藤井 薫 ふじい かおる 金融系シンクタンクにて20年にわたり人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。その後、タレントマネジメントシステム開発ベンダーを経て、2017年パーソル総合研究所に入社。タレントマネジメント事業本部を経て、シンクタンク本部にてタレントマネジメントを中心とした調査研究を担当。各種メディアへの寄稿多数、著書に『人事ガチャの秘密 配属・異動・昇進のからくり』(中公新書ラクレ)。 |
誤解だらけの職務給
ジョブ型の人事制度や職務給への関心が高まっている。また、自己申告制度やフリーエージェント制度など、手挙げの人事異動施策を取り入れる企業が増えている。これまでの人事制度や人事施策との対比で言えば、「人事処遇における職務要素の比率を高めていきたい」「キャリア自律を支援すべく、手挙げの人事異動施策を導入・活用していきたい」という考え方は、十分に理解できるし共感できる。ただし、これまでとの対比において相対的に理解・共感できるということであり、人事処遇全体が職務基準になる、人事異動がすべて手挙げになるといえば話は別だ。また、そうなるべきと言われると違和感も大きい。
日本企業の職務給制度と運用はどのようになっているのか、その実態を探るべく職務給導入企業のヒアリング調査(パーソル総合研究所「職務給に関するヒアリング調査」)を行った。
職務給導入企業には、大別すると三つのタイプがある[図表1]。「グローバル志向型」「組織長厚遇型」「フレキシブル型」だ。職務給を導入する企業は、個別ポジションの職務記述書(ジョブディスクリプション、JD)を作成して職務評価を行った上で職務等級を決め、人事異動は社内公募で行うというイメージがあるかもしれないが、実態は必ずしもそうではない。「組織長厚遇型」や「フレキシブル型」の企業はほとんど職務記述書を作成せず、「本部長>部長>課長」といった役職位序列ありきで職務等級を決めている。また、人事異動を社内公募主体で行うのは「グローバル志向型」の企業だけだ。
このように、一口に職務給導入企業といっても、導入ニーズの優先順位に応じてアプローチの方法が異なっている。あるタイプのアプローチが絶対的に優れているというわけではなく、どのアプローチが自社のニーズに適応しているのかを精査することが重要だ。その意味で、三つのタイプは「フレキシブル型→組織長厚遇型→グローバル志向型」というような発展段階として位置付けられるものではなく、それぞれ異なる“あるべき姿”を目指している併存・並列的なものだ。
[図表1]職務給導入企業の三つのタイプ
一般社員層の総合職への職務給適用はどうなる?
職能資格制度の場合、管理職層については、同一等級に組織長と高度専門職、あるいはそのどちらでもない人が混在し、職責や貢献度が大きく異なるにもかかわらず似たような処遇を受ける場合が多い。職務給導入企業では、こうした矛盾を解消すべく、3タイプとも管理職層は職務給によってポジションと処遇との整合性を高める形になっている。では、一般社員層についてはどうだろうか。
あらためて整理しておくと、一般社員層の職務給導入におけるボトルネックは総合職だ。嘱託社員やパートタイマー、有期雇用の従業員は、たいてい従事する仕事を想定した上で雇用されているので、すでにジョブ型雇用が一般的だと言える。また、無期雇用・フルタイム勤務のいわゆる正社員であっても、コース別人事制度を導入している企業で、採用時点で総合職と一般職・技能職・販売職・ドライバー職などに分かれている場合、総合職以外のコースは職務内容が一定の範囲に限定されており、給与もコースごとに定められているのでジョブ型のようなものだ。最も難しい課題は、職務内容が「何でもあり」であるために職務給になじまない総合職の給与を、仕事別にどう決めるかということだろう。
職務給を導入する企業が増えているものの、その内容を細かく見てみると、“まずは管理職層から”という流れになっており、一般社員層はこれまでどおり職能給のまま――という企業が少なくない。多くの企業は人材獲得をする上で新卒採用が主流であり、大手企業の約3分の1は複数部門間の人事ローテーションを通じて若手社員を育成する方針だ。そもそも人事部は、若手社員に限らず社員の人事異動の柔軟性を広く確保し、要員調整を行いやすくしておきたいという意向を持っている。人事異動の都度、担当職務の変更によって給与が上下するとなると、社命の人事異動を行いにくい。
しかし、実際には、一般社員層総合職の職務給には、職種別や部門別の切り口はほとんど加味されていない。例えば、人事部から経理部に異動しただけで給与が変わるということはなく、職責や難易度が変わらなければ給与も変わらないという形だ[図表2]。
仕事の捉え方にはヨコ軸とタテ軸がある。現状ではほとんどの企業は、職務給を決める上で職種や部門などのヨコ軸は考慮せず、職責や難易度などのタテ軸で見ている。職能資格との違いは、卒業方式(現在の資格等級に求められる能力を十分に満たす場合に昇格させる方法)ではなく、“その仕事を担当しているかどうか”で判断するという考え方にある。しかし、たいていは具体的なポジションや人数枠が設定されているわけではないので、実質的にはあまり変わらないという見方もありそうだ。
また、社命人事異動の容易さや育成面への配慮とともに、“そもそも一般社員層において明確な職種別給与相場があるわけではない”ということも、総合職に職務給を導入するかどうかの判断に大きく影響している。筆者は、少なくとも今後数年間という範囲では、総合職全体を職種や所属部門などのヨコ軸で切り分ける形の職務給は主流にならないと予測している。
一方、採用需給がタイトで、自社の標準的な給与水準では採用やリテンションが難しい特定職種については、ほかの総合職とは異なる対応が必要だ。IT人材など、企業横断的な給与相場が形成されつつある職種も出てきている。そのような職種は順次、総合職から切り離して職種別職務給とする流れになっていくのではないだろうか。
[図表2]一般社員層の職務給
社命異動やローテーションは時代遅れなのか?
人事異動については、「最近の新卒者は配属先を約束しないと入社しない」「若手社員は異動先が希望に合わないと退職してしまう」などという話も聞こえてくる。これらは当面の給与の問題というよりは、中長期的なキャリアの問題だ。
キャリア自律志向は時代の流れであり、企業側も手挙げの人事異動を拡充していく方向にある。中には、人事異動は基本的にすべて社内公募で行うという企業も出てきている。しかし、社内公募だけで企業ニーズと従業員ニーズが整合すれば理想的だが、現実には事業間・職種間・地域間などでそれぞれ異なる要員ニーズがきれいに満たされるとは考えにくい。特に転居を伴う地域間の異動配置は、仕事だけでなく個人生活に与える影響も大きいので、手挙げだけでは難しそうだ。また、次世代経営人材の広域ローテーションやタフアサインメント、慣れ親しんだ担当業務に埋没しているミドルパフォーマーの育成ローテーションも必要だろう。これらは基本的に会社主導の人事異動施策だ。人事異動において手挙げを拡充していく方向性は良いとして、社命異動とのバランスをどう保っていくのかが課題だ。
筆者は、ジョブ型や職務給の考え方に基づく、“ポジションニーズ”主体の「適所適材」の人事異動を推進する一方、人材を起点とした育成観点、キャリア形成観点での「適材適所」ローテーションを忘れてはならないと考えている。それは、社命異動といってもキャリアに関する本人との擦り合わせを前提としたものになるはずだ。では、対象者として誰と擦り合わせるのかと言ったときに、直属上司との1on1もさることながら、異動絡みの話はHRBPや人事部がどう関与していくのかがカギになりそうだ。