2024年02月13日掲載

若手の離職を防止するオンボーディング設計 - 第2回 オンボーディングの目的は「戦力化」ではなく「一体化」――自分と会社が一体化した状態=「We感覚」を育むためには

小栗隆志 おぐり たかし
株式会社リンクアンドモチベーション
フェロー

若手社員が離職する背景にある環境変化

 第1回では、働く人間の心理特性を踏まえて、若手社員が定着することの難しさについてお伝えした。多くの企業が人材確保に頭を悩ませている中で、「若手社員の定着と成長」は今後ますます重要な経営テーマになっていくだろう。

 「若手社員の定着と成長」を考えるに当たってまず問いたいのが、「辞めることは果たして悪いことなのだろうか?」ということである。
 この類いのテーマが語られる際に、「石の上にも三年」という言葉が使われることがある。「長く働かなければ何も身に付かない。だから若手社員は我慢してでも働き続けるべきである」というメッセージだ。このほかにも、「置かれた場所で咲きなさい」という言葉がある。これは、「運命を受け入れて、そこで懸命に働いていたらいつか必ず芽吹くときが来る」というメッセージだ。両方とも、企業にとっては使い勝手のいい金言だろう。また、企業が若手社員に対して、「苦労して採用したのに勝手に辞めるなんて無責任だ」と思う気持ちも分かる。

 ここで、企業側から若手社員側に視点を移してみたい。近年、新しい採用関連のサービスが多数登場し、学生から企業に、あるいは企業から学生に対して直接アクセスできる手段が大きく増加した。要するに、企業と学生、双方の選択肢が広がったのだ。
 このように選択肢が増えるのは、一見良いことのように思えるが、問題もある。選ばれる学生と、選ばれない学生の「二極化」が進んでいくのだ。選ばれる学生は引く手あまたとなる一方で、選ばれない学生はとことん選ばれない。一昔前のアイドルの総選挙さながら、人気者とそうでない者との差が広がっていく。その証拠に、入社時の段階で初任給に差をつけるなど、入社前から新入社員を評価し待遇を変える企業も現れている。さらに入社後は、すぐに企業内での競争がスタートする。近年、「年功序列」「終身雇用」は旧時代的な人事制度と言われており、現代の新入社員にとって、企業が社会人人生を最後まで保証してくれることは期待できない。
 このような状況下では、会社を辞める可能性を前提に置きながら、自身のキャリアを考えることが当たり前になる。「このままこの会社で働き続けて、労働市場で評価されるスキルが身に付くのか?」「学生時代の同期と比べて、今の自分は転職市場で価値ある存在になっているのか?」と自身に問い続けることを余儀なくされる。今後の法改正や社会情勢の動向によっては、生涯現役で働き続けることが求められる可能性もある。つまり、20代前半の若手社員からすると、50年も60年も、労働市場の中で評価にさらされ続けることになるのだ。こうした中で、若手社員は、「選ばれ続ける」ことに真剣に向き合っているのである。
 そのような彼らが、上司に「石の上にも三年」「置かれた場所で咲きなさい」と言われたとしたらどうだろう。恐らく、表面的には「おっしゃるとおりです」と「組織人格」で答えるだろう。しかし、心の中では「そのように言うのは、あなたがたまたまうまくいったからでしょ?」と(「個人人格」で)思っているかもしれない。若手社員にとって、辞めるハードルが下がっているのは、彼ら自身のキャリアを守るためでもあるのだ。

若手社員の「オンボーディング」で実現すべきこと

 本題に戻って、若手社員の定着について考えてみたい。新卒社員に限らず、新規入社者が業務に慣れるまでサポートすることを「オンボーディング」と言う。一般的には、入社してから数カ月の間、会社のルールや業務の手順に慣れるまでの期間を指す。会社は、入社してくれた人材を手厚くサポートすることで、彼らの「戦力化」を図るのである。これはこれで重要な活動であるが、新卒をはじめとする若手社員の定着を目指すのであれば、ゴール設定を変えるべきだと私は考えている。若手社員のオンボーディングにおいては、「戦力化」ではなく「一体化」を目指すべきだ。

