平井登威 ひらい とおい
特定非営利活動法人CoCoTELI
代表
キャリアマンスとは、すべてのキャリア支援職が、所属団体・領域を越え、「自律的なキャリア形成が当たり前となる社会」の実現を目指して社会の課題に立ち向かい、【チェンジエージェント】として一丸となって輪を広げる特別な月間です。
キャリアマンス2023では、テーマを“「働くと生きるを考える」~今もう一度~”とし、キャリアコンサルタントのみならず社会全体で「働くと生きる」を考えていきます。そこで、皆さまと一緒に考えていきたい”組織と社会に関する寄稿”を全2回でお届けします。
第2回となる今回は、精神疾患の親をもつ子ども・若者の支援を行う特定非営利活動法人CoCoTELIの代表より、企業で社員に向き合いキャリア支援を行う人事担当者等へ向けたメッセージを紹介します。
1.はじめに
精神疾患の親をもつ子ども・若者の支援を行う私たち特定非営利活動法人CoCoTELI(ココテリ)は、2023年5月にNPO法人化したばかりの団体である。当団体が目指しているのは、「精神疾患のある本人もその家族も生きやすい社会の実現」である。そのために、精神疾患の親をもつ25歳以下の方を対象としたオンラインの居場所づくりや、個別相談を行っている。昨今よく聞くようになった「ヤングケアラー」(本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子ども)と共通する部分も多く、実際にケアラーの役割を担っている子ども・若者ともよく出会う。
オンライン交流会の様子
私自身も父親がうつ病の当事者であり、現役の大学4年生(休学中)でもある。私は在学中に現在の活動を開始したのだが、自身のキャリアについて考える時間は多くあった。そして、キャリアには家族関係も大きく影響していると感じた。今回は、「家庭とキャリア」について、当団体の活動を通じて考えたこと、法人としての活動についての想いを皆さまにお伝えしたい。
2.うつ病の父親と過ごした小学校〜高校時代で気づいたこと
私は2001年に静岡県浜松市で生まれ、18年間を浜松で過ごした。幼稚園の年長時に父親がうつ病になり、そこから心理的・身体的な虐待を受けるなどのさまざまな経験をした。感情の起伏が激しい父親の心のケアなどを行う中で悩むことは多くあったが、精神疾患に対する偏見や「家族のことは家族がケアして当たり前」といった家族主義の強さから、誰にも家族の悩みを話すことはなかった。「僕が家を離れることによって、家で問題が起きるのではないか?」という不安と葛藤を抱えながらもコロナ禍の中で大学に入学し、家族と離れ1人暮らしを始めた。そこで、さまざまな偶然が重なり、人に悩みを話せるようになったことがきっかけで、現在の活動を行うようになった。
精神疾患の親をもつ子どもは、そうではない子どもと比べて自身の罹患率が2.5倍高いといわれている[注1]。その背景には、精神疾患に対する偏見や家族主義の強さ、周囲の人や行政による家族支援の希薄さなどの社会状況に大きな理由があり、精神疾患のある本人やその家族が生きづらい社会であるといえるだろう。
そのような社会状況の中、進学や就職という場面で、精神疾患の親をもつ子どもが感じる生きづらさは、職業キャリアにも大きく影響があると考える。
3.精神疾患の親をもつ子どもとキャリアの現状
精神疾患の親をもつ子どもが感じる「キャリアを考える上での苦悩」とはどのようなものだろうか。例えば、自身がケアラーの役割を担っているために、実家から離れることに対する不安があり、トラブルが起きてもすぐに駆け付けることができる距離の職場選択というように就業先の地域も限定され、さらにはケアと仕事の両立や、自身のメンタルヘルス上の問題――など、さまざまな苦悩があることが想像できる。
実際に私たちが出会う当事者の子ども・若者の多くが、進学や就職に関する悩みを抱えており、キャリアに関する相談を受けることも多い。家庭に関する話はキャリアと切っても切り離せず、家庭の状況は進学・就職の選択に大きな影響を与える。しかし、多くの当事者たちは、学校の先生やキャリアセンターの担当者に進学や就職に関する相談はしているものの、“自身の家庭状況も含めたキャリア相談”をした経験がないという現状がある[注2]。そのため、自身の家庭状況とはかけ離れた進学・就職への助言を受けながら、そこで感じるギャップを伝えることができず、継続した相談につながらないことも多くある。また、就職後の職場の理解不足によって、ケアとの両立が難しかったり、自身のメンタルヘルスに不調を抱えてしまったりするケースもよく耳にする。
