2024年03月18日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [275]『影響力の武器[新版] 人を動かす七つの原理』

(ロバート・B・チャルディーニ 著 社会行動研究会 監訳 誠信書房 2023年11月)

 

 本書によると、相手に「イエス」と言わせるために使う戦術は七つのカテゴリーに分類できます。そのカテゴリーをそれぞれ支配するのは、人間の行動を支配する基本的な心理学の原理であるとして、この七つの原理と戦術を解説したのが本書です。

 第1章では、世の中に情報があふれ、深く考えずに手っ取り早く行われる意思決定が増えている状況を概括した上で、「手っ取り早い」反応には効率性などの利点がある一方、間違いを犯す可能性が高くなるという欠点もあるとしています。そして、承認誘導の専門家は、自分の要求を通す〈影響力の〉武器としてこの「手っ取り早い」反応を利用するとし、以下、第2章から第8章の各章で、〈強力な〉七つの道具について解説しています。

 第2章で取り上げるのは「返報性」。つまり「ギブ・アンド・テイク」のことで、他者から与えられたら、自分も相手に返そうとする心理です。注意点として、返報性のルールのために余計な恩義を感じてしまうことがあることを挙げ、不公平な交換を引き起こす危険があると注意を呼び掛けます。その一方で、承認を引き出す方法として、「最初に譲歩して、そのお返しとして相手の譲歩を引き出す」やり方があるとしています。

 第3章は「好意」を紹介します。ここでは、人は好意を寄せてくれている相手に対して「イエス」と言いやすい傾向があると示しています。承認誘導の専門家はこのルールを知っているので、自らの影響力を強めるために、自身の外見の魅力、相手との類似性、相手への称賛など、相手が好意を寄せる要因を強調するとしています。

 第4章は「社会的証明」です。これは、人は「他の人たちが何を正しいと考えているか」を基準に物事を判断するというものです。社会的証明は一定の条件下で強い影響力を持ちます。この効果を最適化する条件は「不確かさ」(自分に確信が持てない)、「人の多さ」(多くの人がそうだ)、「類似性」(自分と似た人がそうだ)の三つであるとしています。

 第5章は「権威」を取り上げます。権威を持つ人からの要求には、服従を促す強い圧力があります。権威の影響力の源は、地位(肩書など)、もしくは何らかの意味で権威とみなされること(専門性など)にあるとしています。そして、前者に基づく要求や圧力はしばしば反発や恨みを買うのですが、後者に基づくのであればこの問題を避けられることを紹介します。つまり、確かな権威であると判断されれば、説得効果は大きくなります。

 第6章のテーマは「希少性」です。人は機会を失いかけると、その機会をより価値のあるものとみなします。希少性の原理が効果を上げるのは、「手に入れにくいものは貴重だ」という思い込みと、入手機会が減ることで自由を失うことを嫌う「心理的リアクタンス」(制限や強制をされると、抵抗感や反発心が生じること)が働くためであるとしています。

 第7章では「コミットメントと一貫性」を紹介しています。承諾を引き出す上でカギとなるのは、最初にコミットメント(関与、委任)を確保することです。コミットメントしてしまうと、人はそのコミットメントに合致した要求を受け入れやすくなるので、承認誘導のプロは、後でやらせようとしている行動と一貫するような立場を最初に取らせようとします。

 第8章は「一体性」です。人は自分の身内だと思う相手に「イエス」と言ってしまいます。こうした「私たち」性(一体性)は、他者とのアイデンティティーの共有に関係します。「私たち」集団の成員は、仲間の成員の幸福を非成員のものより重視し、仲間の好みや行動を手本に自分の行動を決め、それらが集団の結束を高めるとしています。

 そして最終章の第9章では、情報過多社会において、私たちは手っ取り早い意思決定を行う「思考の近道」を使わざるを得ず、そのため、相手への要請の中に影響力の武器を忍ばせる承認誘導の専門家が増えていることを取り上げます。その上で、この仕組みを悪用する者もいるため、そのようなインチキに対抗することが重要だとして、本書を締めくくっています。

 本書は、人々がどのように相手の要求に従うのか、豊富な実例を交えて人の行動をつかさどる心理学の原理を解説しています。初版から30年以上を経て評価は定着している本ですが、改版ごとに事例などは新しいものに更新されています。前回の第三版(2014年)からの大きな変更点は、六つだった影響力の原理に、新たに「一体性」が加わっていることです。旧版を読まれた人も、新版で再読してみるのもいいのではないかと思います。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2023年12月にご紹介したものです

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー