浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授
1.人事パーソンと学び
今回は、人事パーソンの学びについて考えてみたい。
リスキリングが叫ばれる中で、自らも学び直さなければいけないと考える人事パーソンは多いだろう。
一方、人事パーソンが対応しなければいけない課題は多い。少子高齢化が進む中で、人材を確保しなければいけない。また、世の中の変化が激しくなる中、従業員のリスキリングが必要である。さらに、働き方改革や女性活躍の推進も求められているし、「70歳就業機会確保」に向けた努力も求められている。さらに、ここに来て、政府は、賃金引き上げについても求めるようになった。処遇や評価についての見直しも急務である。加えて、人的資本情報の開示も求められるようになってきた。
「どうすれば良い人材を確保できるのか」「どうすればリスキリングを進めることができるのか」「長く意欲を持って働いてもらうためにはどうすればよいのか」「賃金制度の見直しにどう取り組めばよいのか」……。課題は多いが、見渡してみると、それぞれの課題に対するセミナーが数多く開催されており、各種ツールも用意されている。
しかし、人事パーソンが学べる時間は限られている。一つひとつ取り組んでいては追いつかないし、そもそも学ぶことが多過ぎて、どこから学び始めればよいのか分からない。
このような中、特定非営利活動法人日本人材マネジメント協会(JSHRM:Japan Society for Human Resource Management)※では、少し前に「HRMナレッジ大系®」を取りまとめた。筆者も検討メンバーとして参画したので、その内容について紹介したい。
※ わが国の人材マネジメントを担う者のための会員組織として2000年に設立。世界90カ国以上、66万人の会員(2023年7月現在)からなる世界人事協会連盟(WFPMA:World Federation of People Management Associations。本拠地は米国バージニア州)の日本代表組織。「日本におけるHRMプロフェッショナリズムの確立」のために、情報交換・相互交流、調査研究・提言などを展開。
2.HRMナレッジ大系®とは
HRMナレッジ大系®は、人事プロフェッショナルに必要な知識を体系化した、いわば地図のようなものである。この大系を、神殿のような建物に例えると、屋根である「経営理念」「経営戦略」と、これらを支える梁となる「人事戦略」「人事哲学」、柱となる「人事機能」「人事施策」と、これら全ての土台となる「基礎理論」から成る[図表1]。
「基礎理論」は、人的資源管理論、組織行動論をはじめ、ヒトについての理解につながる多くの理論から成る。実務とはあまり関係しない印象があるかもしれないが、施策の実施に当たって、「何を」実施するかという観点に加え、「なぜ」実施するかという観点を与えてくれるものである。
この建物を、政治、経済、労働市場、法制度、社会規範などといった「外部環境」を取り囲む。こうした知識間の連続性や関係性を俯瞰したのが「HRM ナレッジ・マップ」である[図表2]。
「HRM ナレッジ・マップ」の中心には、「人事戦略」「人事哲学」が位置づけられている。先ほど対処すべき課題として挙げた人材確保やリスキリング、評価、処遇などといった機能は、人事部門が果たすべきものだが、この機能を適切に実行していくためには、「組織マネジメント」、すなわち、職場の働きやすさに目を配ったり、組織や職務の在り方にも目を向けたりすることが必要である。さらに、この「組織マネジメント」は、何を偉さの基準とするのか(等級制度)、何を成果とするのか(業績管理)、何で報いるのか(総報酬管理)、どのように働く人を区分するのか(雇用・就業区分)などといった、人材マネジメントに当たってのそもそもの考え方と不可分である。
[図表1]HRMナレッジ大系®
[図表2]HRMナレッジ・マップ
[注]今回は紹介していないが、「HRMナレッジ・マップ」の下に、各項目を下位次元に分類し、学習テーマ例などについて記述した「HRM ナレッジ・ディクショナリー」も策定している。
3.人事の世界で迷子にならないために
HRMナレッジ大系®策定の背景には、日本において、企業経営の観点から人材マネジメントを幅広く体系的に学ぶことができる機会が少なかったことがある。しかし、ここに来て、「人的資本経営」が求められるようになった。「人的資本経営」とは、経済産業省によると、「人材を『資本』として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」のことである。これを行っていくためには、企業の「経営理念」「経営戦略」と「人事戦略」「人事哲学」の関係を理解することが必要である。
「人事戦略」はともかく、「人事哲学」と言われても、ピンと来ないかもしれないが、人的資源管理研究の世界では、人事施策の効果に関して、「何を実施しているのか」だけでなく、「なぜ実施しているのか」にも目が向けられるようになってきている(Nishii et al.〔2008〕など)。「なぜ」というのは、哲学に通ずるものである。
それでなくとも、人事パーソンが対応すべきこと、学ぶべきことは多い。HRMナレッジ大系®は、人事の世界で迷子にならないために、今どこにいて、どのルートを通って、どこを目指すのかを示そうというものである。迷子にならないために、また、目先の作業や物まねで終わってしまわないために、HRMナレッジ大系®なども参考にしていただき、従業員だけでなく、自らのリスキリングについても考えてみてはどうだろうか。
【参考文献】
・経済産業省(2020).「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」
Nishii, L. H., Lepak, D. P., & Schneider, B.(2008).Employee attributions of the “why” of HR practices:Their effects on employee attitudes and behaviors,and customer satisfaction. Personnel Psychology,61(3), 503-545.
浅野浩美 あさの ひろみ 事業創造大学院大学 事業創造研究科教授 厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。 社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会専務理事、人材育成学会常務理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。 筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科兼任講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。 専門は、人的資源管理論、キャリア論 |
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