4.キャリアと家庭~生きづらさを減らし、サステナブルな社会に
私たちから特に、企業や学校、地域や行政機関で、キャリアに関する仕事に携わる人たちにお願いしたいことがある。それは、精神疾患の親をもつ子どもやヤングケアラーに対してのみではなく、家庭に関するさまざまな問題を知り・考え・話題にしてほしいということだ。その人が、ありのままに状況を話せるきっかけをつくってほしい。
相談しやすい環境を設けることが、サステナブルに働ける社会をつくるための第一歩として、非常に重要なことだと考えている。
キャリアと家庭は、多くの場合密接につながっていて、切っても切り離すことはできない。従業員の働きやすさやそれに伴うパフォーマンス向上の観点からも、家庭とキャリアについて考えていくべき時代なのではないだろうか。
また、ここ最近「ビジネスケアラー」(仕事をしながら家族等の介護に従事する人)という言葉を聞くことも増えた。核家族化や少子高齢化が進む今だからこそ、家庭というテーマとともに職業キャリアを考えていく必要があると思う。
精神疾患は5人に1人が罹患するといわれているほど身近なものである。それは同時に、精神疾患のある方の家族も多くいるということも意味する。厚生労働省の「患者調査」を見ると、精神疾患の総患者数は大きく増え続けており、コロナ禍を経てさらに増えていると考えられる[図表]。
[図表]精神および行動の障害(こころの病気)の総患者数の推移
資料出所:厚生労働省「患者調査」
「自分の周りには精神疾患のある人はいない」と思われる方がいるかもしれない。しかしこうした場合、当事者やその家族が“見えない存在”となっているケースが多く、実際に存在しないというわけではない。そして、その理解不足によって“見えない存在”となる当事者たちが、キャリア面で大きな課題を抱え、生きづらくなっているという現実がある。だからこそ、一人ひとりが精神疾患のある方やその家族に対する理解を深め考えていくことで、多くの人が自分らしく生き・働くことができる社会に近づくのではないかと考える。
今回お伝えした私の想いが、誰かの考えるきっかけとなり、精神疾患のある本人やその家族が生きやすい社会につながればうれしい。
【資料出所】
注1 Rasic D, Hajek T, Alda M, et al. Risk of mental illness in offspring of parents with schizophrenia, bipolar disorder, and major depressive: a meta-analysis of family high-risk studies, Schizophr Bull 2014; 40: 28-38.
注2 蔭山正子、横山恵子、坂本 拓、小林鮎奈、平間安喜子(2021)「精神疾患のある親をもつ子どもの体験と学校での相談状況:成人後の実態調査」『日本公衆衛生雑誌』第68巻・第2号、131-143.表3
平井登威 ひらい とおい 特定非営利活動法人CoCoTELI 代表 2001年静岡県浜松市生まれ。関西大学4年生(休学中)。幼稚園の年長時に自身の父親がうつ病になったことをきっかけに心理的・身体的な虐待を受けることや情緒的なケアを経験したが、さまざまな偶然や出会いに恵まれ、精神疾患の親をもつ25歳以下の方の支援活動を行うようになる。自身の経験から、関係者の意識ではなく仕組みとして精神疾患の親をもつ子ども・若者支援の必要性を感じ、支援の土壌をつくることを目指している。 特定非営利活動法人CoCoTELI https://cocoteli.com |
社会でキャリアを考えるイベント
「キャリアマンス2023」(一般財団法人ACCN主催)のテーマは、“「働くと生きるを考える」~今もう一度~”です。キャリアコンサルタントでなくても参加できるイベントも掲載されています。ぜひ、下記サイトをご覧ください。
https://careermonth.wixsite.com/2023