2024年01月05日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第15回 今後の労働基準法制とキャリア

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.はじめに

 2023年10月20日、厚生労働省は、「新しい時代の働き方に関する研究会」の報告書を公表した。報告書は、働き方やキャリアに関するニーズなどを把握した上で、今後の労働基準法制の課題と方向性について取りまとめたものである。研究会は2023年3月から15回開催された。座長は、今野浩一郎 学習院大学名誉教授、学習院さくらアカデミー長である。
 キャリアに関するニーズなどを扱ったものだけあって、「キャリア」という言葉が随所に登場する。報告書については、既に報道などもされているが、労働基準法制を今後どうするかを考える上での出発点ともいえるものであり、キャリア支援と関係するものでもある。キャリアコンサルティング、キャリアコンサルタントと関連付けて、読み解いていきたい。

2.報告書のポイント~「守る」視点と「支える」視点

 本報告書は、企業を取り巻く環境や労働市場、働く人の意識が変化する中で、これからの労働基準法制に求められる視点として、従来から労働基準行政が果たしてきた労働者を「守る」視点と、労働者の多様な選択や自発的な能力開発と成長を「支える」視点の両方が重要だという。また、「守る」「支える」ための具体的な制度設計を検討するに当たって、押さえるべき考え方を整理している[図表1]

[図表1]「守る」「支える」ための具体的な制度設計検討に当たって押さえるべき考え方

❶ 変化する環境下でも変わらない考え方を堅持すること

❷ 個人の選択にかかわらず、健康確保が十分に行える制度とすること

❸ 個々の働く人の希望をくみ取り、反映することができる制度とすること

❹ ライフステージ・キャリアステージ等に合わせ、個人の選択の変更が可能な制度とすること

❺ 適正で実効性のある労使コミュニケーションを確保すること

❻ シンプルでわかりやすく実効的な制度とすること

❼ 労働基準法制における基本的概念が実情に合っているか確認すること

❽ 従来と同様の働き方をする人が不利にならないようにすること

 ❶は、変化する経済社会の下でも変わらない労働憲章的な考え方を示したものである。
 ❷では、まず前提として健康の確保は、すべての働く人にとって共通して必要であるということを示している。その上で、健康の確保は企業の責務であるとしつつ、働き方が多様化する中で、働き方によっては、労働者自身も、健康保持・増進を主体的に行うことが必要となることから、それを可能な制度とすること、ということである。
 ❸は、これまでと同様の働き方がなじむ労働者は、これまでと同じような規制によって労働者の権利の保護を行い、新しい働き方で働く人については、時代に合わせた見直しが必要である、ということである。「守る」ことを保障した上で、多様なキャリア選択を「支える」という配慮が求められる、とまとめている。
 ❹は、説明は不要だろう。
 ❺は、働き方が多様化する中で、働く人の多様な声を吸い上げ、その希望を労働条件に反映させていくためには、集団的労使コミュニケーションの在り方について検討することが必要だ、と言っている。
 ❻は、ここでは詳しく説明しないが、労働基準法制を設計していく上で重要な項目ではある。実効性に加え、有効性、透明性について記載されている。
 ❼は、基本的概念についての検討の必要性を指摘しているもので、労働法制の今後という点では、非常に重要な論点である。
 ❽は、新しい働き方ばかりに目を向けるのでなく、維持すべき制度は維持しつつ、労働基準法制を設計・運用していくことをうたっている。
 報道では、「労働者」「事業場」といった基本的概念についての検討の必要性(❼)や、分かりやすさや実効性の視点の必要性(❻)などに焦点が当てられることが多い。いずれも、労働法制の今後を考える上で重要な論点であるためだが、本稿では、労働者のキャリアとの関わりが特に深いものに焦点を当てていきたい。

3.働き方やキャリアについての多様なニーズ

 研究会では、既存のデータを把握した上で、「労働者の働き方・ニーズに関する調査」※1を行っている。興味深い結果も多いので見ていこう。

※1 インターネット調査により令和5年3月に実施。スクリーニング調査を実施した上で、就業形態が「正規社員」「非正規社員」「雇用関係によらない者」に該当する15~79歳の男女を対象に、就業構造基本調査と同様の比率になるよう実施。回答者は6000人。うち「雇用関係によらない者」401人を除く5599人を対象に集計。厚生労働省労働基準局委託事業でPwCコンサルティング合同会社が受託。

 まず、労働者の希望する将来の働き方だが、多様である。「なりゆきにまかせたい」(31.3%)が最多で、「わからない」(25.2%)を合わせると56.5%に上る。リモートワークについても、希望する者が39.4%であるのに対し、希望しない者が60.6%である。労働時間についても、通常の勤務時間制度を希望する者が61.8%いる一方で、変形労働時間制度、みなし労働時間制度、労働時間制度の対象としない働き方を希望する者も、それぞれ37.3%、30.8%、27.4%存在し、ニーズが多様であることがうかがえる。一つの企業で長く働くことをこれまで以上に重視するかどうかについても、重視する者57.9%、重視しない者42.1%と、いずれもかなりの割合である[図表2]
 調査結果からは、自らの今後の働き方について、明確な意思を持っていない層が半数以上を占めていることが分かる。リモートワークが普及するなど働き方は変化してきているが、だからと言って、労働者の大多数が、新しい働き方を希望しているわけではなく、これまでどおりの働き方を希望する者もいる。働く人の働き方やキャリアについての意識が変化してきているのは確かだが、その考え方やニーズが多様であることがうかがえる。

[図表2]働き方等に関するニーズ

資料出所:「新しい時代の働き方に関する研究会」第9回資料「労働者の働き方・ニーズに関する調査について」(中間報告)

4.労働者のキャリアの観点から読み解くと……

 報告書の目的は、今後の労働基準法制の課題と方向性について整理することである。このため、キャリアコンサルタントなどといった言葉は出てこないが、「支える」ことについては、労働者の多様な選択や自発的な能力開発と成長「支える」ことはキャリアコンサルタントに求められることでもある。「守る」ことについても、メンタルヘルスを直接改善するわけではないが、適切なタイミングで的確にリファー※2できるようメンタルヘルスについて学んでいる。
 労働政策研究・研修機構が、2022年に行った「第2回キャリアコンサルタント登録者の活動状況等に関する調査」※3によると、企業領域では、仕事や職場に直接関係することのほか、「今後の生活設計、能力開発計画、キャリア・プラン等」「部下の育成・キャリア形成」「企業内の異動希望等」など、いわゆるキャリアについての相談も多い。「メンタルヘルスに関すること」も挙げられている[図表3]

[図表3]企業領域における「多い相談」(複数回答)

資料出所:労働政策研究・研修機構(2023)「労働政策研究報告書No.227 第2回キャリアコンサルタント登録者の活動状況等に関する調査」

 「支える」視点に関しては、「守る」視点の考え方を前提とした上で、「自らの希望やキャリアを踏まえて自発的に働き方を選択しようとする人の妨げにならないよう、また働く人の自発的な選択と希望の実現を『支える』ことができるよう、また、企業が働く人のキャリア形成を支える取り組みを後押しできるよう、『多様性尊重の視点』に立って整備されていくことが重要である」と記載されている。
 報告書は、労使コミュニケーションにも紙幅を割いている。働き方・キャリア形成に関する働く人の希望が個別・多様化する中で、企業も、これに応えていくことが求められるようになっている。近年は、個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)などに力が入れられてきたが、報告書が指摘するように、集団的な労使コミュニケーションについても、その在り方を検討する必要があるだろう。
 コミュニケーションに関しては、キャリアコンサルタントも役に立つだろう。彼ら・彼女らは、断りなく個別の相談内容を伝えるようなことはしないが、企業に気になる点、改善すべき点があれば、必要に応じ、情報提供や働き掛けを行う。キャリアコンサルタントは、相談スキルを要件とする数少ない国家資格の一つであり、企業におけるキャリア形成支援についても学んでいる。こうした専門家も活用していくとよいだろう。

※2 相談に訪れた者を信頼できる別の専門家に紹介すること

※3 特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会に、2022年6月3日時点で登録済みのキャリアコンサルタントのうち、同協議会のメールニューズサービスに登録している5万8748人を対象に、同サービスを通じて依頼。回答数7586人(うち企業領域を主な活動の場とする者2080人)、回収率12.9%。

5.おわりに

 報告書は、今後の労働基準法制の課題と方向性について取りまとめた上で、最後に「未来を担う全ての方へ」と題して、呼び掛けを行っている。まず、個人の選択を支援するために、働く人の多様性や主体性が活かされ、働く人が意欲や能力を高めていける仕組みを、企業内、労働市場の両面から追求し、具現化していかなければならない、としている。
 その上で、企業に対し、人材を「人的資本」として捉え、積極的に投資することへの期待を表明している。この投資には、能力開発のほか、賃金の引き上げや労働条件の改善、主体的なキャリア形成への支援等も含まれる。働く人への情報提供の必要性についても言及し、社内外に情報を開示することの重要性を指摘している。
 また、働く人に対しては、まず、自発的なキャリア形成が重要であるとする。そして、自己管理能力(セルフマネジメント力)の向上や、労働基準法制への理解・活用を求める。さらに、働く人同士のネットワーク構築の重要性を示している。
 労働基準法制と聞くと、堅苦しい感じがすると思うが、本報告書は驚くほど読みやすい。今後の労働基準法制のために議論したことを取りまとめたものだが、労働基準法制の問題を超え、人権の問題なども含めてさまざまな有用な指摘もなされている。一度、目を通されることをお勧めする。

【参考・引用文献】

・厚生労働省(2023)「新しい時代の働き方に関する研究会 報告書」

・厚生労働省(2023)「新しい時代の働き方に関する研究会」各回資料

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会専務理事、人材育成学会常務理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科兼任講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

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