唐川靖弘 からかわ やすひろ コーネル大学MBA、INSEAD Executive Master in Change(組織変革のための心理学)修了。オランダのVrije Universiteit博士課程在籍中。「越境型人材うろうろアリを会社と社会で増やす」ことをコンセプトに、ビジネスイノベーション、企業文化変革、次世代リーダーの育成をテーマにした「組織の遊び場」づくりのコンサルティング・コーチング、エグゼクティブ研修などを行う。著書に『THE PLAYFUL ANTS 社会を小さく楽しく変える越境型人材「うろうろアリ」の生き方・働き方』(EB Publishing)。 |
越境型人材「うろうろアリ」とは
僕は普段「うろうろアリを育てる」ことを仕事としている。とはいえ、僕が対象としているのは昆虫のアリではなく、「うろうろアリ」という人材だ。
これまで、母校である米国コーネル大学経営大学院のディレクターとして、またコンサルティング&コーチング会社の代表として、アフリカやアジアのさまざまな国で、数多くのグローバル企業や国際NGOとともにビジネスイノベーションの実務プロジェクトを推進してきた。そこで発見したのは、組織の中で新しい価値を創造する人、つまり組織でイノベーションを起こせるのは、「うろうろ」している人だということだ。
うろうろアリは、自分の内面から湧き出る志や情熱を基点に、いろいろなところに足を運び、越境する。加えて、趣味やボランティアなどを通じて社会のさまざまな辺境に身を置き、一個人としてのアイデンティティーを大切にする。多様な視点に触れ、視野を広げ、自身の中に新しい価値観をインストールし続け、「個人内多様性」を育てている。一見、無駄が多いように見えるこの行動のおかげで、世の中に存在する潜在的なニーズを組織の中に持ち帰り、組織が抱える問題に対して、組織の枠や常識にとらわれない発想や行動を生み、新しい解決策をもたらすことができるのだ。
昆虫のアリの世界でも同じことが言えるらしい。働きアリの隊列から離れ、うろうろと歩き回るアリこそが、新たな餌場や迫り来る脅威を偶然にも発見し、巣を存続させる役割を果たしているのだという。
短期的・効率的な成果を求め、自分の得になることだけ、得意なことだけに全力を注ぐ他のアリと比べると、うろうろアリは一見非効率で、その価値が短期的には見えにくい。ゆえに評価されないことも多い。しかし、そんなうろうろアリこそが、これからの組織の存続を左右する存在になると僕は確信している。
これからの組織にますます求められるうろうろアリ
コンサルティング会社PwCが2022年に実施した、世界中のCEO約4400人(うち日本のCEOは176人)を対象とする意識調査によると、「現在のビジネスのやり方を継続した場合、10年後に自社が存続できない」と考えているCEOの割合は、世界全体の39%に対して日本では72%にも上っている。労働力やスキルの不足が深刻な社会問題となっている日本の組織にとって、志や情熱を基点に、異なる価値観を持つ人と理解し合い、巻き込み、新しい価値をともに創ることのできるうろうろアリを育てることは、先が見通せない時代を生き抜くための必須命題とも言えるのではないだろうか。
具体的な事例を挙げて考えてみたい。昨今、組織がイノベーションを起こすための施策としてよく行われるのが、社内外からできるだけ面白い人材を集め、「出島」的なプロジェクトチームを設置する取り組みだ。シェアオフィスなど、組織本体とは独立した場所で、プロジェクトメンバーがアイデア創出の手法を身に付けながら“新規事業の種”をつくることを目指している。
しかしこのアプローチだと、新しくユニークなアイデアの創出には効果があるかもしれないが、「出島」的な場所でアイデアを描き続けるだけでは、組織にイノベーションは起こらない。組織のイノベーションには、アイデアの創出だけではなく、アイデアの実践・定着こそが極めて重要だ。そのためには、一握りの選ばれたメンバーのみならず、それ以外の数多くのメンバーがアイデアを”自分ごと”と化し、自発的に取り組んで、失敗にくじけず進むよう仕向けなければならない。
「うろうろアリの顔」を引き出し、集合天才をつくる「組織の遊び場」
僕自身、グローバル企業とのプロジェクトにおいて、優秀な人材を集めているにもかかわらず失敗した数多くの事例を経験し、学んできた。それは、一部の人だけを集めてイノベーションを起こそうとしても、成功の確率は上がらないということ。そして、組織のイノベーションには、アイデアの醸成よりも、遊び心ある組織文化の醸成こそが重要だということだ。これらの点を踏まえ、僕が組織心理学の観点から提唱しているのが、どんな人の中にも必ずある、「うろうろアリの顔」を引き出すための「組織の遊び場」を創ることである。
この「遊び場」では、職務上の役割である「仕事」だけではなく、個人としての興味である「私事」や、組織のミッションの下で実現したい個人の志である「志事」という、「三つのしごと」をテーマに、お互いの持つ経験や想い、力などを掛け合わせたらどんなことが可能となるか、忌憚なく語り合ってもらう。そして、これまで行ったことがない活動を「PLAY=遊び」として捉え、実験的なPLAYをまずはやってみる。小さな成功と失敗を繰り返しながら、組織としての学びを蓄積していく。
このようなプロセスを経て、誰の中にも存在する「個人としてのうろうろアリの顔」を引き出しながら、遊び心ある組織文化を醸成し、イノベーションを起こし続けることを目指していく取り組みだ。
VUCAの時代には、1人の天才に頼るのではなく、メンバーの“個人内多様性”(一人ひとりの中に多様な視点や役割を持つこと)を組み合わせながら、いかに「集合天才」をつくるかが重要だと言われる。個人のうろうろアリ的な顔を開放させる「組織の遊び場」づくりこそが、そのカギとなるはずだ。