荒金雅子 あらかね まさこ
株式会社クオリア 代表取締役
プロフェッショナルファシリテーター(CPF)
【編集部より】
今月から、全5回(予定)にわたる連載「ケース/シチュエーション別 知っておきたいアンコンシャス・バイアス20選」がスタートします。執筆いただくのは、株式会社クオリア 代表取締役の荒金雅子氏です。
従来から人事の領域では、採用や評価面談でエラーの原因となる「心理バイアス」が問題となってきました。ただし、「アンコンシャス・バイアス」(無意識の偏見)に基づく認知のゆがみは、採用面接や人事評価面談のような特定の状況だけでなく、職場のさまざまな業務場面でも起こり得るものです。
本連載では、採用選考・人事考課をはじめ、マネジメント・社内コミュニケーション、ダイバーシティ推進、キャリア形成・育成……などのケース/シチュエーション別に、問題が顕在化しやすいアンコンシャス・バイアスを取り上げ、組織に生じる弊害や対処法について解説していただきます。
第1回となる今回は、アンコンシャス・バイアスとは何か、どのような問題点があるのかについて、改めて確認していきます。
1.アンコンシャス・バイアスとは何か
●日常にあふれているアンコンシャス・バイアス
私たちは日々仕事や生活に追われ、忙しく過ごしている。五感をフル稼働し大量の情報を読み解きながら、素早く行動に移している。
ただし、脳が一度に処理できる情報量には限りがあるため、過去の経験や知識に照らし合わせながら、パターンを認識し、適切な「判断」や「理解」につなげていく。アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み・偏見)は、大枠で物事を捉えたり、効率的に物事を処理する際には役に立つものであり、説明を行う上で助けになったり、エネルギーを節約する道具でもある。アンコンシャス・バイアスそれ自体は悪いものではない。“脳のショートカット機能”とも言える。
では何が問題なのか。それは、間違った解釈や偏った思い込み、先入観に気づかないままに、物事を無意識に関連づけたり自動的に連想したことが否定的な態度や言動となって、相手を傷つけたりモチベーションを下げたりすることにある。
また、意思決定や評価にゆがみを与え、間違った判断を行ってしまうこともある。例えば、男性ばかりが採用されていたオーケストラにおけるオーディションの事例は有名だ。審査員たちは「自分は差別をしていない。厳正な審査の結果であり、たまたま男性が多いだけだ」と信じていた。そこで、性別が分からないようにスクリーンで姿を隠して演奏してもらうと、女性の合格率が急増したという。スクリーンを使ったことで、審査員の頭の中で無意識に働いていた「女性」に対する偏見が排除され、結果が変わった事例だ。
アンコンシャス・バイアスを一言で言うと、「自分で気づいていないものの見方や捉え方のゆがみや偏り」である。それは、何げない些細な言動の中にも潜んでいる[図表1]。
[図表1]何げない些細な言動の中に潜むアンコンシャス・バイアス
言葉の中に | 態度やしぐさの中に |
「新入社員にしては意外とやるね」 | パソコンやスマホを触りながら話を聞く |
「男性なのに育休とるの?」 | 名前をよく間違える |
「何年入社? あ、中途採用なんだ」 | 腕組み、足組みしながら相手の話を聞く |
「介護中だから責任ある仕事は無理だよね」 | 相手の話を途中で遮る |
どれも無意識に行われていることであり、取るに足りないものだ。しかし、その言動の奥には、本人も気づいていない相手への思い込みや決めつけが隠れていたり、相手を軽く扱うようなメッセージが含まれている。小さな「とげ」となって相手を傷つける言動だ。
まずは、日常の中にはどのようなアンコンシャス・バイアスがあるのか、目を向けてみよう。
2.アンコンシャス・バイアスはなぜ生まれる?
脳科学者の池谷裕二氏は、「脳には『自分にはバイアスがない』というバイアスがある」と言う。誰しも自分がアンコンシャス・バイアスを持っているとは思いたくないものだが、残念ながら、いつでも誰にでもどこにでもある、それがアンコンシャス・バイアスだ。
脳には特有の「思考のクセ」があるのだ。ストレスを回避するために深く考えずに自分に都合のよい解釈に飛びつく。居心地のよい状態をつくり出したいがために、同質性の高い人を重宝したり、自分と似ている人をより高く評価するなど、“イングループ/アウトグループ”をつくり区別しようとする。自分が経験したことは事実であり、自分にとっての普通や常識を疑うことはなく、相手もそうだろうと思い込んだり、自分の考えを押し付けようとすることもある。物理的にも心理的にも自分から遠い人には、不確かな情報や不安な要素があると否定的な感情を持ちやすくなる。
脳のこのような特徴が、アンコンシャス・バイアスを生み出している。
また、時代遅れとなった古い習慣や過去の常識がアンコンシャス・バイアスを生み出すこともある。
「部下の名前を呼び捨てにする」「お茶くみは女性の仕事」「飲み会の幹事は若手の役割」など、以前には当たり前とされていたことも、多様な人が働く現在の職場では、多くは既に“過去の常識”となっている。現在では、「さん付け」を奨励したり、お茶は自分で入れる、飲み会の幹事は当番制にするなど変化している組織は多い。しかし、それに気づかずに過去の常識にとらわれたままに、ことさら属性を強調するような発言をしてしまうと、それがアンコンシャス・バイアスとなり、相手との関係に悪影響を与えてしまうのだ。
忙しい時、ストレスが高い時、そして圧倒的に優位な立場にある時ほど、アンコンシャス・バイアスは発生しやすいと言われている。多様な人が働き、皆が仕事に追われていて、上下関係などの力関係がある組織の中では、常にアンコンシャス・バイアスが生じやすい状態にあるといえる。
3.アンコンシャス・バイアスの弊害
●個人に与える影響
アンコンシャス・バイアスは、客観的事実に構うことなく単純化した考え方によって形成される。また、根拠のない否定的評価・判断や感情となって相手に伝わるものだ。
「あなたはこう」と決めつけられたり、「あなたと私は違う」という否定的なメッセージを受け続けるとどうなるだろうか。時には、周りと違うことへのつらさから、その違いをないものにしようとして、「同化」という道を選ぶ人もいる。体形や容姿を気にして周りの求める標準に近づけようと努力したり、長時間労働を是とする働き方を受け入れそれに合わせようとするのはその例だ。けれど、それはサイズの合わない洋服を無理に着ているようなものだ。常に居心地が悪く、窮屈で、十分に力を出し切れる状態ではない。
アンコンシャス・バイアスがはびこる職場で働いていると、次のようなことが起こりやすくなる。
・常に適応能力を求められ、不安や葛藤、ストレスがある
・疎外感、孤立感が増加し、精神的なダメージから心身の不調を来す
・自己否定・自己嫌悪が強くなる
・挑戦意欲が低下し消極的な姿勢が生まれやすい
・職場への諦め、無力感が増す
「どうせ」という言葉が飛び交う職場は、間違いなくアンコンシャス・バイアスがあると言っていいだろう。
●組織に与える影響
アンコンシャス・バイアスの発生を、個人の問題だと見過ごしていると、やがて大きな組織の問題へとつながっていく。
・相互不信から信頼関係が低下する
・セクハラやパワハラ、マタハラなどのハラスメントの原因となる
・生産性・パフォーマンスが低下する
・心理的安全性が低くなり、心理的危険性が増大する
・活力がなくなり、イノベーションが生まれにくくなる
・同調圧力が強まり、不祥事やトラブルにつながる
アンコンシャス・バイアスは新しい概念ではない。昔からあったものだが、“それくらいのことは問題ない”と放置してきた結果、どんどんエスカレートして顕在化し、組織に悪影響を与える存在となってきたのだ。
