2024年01月22日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [271]『世界の学術研究から読み解く職場に活かす心理学』

(今城 志保 著 東洋経済新報社 2023年9月)

 

 本書は、個人のキャリアから組織マネジメントまで、人の心を正しく理解するために知っておきたい心理学の知見を、学術研究や多くの論文のエビデンスに基づいて紹介し、働き方にまつわる問題解決のヒントを探ったものです。

 第1章では、今後の働き方に求められる価値観として、「幸福感」と「自分らしさの追求」という二つのテーマを取り上げています。まず、幸福感が高いと仕事のパフォーマンスは向上すること(第1節)、さらに、人は集団への所属欲求だけでなく、他者との差別化欲求も持っており、所属する集団のユニークさによって、両方の欲求を満たそうとすることを紹介しています(第2節)。

 第2章では、自律的なキャリアの実現について考察しています。ここでは、自律的な目標設定はやる気を高めること(第1節)、自己影響力を信じられる状況で生まれる「コントロール感」は、ストレス耐性を高める効果があることを取り上げます(第2節)。また、自己制御システムである「制御焦点理論」(個々人が持っている、目標における焦点状態の違いが、本人の行動制御に影響を与えるという理論)で提示された制御焦点には「促進焦点」と「予防焦点」の2種類があり、状況に応じて効果的な制御焦点は変わってくるとしています(第3節)。

 第3章では、人間の「行動の変化」について論じています。自己評価はなぜ甘くなるのか(第1節)、なぜ人は変わらないのか(第2節)、それぞれ心理学研究のデータを基に考察し、人の認知や行動をどう変えていくかを述べるとともに、「メタ認知」を適切に用いることで、自律的な学習を促進できるとしています(第3節)。

 第4章のテーマは、人の判断や意思決定です。意識的な判断と直感的な判断では異なる結論が導かれることがあり、その場合、なぜ判断がずれたのかを考えることが役立つとしています(第1節)。また、道徳的判断にも感情的側面と理性的側面があり、倫理的な意思決定において理性的に思考することができるトレーニング機会を設けることが肝要だとしています(第2節)。

 第5章では、なぜ肝心なときに力が発揮できないのか、窮地に立たされたときどう対処するかを考察しています。人はプレッシャーがかかると、不安から集中を欠きパフォーマンスが低下するため、その場合は、評価を気にせず、よい成果に向けて集中すべきだとしています(第1節)。また、人には「レジリエンス」(困難から早期に回復する力)があり、つらい出来事の後でも回復に向かうことができます(第2節)。さらに、職場のマイノリティーのメンバーは、心理的脅威を感じている可能性があると警告しています(第3節)。

 第6章で取り上げられるのは、他者と協力して仕事を進める難しさについてです。まず、対人関係における「信頼」には、「互恵的な交換」と「交渉による交換」の2種類があり、互恵的な相互作用を通じて得られた信頼は、環境の変化を受けにくいとしています(第1節)。また、集団での活動が生産的であり得るのは、どのような条件下においてかを見ていきます(第2節)。

 第7章では、対人コミュニケーションについて取り上げています。悪意のある攻撃性は抑制が利きにくい一方、他者のために行動すると幸福感が増します(第1節)。対人援助を行うことは、自分は“価値ある行動をした”と思えるポジティブな効果があるとのことです(第2節)。さらに、終章では、心理学をもっと職場の問題解決に応用すべきであるとして、本書を締めくくっています。

 人的マネジメントに携わる人にとって、示唆に富む内容です。何となく“そうではないか”と思われていることであっても、心理学の理論や研究データによって、きちんと裏付け証明している点がよいと思いました。また、こうした知見や概念を実際に活かすためには、職場でのさまざまな事象を敷衍(ふえん)化する能力が必要であり、それこそが、マネジメント層に欠かせない“コンセプチュアルスキル”ではないかと、改めて考えるきっかけとなる1冊でした。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2023年10月にご紹介したものです

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー