2024年02月09日掲載

Point of view - 第246回 小栗隆志―新入社員を取り巻く「四つの関係性」を踏まえたオンボーディングとは

小栗隆志 おぐり たかし
株式会社リンクアンドモチベーション
フェロー

早稲田大学卒業後、2002年に株式会社リンクアンドモチべーション入社。営業・コンサルティングに従事し、幅広い顧客の組織変革を成功に導く。2011年に株式会社アビバ(現:株式会社リンクアカデミー)取締役就任。2014年に株式会社リンクアカデミー代表取締役社長就任。2017年に株式会社リンクアンドモチべーション取締役就任。組織から選ばれる個人(アイカンパニー)創りを支援する個人開発部門の統括責任者を務めた後、2023年より現職。

オンボーディングは、上司やメンターとの関係性を築くだけでは不十分

 入社者の定着活動である「オンボーディング」という言葉が、ここ10年ほどで日本企業でも使用されるようになってきた。もともとは、組織に入った新入社員が、任務を遂行するために必要な知識や技能を身に付けるための講習会や勉強会のことを指す。今では、時間軸を延ばして、“新入社員が数カ月かけて仕事内容、組織文化、就労環境などに慣れること”を意味するようになった。
 今回は、新卒の新入社員が会社に定着し、軌道に乗るまでのオンボーディングプロセスについて解説していきたい。

 オンボーディングのプロセスで一般的に重視されるのは、上司やメンターと新入社員の関係性である。実際に、上司やメンター向けのオンボーディング研修は数多く存在している。しかし、上司やメンターとの関係性を考えるだけでは不十分だ。その他にも、新入社員を取り巻く関係性を全方位的に捉えてマネジメントすることが大切である。本稿では、新入社員を取り巻く四つの関係性、【社会】【仕事】【社員】【生活】に注目したい。

新入社員を取り巻く四つの関係性をマネジメントする

【社会】との関係性:価値形成プロセス
 学生から社会人になった新入社員は、社会との関係性が大きく変わる。学生時代は、将来立派な社会人になってもらうために、“社会から育てられる”関係性である。一生懸命勉強して知識やスキルを身に付けること、バイトやサークルなどで社会の仕組みを学ぶこと自体が目的であった。
 一方で、社会人になれば、今度は社会の発展・繁栄のために、“社会に価値を提供する”関係性になる。もちろん、勉強して知識やスキルを身に付け、社会の仕組みを学ぶ活動は継続するが、それは手段であり目的ではない。「社会に価値を還元すること」に目的を転換しなくてはならないが、それが失敗すれば「教えられるのを待つ」、いわゆる“学生気分が抜けない”状態になる。目的の転換を実現するためには、新入社員研修を実施したり、上司からの適切な指導を繰り返したりして、価値観を形成していくことが大切である。

【仕事】との関係性:期待形成プロセス
 会社によって期間は異なるが、入社してから一定の研修期間を終えると、いよいよ仕事の実践に移る。初期段階ではどの仕事に対しても新鮮さを感じるが、やがて新鮮味を失い、物足りなさを感じるようになる。
 物足りなさを感じる主な理由は、「これは自分にとって意味があるのか?」「これをやって自分は褒められるのか?」「これは自分にできるのか?」という三つの疑問を持つことによる。この三つのどれに疑問を持つかは人によって異なるが、物足りなさが強くなると仕事への熱量を失い、最悪の場合は退職に至る。新入社員に対して、「この仕事が持つ意味」「得られる評価」「鍛えられる力量」の三つを伝え、これらへの「期待」を適切に醸成することが大切だ。上司や周囲のメンターが、新入社員が物足りなさを感じていることに気づき、適切に期待を形成してほしい。

【社員】との関係性:安心形成プロセス
 イメージを持ちやすくするために、同窓会などの立食パーティーを例に挙げたい。知り合いが多いときは楽しいが、知り合いが少ない場合には、居心地の悪さを感じたことがある人も多いだろう。私も、ほぼ知り合いがいない場で、周りが和気藹々(あいあい)と盛り上がっているときなどは、言い訳をつけて早く帰る方法を考えてしまう。
 実は、新入社員も配属された職場で同じように感じている。職場という、既に関係性ができている集団に放り込まれることになるからだ。したがって、スピーディーに既存社員たちとの関係性を構築していくことは、新入社員の安心感に強くつながる。
 加えて、同じ職場の仲間はもとより、可能であれば違う職場での関係性も構築できるように働きかけられれば、より効果的だ。新入社員研修における職場ローテーションなどで、複数の部署の人たちとも関係性をつくることを心がけたい。「どこかに自分を知ってくれている人がいる」という安心感は、会社への定着をさらに高めることにつながるだろう。

【生活】との関係性:習慣形成プロセス
 新入社員の時間の使い方に関する自由度は、学生時代と比べると低くなることが多い。朝、定時に起きて身支度をし、慣れない電車に揺られて出社する日々が続くようになる。そのような生活に息苦しさを感じ、ストレスをうまく発散できず、生活が乱れる新入社員も散見される。生活が乱れた場合、遅刻を繰り返したり、心身の不調を来したりと、仕事をする上で差し支えとなることもある。「仕事の安定」の土台として、「生活そのものの安定」が必要条件だ。
 生活を安定させるためには、新しい生活習慣を早期に形成することが必要である。しかし、これについては、会社が直接指導することは難しい。特に20代は“無理をしてでも、いろんなことをやりたい”年頃でもある。社会人生活の先輩として、生活習慣の大切さや、自分なりのやり方を事あるごとに語っていくことが有効だろう。

新入社員への「愛」を持ってオンボーディングを実現する

 オンボーディングプロセスとは、新入社員の取り巻く環境をすべて視野に入れながらマネジメントする活動である。その実現に向けて、受け入れる側が、入社を決断してくれた新入社員に対して「一期一会」の精神で接することが必要だ。
 そのためは、入社してくれたことに深く感謝しつつ、社会人の先輩として言うべきことはしっかりと伝えなければならない。これは、新入社員への「愛」の気持ちとも言えるだろう。今年も多くの新入社員が社会に飛び立つが、一人でも多くの人が最高のオンボーディングを実現することを期待したい。