近年では、アンコンシャス・バイアスがマイクロインエクイティ(Micro-inequity:小さな不公平)やマイクロアグレッション(Microaggression:自覚なき差別)へとエスカレートしたり、職場の心理的安全性を損なう要因となることへの危機感も広まっている。
「ビジネスと人権」への関心が急速に高まる中、組織としてアンコンシャス・バイアスに対処することは喫緊の課題となっている。
●マジョリティーの持つアンコンシャス・バイアスに注意
アンコンシャス・バイアスは誰もが持っているものではあるが、とりわけ力を持っている人の影響は大きいため、留意が必要だ。あなたは、次の項目で自分に当てはまるものがいくつあるだろうか[図表2]。
[図表2]セルフチェック:自分はマジョリティーにいるか
男性である | |
日本人である | |
新卒入社である | |
大学(院)卒である | |
管理職である | |
専門性がある | |
同じ言語を話す人と仕事をしている | |
自分の属性を隠したことはない | |
右利きである | |
自分のことはたいてい自分で決められる |
複数の項目に当てはまった人は、組織の中でマジョリティー側にいると考えるとよい。
マジョリティーとは、単に数が多いだけでなく、より力を持った存在であり優位な立場にある人のことを言う。自分の持つ優位性に気づかないと、自分の発した一言が相手に不安や恐れを与えたり、ストレスを感じさせていることにも気づきにくい。
「それくらいのこと? そんなつもりはなかった。言えばいいのに」と、自分の振る舞いを正当化したり、相手にも問題があるかのような言い方をする人もいる。「そんなつもりはなかった」かもしれないが、不用意なその言動によって相手は傷ついているのだ。
「言えばいいのに」とは、間違いなく、力を持っている人が言える言葉だ。力がないと思っている人たちは、その態度や言動に息苦しさやストレスを感じている――ということを理解しよう。
4.アンコンシャス・バイアスに対処する
アンコンシャス・バイアスは脳の無意識な反応であり、なくすことはできない。それを前提にしつつ、悪影響を軽減し、心理的安全性の高い職場にしていくことが重要だ。
ここでは、四つのステップで対処する方法を考えたい。
ステップ1:アンコンシャス・バイアスについて知る
アンコンシャス・バイアスにはさまざまなパターンがある。相手や周囲に対するアンコンシャス・バイアスだけでなく、自分自身に対する思い込みが、問題をより複雑にしていることもある。どのような時に、どのようなアンコンシャス・バイアスが生まれやすいのか。自分の思考にはどのような傾向があるのかを知ると、対処しやすくなる。
人は“カテゴライズしたい生き物”であり、あるカテゴリーに属する多くの人が持つ共通化したイメージを、固定化して捉えてしまうことがある。また、限られた一面的な情報やデータからイメージを形成したり、十分な証拠や客観的な事実なしに相手を決めつけたり、思い込むことがある。だからこそ、正しい情報や知識を身に付けることが重要だ。
ステップ2:気づきのアンテナを立てる
アンコンシャス・バイアスに意識的になり、周囲にアンテナを立てることで、心のセンサーが反応し気づきを生みやすくなる。人は皆、自分に都合よく世界を見ようとする。ある種の“偏見フィルター”があることで、効率的に考えることができるのだ。一方で、偏見フィルターを通すことで、ものの見方に偏りが生じたり、思い込みや決めつけにつながることもある。自分で気づかない「思考のクセ」を持っていることに自覚的になり、アンテナを高く立ててみよう。
カギは「メタ認知」にある。メタ認知とは、自分の感情や思考、行動そのものを認知の対象として、自分自身を客観的に認識する能力をいう。「今の言動は適切だろうか」「それはどのような影響があるだろうか」「自分はなぜそう思ったのだろう」「この感情はどこから来たのだろう」。常に自分に問いかけることで、アンコンシャス・バイアスのアンテナにさまざまな情報が引っかかりやすくなり、心のセンサーが反応するようになる。