 前述のように、若手社員の中には、会社に対して「ここで働き続けて、自分のキャリアは大丈夫だろうか?」という疑念を抱きながら働いている人も多い。これは、常に会社を品定めしている状態である。この状態でいる限り、若手社員はちょっとしたきっかけで「退職」という意思決定をしてしまう。しかし、一定の期間を過ぎると、このような品定めを常にしているわけではなくなり、「この会社で働いている自分が自然だ」と感じるときがやって来る。まさに「自分の人生の一部」として会社が位置づけられた瞬間である。
 この状態になると、若手社員が使う言葉も変わってくる。社内でも社外でも、自社のことを「うちの会社は」と呼んでいたところから、「私たちは」という言い方に変わるのだ。これは、自分と会社との間に線引きをしないようになり、自分と会社が「一体化」した証拠である。私はこの感覚を「We感覚」と呼んでいる。「We感覚」があれば、ちょっとやそっとでは「退職」という意思決定をしなくなる。「退職」は自己否定につながると感じるようになり、会社へのコミットメントが一気に高まるのだ。もちろん、原理的には個人と会社が「一体化」することはない。しかし「私たちは」と会社を表現するようになったとき、個人人格に組織人格が入り込んだような感覚になっている。

 若手社員の定着を図るのであれば、この「一体化」した状態をオンボーディングのゴールと考えたほうが良い。「戦力化」したからもう大丈夫だろうと思っていては、ある日突然「退職宣言」を受けることになる。このような若手社員の悲しい退職を防ぐには、「We感覚」を育む努力が必要である。
 そしてたいていの場合、これはかなりの長期戦になる。自然に「私たちは」という言葉を使えるようになるには、私の経験上、5年から10年近い期間がかかるように思う。自分と会社は、ある日突然一体化するわけではなく、時間がたつほど一体化度合いが進んでいくものだからである。もちろん、組織の規模や個人の成長スピードによって、その歳月は短くなったり長くなったりする。

「We感覚」を自発的に育める人の三つの特徴

 ここまで、会社側が時間をかけて「We感覚」を育むことの大切さを伝えてきた。しかし、実際には自発的に「We感覚」を体得できる若手社員も存在する。そのようなメンバーの特徴に言及しておきたい。

[1]自分が行った選択を正解にするべく行動している若手社員

 一般的に、就職活動生が入社を決めるときには、自分なりに「この選択が正しい」と思っているものだ。「この会社であれば、自分は幸せなキャリアを築けるはずだ」「この会社の中でなら、楽しい社会人人生を送ることができるだろう」と期待して入社を決めているだろう。しかし、程度の差はあれ、入社後、現実はそんなに甘くないことに気づかされる。例えば、自分の能力を思うように発揮できず、同期との力量の差を感じるときがある。あるいは、自分に与えられた仕事に意味を見いだせず、単調な仕事の繰り返しのように思えて面白みを失うときがある。「こんなはずじゃなかった」と思うこともあるだろう。そんなときに、「就職活動での自分の判断は間違っていたのではないか?」という考えが頭を巡る。個人人格での決定に迷いが生じてきて、目の前の仕事に向き合えなくなるのだ。そのタイミングで、他の会社からスカウトされたり、プライベートの状況変化が訪れたりしたことで、退職を決断する若手社員も少なくない。
 しかし、「We感覚」を自発的に育むことができる若手社員の頭の中は少し違う。「自分のあの時の決断は正しいはずだ。だからこそ、今の環境にどう向き合うべきだろうか」と考え、行動する。過去の決断は正しかったと信じて、環境に働き掛ける行動を繰り返していると、やがて自分の中に信念が芽生えてくる。心理学的に言うと、「コミットメントによる一貫性」が働いている状態だ。人間は、自分の信念と異なる環境に入った場合、環境を自分の信念に合わせようと働き掛けるという習性がある。そのような信念が芽生えた状態になったメンバーからは、やがて「We感覚」に基づく発言が出てくるようになる。

[2]社内のネットワークを広げている若手社員

 新卒社員が会社に入ると、さまざまな人と新しい関係を持つことになる。学生時代であれば、自分の好きな人とだけつながっていても問題なかったが、社会人になるとそうはいかない。自分にとって厳しい上司や意地悪な先輩、学生時代だったらつるまなかったような同期とつながらなければならないことも出てくるだろう。所属した部署が、たまたま自分にとって心地よい関係の人ばかりであれば、たいていの仕事は楽しい。逆に、残念ながら自分にとって相性の悪い人ばかりであれば、途端に仕事は苦しくなる。そのような状況で体調を崩したり、評価されなくなったりしてくると「退職」の2文字が頭をよぎるのである。

