般的な読者に向けて、段階を踏んだ分析アプローチを提示していることも付記しておく。統計的な知識や分析スキルを有している読者は、人事評価結果の評点を目的変数に、各因子の数値を説明変数に置き、重回帰分析をしたほうが早く有意義な結果が得られる可能性がある。また、さらなる分析の高度化という観点では、クラスター分析をすることにより、共通の活躍人材因子の特定のみならず、幾つかの活躍人材のタイプを特定し、それぞれの特徴に応じた採用手法・基準への反映も可能となるだろう。

 活躍人材と他の人材で平均値を見比べたときに、明らかに他の項目よりも高いまたは低い項目を探していた松本だったが、あるときt検定によって有意差が見られる項目が見つかった。入社時適性検査における「非言語能力(論理的思考能力)」と能力評価項目における「自律遂行力」等が活躍人材と他の人材とでは、明らかに有意差が見られた。正直これらの因子は想定内であったが、データの後ろ盾をもって前進できる点では意味のあることだと感じた。

 さらに意外な発見として、入社時適性検査における「大胆な性格」「革新的な性格」が活躍人材と他の人材で有意差があることが認められた。この観点は、これまでの採用や評価の際に殊更に会社が社員に求める要素として会話してきたことはなかったが、ここで松本はある仮説を立てた。長きにわたり安定的な事業運営を継続し、ロングセラー商品を持つ当社に必要な人材は、既存の仕組みを活かしながら正確・効率的に業務遂行できる人材だと認識していたものの、それに加えて内外の経営環境の変化が激しい時代にあっては、マーケットニーズに敏感で積極的に新しい提案をしていける人材が必要となってきているのではないかと考えた。

 今回のような想定外のヒドゥンファインディングス(隠された発見)を見つけることができたのは、ピープルアナリティクスを通して定量的・網羅的にデータ分析をしたことの賜物(たまもの)だと松本は強く実感した。

解説:実務への応用時のポイント

 ここでは、ピープルアナリティクスの中でも肝となるデータ分析パートを取り上げてきた。読者の皆さんが実務に応用する際には、以下のポイントを意識して進めていただきたい。

①本稿では、丸の内メディカル技研ではメンバーシップ型の人材マネジメントを行っており、各社員は全社のさまざまな部門に配置されて、活躍することを期待されているという前提で、全社横断での活躍ポテンシャル分析をしている。職種やコースごとの人材マネジメントを行っている企業では、職種・コースによっても“活躍人材”の定義が異なる可能性が高いため、改めて定義を検討する必要がある。そのため、結果として職種・コース別の分析や、分析に利用するデータについても再検討が必要となる可能性がある点に注意いただきたい。例えば、営業職においては人事評価結果ではなく、売上高や売上件数等の営業成績を分析指標として採用する場合もあり得る。また、会社の規模が小さい場合や人事評価結果が蓄積されていない場合には、各部の管理職等のキーパーソンへのヒアリングによる定性的な分析アプローチも有効になり得ることは補記しておきたい。

②活躍人材と各因子の間で相関関係が認められたからといって、必ずしも因果関係があるとして採用するには不適当な場合があるため注意が必要である。例えば、性別や国籍等による相関があったとしても、それを根拠に活躍人材を見いだし、人事運用に反映してしまうと、意図しない差別につながる可能性もある。そのため相関関係があった場合にも、そこに因果関係があるのかを適切に見定める必要がある。

【STEP3】分析結果からの施策立案:採用手法・採用基準への反映
 松本が分析結果を基に具体的な施策を検討しようとしたところ、採用課長の近藤から「分析結果が各現場の肌感に合うかどうかは一度確認しておいたほうがよい」とのアドバイスを受けた。アドバイスを踏まえ、はやる気持ちを抑えて、分析結果の検証を行うこととした。

 まず、活躍人材の人材像について、数人の現場管理職にヒアリングを行った。その結果、従来の基準で採用された人材は自社の社風には合っているものの、分析結果から導き出した「マーケットニーズに敏感で積極的に新しい提案をしていける人材」のほうが希少性が高く、採用段階からその素養を持つ人材を獲得できる可能性が高まるのは非常に有意義であることが分かった。また、過去の採用選考結果を確認してみたところ、活躍人材の因子を有する人材が不採用となっており、採用ミスマッチが一定存在する可能性を確認できた。

 そこで松本は、分析の結果によって得られた示唆から、現状の採用活動における改善点を洗い出して、今後の施策の方向性を企画立案した。例えば、採用基準(書類選考、適性検査、面接)の見直し、面接官向けのガイドライン・研修の改定(評価点ごとの詳細基準や事例の紹介、面接官同士での擦り合わせ方法の提示等)、エントリーシートや構造化面接(事前に用意した共通の質問に基づく面接)の設問変更等である。また、活躍人材の因子を持つ人材からより多くの応募を得るためにも、因子を考慮して抽出した母集団に対するダイレクトリクルーティングや、採用ホームページの更新(求める人材像に刺さるような文章や写真の掲載)等も、採用担当のメンバーと協議しながら対応方針として掲げることにした。

 松本は、これらの施策案や対応方針について人事部長の伊藤に報告をした。伊藤は満足した表情を浮かべ、ねぎらいの言葉を松本たちに贈った。しかし、間を置かず、新しいテーマでのピープルアナリティクスについて打診があり、採用課長の近藤は苦笑いを浮かべていた。今回の取り組みが真の成果として目に見えるようになるには、長い年月が必要となるが、一連の取り組みを採用課長に高く評価された松本は、いったんの達成感に満たされたのであった。

3.総括

 本稿では、[図表1]の「ピープルアナリティクス活用モデル」の【課題階層1】個別人事機能レベルの解決に資するピープルアナリティクスにフォーカスして、読者の皆さんに一連の取り組みイメージをつかんでいただきたく、ストーリー調でケースを展開してきた。難しいと思われがちではあるが、取り組むメリットも多いピープルアナリティクスへの実践のきっかけの一つに本稿がなれば幸いである。

※本ケースに登場する企業・個人等は全て架空の名称です。

松田悠太郎 まつだ ゆうたろう
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
コンサルタント

大学卒業後、信用情報機関に入社し、信用情報精査部門、金融機関営業部門を経て、人事部門に配属。主に人事制度・ピープルアナリティクスの企画・運用や採用等の業務に従事。2023年に当社入社後は、大手デベロッパーのグループ横断エンゲージメントサーベイの設計・実施・分析等に関するコンサルティングに携わっている。中小企業診断士。
松井和人 まつい かずと
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
シニアマネジャー

10年以上にわたり、一貫して「組織・人事」関連のコンサルティング業務に従事。近年は、ピープルアナリティクス領域に注力しており、最適配置に向けたデータ分析や組織内ネットワーク分析、エンゲージメント分析、幹部開発等の人材育成に向けた分析等、幅広い実績を有している。
特に直近は、AIを活用した異動配置検討をサポートするツール・サービスである“Talent Matching”の開発・提供に尽力している。
山本奈々 やまもと なな
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員 パートナー

人事中計の策定、要員・人件費計画の策定(Workforce Planning)および最適化マネジメント、要員・人件費計画策定プロセスの高度化、人材のトランジション実行支援、組織・人事戦略策定、同一労働同一賃金、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)推進支援、ピープルアナリティクス、人事制度設計等、組織・人事関連のコンサルティングに幅広く従事している。
共著書に『要員・人件費の戦略的マネジメント ~7つのストーリーから読み解く』『"未来型"要員・人件費マネジメントのデザイン』(ともに労務行政)