2024年03月04日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [274]『両立思考 「二者択一」の思考を手放し、多様な価値を実現するパラドキシカルリーダーシップ』

(ウェンディ・スミス/マリアンヌ・ルイス 著 関口倫紀/落合文四郎/中村俊介 監訳 二木夢子 訳 
日本能率協会マネジメントセンター 2023年11月)

 

 仕事と家庭、利益とパーパス、個人と組織、男性と女性……。相反する概念で(あふ)れる現代において、われわれが陥りがちなのが「択一思考」の(わな)です。この罠から逃れ、創造力に富み、持続可能で包括的な解決策の糸口を見つけるにはどうすればよいか。本書は、それを可能にする「両立思考」のアプローチを、2人の経営学者が解説したものです。

 全3部構成の第1部では、われわれを取り巻く二者択一的な対立(ジレンマ)の中にはパラドックスが隠れており、矛盾しながらも相互に依存する緊張関係(テンション)があると説明します。その上で、効果的に対応するには、まずパラドックスを理解しなければならないと述べます。第1章で、パラドックスは、パフォーマンス・パラッドクス、学習パラドックス、所属パラドックス、組織化パラドックスの4種類に区別できるとしています。第2章では、こうしたパラドックスを“乗りこなす”際に、悪循環につながるパターンを挙げています。

 第2部では、パラドックスをマネジメントするツールを紹介します。まず第3章で、パラドックスについて好循環を引き起こす方法として、「ラバ型」(クリエイティブな統合)と「綱渡り型」(一貫した非一貫性:状況に応じて頻繁に方針を変える)を紹介しています。それから、両立思考に向けた統合ツールとしての「パラドックス・マネジメントのABCDシステム」を紹介し、続く第4章から第7章で、「ABCD」の各ツールの内容を説明していきます。

 第4章では、択一から両立に「前提」(A:アサンプション)をシフトするパラドックス・マインドセットについて述べ、第5章では、「境界」(B:バウンダリー)構造を作って緊張関係を包み込むことで、不確かさを乗りこなす術について解説しています。第6章では、不快の中に「心地よさ」(C:コンフォート)を見つけることで、緊張関係を受け入れる感情に至る方法ついて述べ、第7章では、「動態性」(D:ダイナミクス)を備え緊張関係を解き放つことで、危機を回避する方法を解説しています。

 第3部では、両立思考を実践するプロセスを、個人、対人、組織という異なるレベルで探求しています。第8章では、個人の意思決定においてジレンマにどう取り組むか、第9章では、対人関係において拡大する分断をどう修復するか、第10章では、組織のリーダーとして持続可能なインパクトを与え続けるにはどうするかを、具体例を挙げて説明しています。

 著者らは最後に、「パラドックスとは、対立項が互いに打ち消し合うのではなく、両極にわたってひらめきの火花を起こすように、バランスを取る技術である。(中略)思いさえあれば矛盾を受け入れることができるのだ」として、本書を締めくくっています。

 パラドックス・マネジメント、パラドキシカルリーダシップといった、日本ではまだ目新しい概念を扱った本ですが、読んでみると、決して見慣れない議論ばかりが展開されているわけではありません。陰陽思想をはじめとする古今東西の思想・哲学から、最近の話題となった経営書まで多く引用がなされており、これまでの人間の思考の歩みを辿(たど)りつつ、多様な視点が重要となる不確かな現代の世界を背景に生まれた概念やアプローチであることが分かります。

 コンセプチュアルで堅めな本ですが、著者ら自身の体験談なども多く織り込まれていて、物語を読むように読める箇所も少なからずあります。敬遠せずトライしてみるのもいいかと思います。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2023年11月にご紹介したものです

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー