2024年01月26日掲載

Point of view - 第245回 吉田倫子―リバース・メンタリングにおける“壁”は誰が作っているのか?

吉田倫子 よしだ みちこ
富士通フューチャースタディーズ・センター
研究主幹

2001年4月 株式会社富士通総研入社、経済研究所配属。以後、公益社団法人日本経済研究センター経済分析部、欧州委員会 税・関税同盟総局 付加価値税局研修生(ベルギー)等を経て、富士通総研経済研究所 主任研究員。2020年4月、富士通フューチャースタディーズ・センターの設立と同時に異動。2021年4月より現職。

伝統的なメンタリングとリバース・メンタリングの違いは何か?

 伝統的なメンタリングないしメンター制度とは、知識・経験豊富なシニア(年長者)が「メンター」となり、「メンティー」である若手に対して、コミュニケーションを通じてさまざまなアドバイスを行ったりカウンセリングや教育を施したりする人材育成方法の一つである。ヒエラルキーに依存した命令というかたちではなく、あくまでも参加者同士の対話によって気づきを促したり、自律的な行動に結びつけたりすることを目的として実施される。
 これに対してリバース・メンタリングは、伝統的なメンタリングの性格を残しつつ、このシニアと若手の関係性がリバース(reverse)、すなわち逆転したものである。したがって、若手がシニアのメンターとなり、自分たちがシニアよりもよく知っている知識を基にアドバイスを行ったり、経験や感覚を共有したりする。
 リバース・メンタリングもメンタリングであるため、社内における企画や制度設計、ペアリング/マッチング、実施、終了に至るまで、人事部が調整役を担い進めている場合が多い。通常のメンタリングの場合、責任ある幹部社員がメンティーとなることはまれであり、ゆえに人事部がメンティーの直属の上司とともに若手のサポートを行うことが推奨されている。ところがリバース・メンタリングの場合、メンターを担う若手の支援だけではなく、メンティーとなるシニアに対する配慮も同時に必要になってくることに注意しなければならない。

リバース・メンタリングは日本企業になじむのか?

 筆者が2018年に実施したアンケート調査のデータを、あらためて当時とは別な観点から分析してみた[注1]。着目したのは、「リバース・メンタリングの経験がある」という456人の回答者に対して、その効果を追加的に複数回答で尋ねた質問である。
 「お互いに信頼できる関係を築くことができた(肯定回答[注2]48.25%)」「既存の仕事上の課題を克服し、より効果的なアプローチをとることができた(44.52%)」「会社・部署全体に有益な結果や成果をもたらす(44.08%)」など、リバース・メンタリングの効果を評価する回答がみられた一方で、「リバース・メンタリングのような制度は、私の会社の企業文化には合わない(36.18%)」という回答者が一定数いる。リバース・メンタリングの導入を阻むものは何なのだろうか? 何が“壁”になっているのだろうか?
 分析前の一つの仮説は、「そのような回答を行っているのはシニア層ではないか」ということだった。年功序列の人事制度によって、ヒエラルキーの中で年齢や勤続年数が重視されがちな上意下達の日本企業では、それらに引きずられ、若手のメンターから助言を受けることに対して何らかの嫌悪感を抱いているのではないかと推測していた。しかし、結果は真逆である。ネガティブな気持ちを抱いていたのは若手のほうであった。

 [図表1]は、「リバース・メンタリングのような制度は、私の会社の企業文化には合わない」という質問に対する回答比率である。このうち、“合わない”という否定的な回答(36.18%)と、“合う”という肯定的な回答(23.90%)の内訳を年代別に示したのが[図表2]である。
 否定的に捉えていた回答者のうち74.55%は20~40代で占められていたが([図表2]右)、一方で約4割(39.45%)を占める50代以上は肯定的である([図表2]左)。

[図表1]「リバース・メンタリングのような制度は、私の会社の企業文化には合わない」

図表1

資料出所:「経営に関するアンケート」(2018年、株式会社日経リサーチを利用し筆者実施。[図表2]も同じ)

[図表2]肯定的な回答(1あるいは2)を選択した回答者(左)と否定的な回答(4あるいは5)を選択した回答者(右)

図表2

お互いの成長のためにどうしたらよいのか?

 若い人たちのリバース・メンタリングに対する否定的な気持ちは、どこから来るのだろうか?
 良きメンター(シニア)が、必ずしも良きメンティーになれるわけではない。これまでリバース・メンタリングを導入してきた企業は、若手とシニアの間に存在するさまざまなギャップを解消する一つのツールとして位置付けてきた。ある企業は知識移転だったり、ある企業はDI&E(Diversity, Inclusion & Equality)の視点や、その時代ならではの新しい「感覚」を若手に共有してもらったりすることを目的としていた。いずれの場合も、若手のほうが新しい知識や洞察力、感覚を持っているという前提である。問題は、それらの移転や共有がどのようにスムーズに実現できるかどうかにある。

 欧州に拠点を置く製薬企業に対して過去に筆者が実施したインタビューでは、リバース・メンタリングにおいて、人事部が最も慎重に行わなければならないのはペアリング/マッチングだと聞いた。その企業では通常1組のリバース・メンタリングは6~12カ月かけて実施されるのだが、いくら慎重に対象者や組み合わせを選んだとしても、相手や制度に協力しようとしない、理解のない管理職がメンティーになることもある。リバース・メンタリングの効果が得られにくい多くのケースは、このようにメンティーであるシニアが非協力的な場合である。若手メンターの感じるやりにくさはここにある。通常のメンタリングの場合、非協力的な態度で臨むメンティー(若手)は、ほとんどいないだろう。リバース・メンタリングの場合は違う。

 シニア側が非協力的なことの理由として、リバース・メンタリングという制度に理解がない場合もあれば、リバース・メンタリングに限らずそもそも何か新しいことを始めること自体に否定的な場合もある。人事部に対して非協力的な場合もある。そのような場合は、メンティーを説得して態度を改めさせるのではなく、人事部がさりげなく介入し、短期間で関係を終わらせたり、メンターに次の相手をつないだりするような補助を行っているようだ。
 同じ企業の中で働いていれば、今は仕事上の接点がなくとも、いつか生じることもある。お互いに最悪の印象になることをできるだけ回避して、ネガティブな関係を引きずらせないために、人事部が果たす役割は大きい。また、相性が悪くとも、人事評価には直接的に結びつけない点も、制度運用時の一つのポイントといえよう。
 人事部があくまでも第三者としての距離を保ちながら、参加者の気づきを促したり調整を図ったりするという点は、おそらく通常のメンタリングと同様であろう。しかし、リバース・メンタリングの場合、若手よりもシニアに対する配慮が必要である。

 リバース・メンタリングは、シニアにとって新たな何かを獲得する場であるが、若手にとっても、新しい人脈を築きリーダーシップを発揮する場である。メンターとメンティーの双方が成長できる機会として捉え、推進していくことが望ましい。

注1 実施機関は株式会社日経リサーチ、調査対象は株式会社日経リサーチの調査モニターのうち従業員規模5000人以上の企業に勤務する20歳以上の社員である。合計6145人の回答が得られた。5年前の調査であり、その後今に至るまでリバース・メンタリングを導入する日本企業も増えているため、必ずしも現在の実態を表しているとは思わないが、導入初期の参考として捉えていただければ幸いである。

注2 回答のうち、「非常にそう思う」「どちらかといえばそう思う」を足し合わせた比率。