一度気がつくと、さまざまなアンコンシャス・バイアスに敏感になり、想像力が働くようになる。
ステップ3:思考の柔軟性を手に入れる
人はお互いに同じようなところもあれば、異なる面も持っている。多面的なものの見方を手に入れて、常にお互いの「違い」と「共通」に目を向けるようにすることが重要だ。「自分と違う存在」「自分と価値観や考え方が違う人」に反射的に否定的な感情や違和感を持ったり、過度に一般化してしまうと、アンコンシャス・バイアスが生じ、相手を理解したり受け入れることが難しくなる。「自分はこう思うが、相手もそうかは分からない。相手には相手の考えがある」という柔軟な思考スタイルを身に付けよう。寛容さ、受容力を育てることが大切だ。受容とは、相手の言動をすべて許容し、同意することではない。相手を否定したり評価せず、ありのままに受け入れること、その存在や意見、感情をよくも悪くも変化させずに受け入れるということだ。
ステップ4:コミュニケーションの量を増やし質を高める
3年に及んだコロナ禍で、職場のコミュニケーションはますます難しくなっている。アンコンシャス・バイアスは、関係性が希薄になるほど生まれやすくなる。だからこそ、多様な人と関わる機会と対話を増やすことが重要だ。特に多様な属性間、マイノリティーとマジョリティーとのコミュニケーションを増やすことで、お互いを理解し尊重する関係を深めることができる。
また、力関係をなくす必要はないが、フラットでオープンな対話ができるようさまざまな共同体験を持つことも効果的だ。信頼関係を強化する八つのコミュニケーション力[図表3]を理解し、アンコンシャス・バイアスを排除した関わり方と関わり技法を身に付けよう。
[図表3]信頼関係を強化する八つのコミュニケーション力
コミュニケーション力 | 活用法 |
人と関わる力 |
・多様な属性の人に興味・関心を持って向き合い、積極的に対話する機会を増やす |
自己開示力 |
・違和感を覚えたら自分からオープンに声を出していく |
感情コントロール力 |
・自分の感情の扱い方を知り、常に平常心を心がける ・相手の感情に振り回されたり、引き受け過ぎないようにする |
観る力 |
・相手の表情やしぐさ、言葉など「心の変化」を見逃さないよう観察する |
聴く力 |
・“自分と相手は違う”ということを前提に、相手の話をしっかり聴く |
肯定する力 |
・否定的な言葉を排除し、相手の良い面に目を向け、意識的に好意的なメッセージを伝える ・中立的・肯定的な表現ができるよう語彙力を鍛える |
質問する力 |
・自分に対して常に「それは適切か?」「アンコンシャス・バイアスでは?」と問いかけ、相手に対しても本音や意図を引き出すよう質問をする |
伝える力 |
・「言いたいことを言う」ではなく、どうすれば相手に伝わるかを考えながら適切な言葉で伝える |
次回からは、職場のさまざまな場面で発生するアンコンシャス・バイアスについて紹介していく。第2回は、採用や選考の場面で起こりやすいアンコンシャス・バイアスについて取り上げる。どのような場面でどのようなアンコンシャス・バイアスが生まれやすいのか、それを防止するために何が必要か、効果的な対処法とはどのようなものか、理解を深め現場に生かしてほしい。
荒金雅子 あらかね まさこ 株式会社クオリア 代表取締役 プロフェッショナルファシリテーター(CPF) 都市計画コンサルタント会社、NPO法人理事、会社経営等を経て、株式会社クオリアを設立。女性の能力開発、キャリア開発、組織活性化などのコンサルティングを長年実践。1996年、米国訪問時にダイバーシティのコンセプトと出会い、以降、組織のダイバーシティ&インクルージョン推進を支援している。意識や行動変容を促進するプログラムには定評があり、アンコンシャス・バイアストレーニングや女性のリーダーシップ開発等において高い評価を得ている。内閣府男女共同参画局「令和3、4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」調査検討委員会委員。 |