 一方で、社内にそういった状況を相談できる仲間をつくり、ガス抜きをしてもらっている若手社員もいる。こうした職場以外の人とのネットワークは、仕事を通じて築いたものに限らない。例えば、社内の野球サークルであったり、同じ趣味を通じて知り合った仲間であったり、仕事以外のところでさまざまな人間関係を構築している。つまり、個人人格で付き合える仲間を持っているのだ。
 第1回で言及したアメリカの経営学者チェスター・バーナードも、「非公式組織」の重要性を語っている。個人が仕事などで組織人格的に振る舞うことが要求される組織を「公式組織」と呼ぶ一方で、個人が個人人格のままで気楽に振る舞うことができる組織を非公式組織と呼んでいる。公式組織では目的達成のために個人人格を消さねばならないが、非公式組織ではその必要はない。つまり、非公式組織で人格のバランスを取っているのだ。そのような非公式組織での関係性をつくることができている若手社員は、自発的に「We感覚」を育むことができる。

[3]後輩育成や自社採用に積極的に関与している若手社員

 新入社員が入社してから1年が経過すると、早くも後輩が入社してくる。後輩に対して、積極的に仲良くなろうとする人もいれば、距離を置こうとする人もいる。学生の頃と同様、一つ下の後輩は仲間でもあるが、時に自分の意見に反駁(はんばく)するライバルにもなり得る。
 「We感覚」を自発的に育める人は、後輩に対してもまず仲間として接し、自分が学んできたことを積極的に伝授している。その内容は、仕事の進め方はもちろんのこと、仕事の楽しみ方や職場内での関係性のつくり方など多岐にわたる。また、そういう人は、たいてい自社の採用活動においても重宝されやすい。面倒見が良いので、採用活動においてリクルーターなどの活動を任されるのだ。
 そして、採用や後輩指導などに積極的に関与している人は、自然と「We」を語るシーンが増える。「うちの会社は」と語るよりも、「私たちは」と語るほうが影響力を与えられることに気づくからだ。組織人格だけで語っても、感情が見えず、何も心に響かない。個人人格と組織人格が一体となって、会社の魅力や仕事の面白さを伝えなければ、相手の心に響かないのだ。そのような活動を繰り返している若手社員は、やがて「We感覚」を自然と体現するようになる。

 以上、「We感覚」を自発的に育める人の三つの特徴を語ってきたが、これらの行動を取ることができる人は「We感覚」をスピーディーに育んでいく。逆に言うと、会社がこのような機会を積極的に若手社員に提供していくことで、「We感覚」を育んでもらうこともできる。
 意図的にこれらの機会をつくり、多くの若手社員が「We感覚」で語れるようになってきた会社は強い。「We感覚」がある社員は、どのような状況下でも、自分の選択を正解にするべく自ら行動し、社内の雰囲気を良くしようとし、新しい仲間を迎え育んでくれるからである。このことを踏まえると、若手社員の定着支援は、「採用コストの無駄」という「マイナス要素」を防ぐ活動という側面だけではない。会社が持続的に発展していくための「プラス要素」を積み上げる重要な活動となるのだ。

 転職は、個人のキャリアという視点で見れば、決して悪いことではない。しかし、若手社員が転職することなく生き生きと働き続け、会社も発展し続けられる状態は、会社と若手社員自身の両者にとってうれしいものだ。そのために、「We感覚」をゴールにしてオンボーディングを実現していくことが必要である。また、「We感覚」を実現するには一定の時間がかかる。新卒1年目~3年目、3年目~5年目など、社歴によってもオンボーディングに必要な要素は異なる。
 次回以降は、社歴別に、オンボーディングを図る上でのポイントをお伝えしていきたい。

プロフィール写真 小栗隆志 おぐり たかし
株式会社リンクアンドモチベーション
フェロー

早稲田大学卒業後、2002年に株式会社リンクアンドモチべーション入社。営業・コンサルティングに従事し、幅広い顧客の組織変革を成功に導く。2011年に株式会社アビバ(現:株式会社リンクアカデミー)取締役就任。2014年に株式会社リンクアカデミー代表取締役社長就任。2017年に株式会社リンクアンドモチべーション取締役就任。組織から選ばれる個人(アイカンパニー)創りを支援する個人開発部門の統括責任者を務めた後、2023年より現職。