2024年05月13日掲載

人事パーソン要チェック! 新刊ホンネ書評 - [279]『働かないニッポン』

(河合 薫 著 日本経済新聞出版 2024年1月)

 

 本書によれば、日本において「仕事に意欲を持っている社員は5%しかおらず、世界145位中最下位」であるとのことです。では、何が日本人から働く意欲を奪っているのでしょうか? 本書は、健康社会学者である著者が、「働かないニッポン」の構造的な問題を、統計や会社員へのインタビューを基に解き明かしたものです。

 第1章では、若者に焦点を当て、早々に「窓際族」を目指す新入社員や、「できれば仕事したくない」という20代後半から30代前半の社員が増えていることを、統計などから指摘しています。そして、若者が意欲をなくす背景には、彼らが社会構造を「頑張り損」と捉えていることや、「無難」に埋没したがる状況があることを挙げます。自分の「身分偏差値」に敏感になるあまり、“群衆の中に消えようとする”傾向が見られるとしています。

 第2章では、中高年に焦点を当て、いわゆる「働かないおじさん」という存在をつくった張本人は、大企業で社内競争に勝ち残った「スーパー昭和おじさん」ではないかとしています。彼らは“ジジイ化”しやすく(本書における“ジジイ”とは、組織内で権力を持ち、その権力を組織のためでなく自分のために使う人たちの総称です)、その“ジジイの壁”が、中高年にとっての「働き損社会」の影にあるとしています。

 第3章では、なぜ働く意欲を失ってしまうのかを考察しています。そして、そこには、世界に類を見ない強固な階層主義の下で、上からの命令で無理難題を押し付けられても、次第に理不尽が理不尽でなくなってしまい、逆にそれを望んでしまうような心理状態=「日本的マゾヒズム」があるとしています。

 第4章では、その日本的マゾヒズムの呪縛からどう逃れるかを説いています。ここでは、生きる力=幸せになる力としての「SOC」(Sense of Coherence=首尾一貫感覚)というものに注目します。SOCは個人だけでなく集団にもあって、それを高めることで相互に向上を促進することができます。また、SOCは、「把握可能感」「処理可能感」「有意味感」という三つの感覚で構成されることを解説しています。

 第5章では、脱「働かないニッポン」のためにできることとして、有意味感を強くするための6カ条(1.普通を疑う、2.仕事は金のためだと考えない、3.仕事にやりがいを求めない、4.年齢を言い訳にしない、5.信頼されようとしない、6.愛をケチらない)をまとめています。

 「働かないニッポン」の背後にある日本的マゾヒズム、“長いものには巻かれろ”的思考、批判的精神を封じる階層主義など、一つ一つの指摘は目新しいものではありませんが、読んでいて、これでは働く人が将来に希望が持てないのも無理からぬことかと改めて思ってしまいました。自身のコスパ・タイパだけを重視して、“あたかも働いているフリ”をし、「死んだままの月曜から金曜」状態で仕事に埋没する人も少なからずいるというのが、タイトルの由来でしょう。

 “ジジイの壁”は高いながらも、その“ジジイ”からの逃走を果たした会社員の例を引き合いに、「労働」をやめて「働く」ことを提唱し(本書では「労働」と「働くこと」の間には“小さくて大きな違い”があるとします)、健康社会学という視点から「SOC」という概念を紹介しています。その第一歩として、「半径3メートル世界」への働きかけから始めてみようという結びは、多分に啓発的であるように思いました。“ジジイの壁”問題と言うより、「働く」ということについて改めて考えさせる本だったように思います。

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※本記事は人事専門資料誌「労政時報」の購読会員サイト『WEB労政時報』(有料版)で2024年2月にご紹介したものです

【本欄 執筆者紹介】
 和田泰明 わだ やすあき

 和田人事企画事務所 人事・賃金コンサルタント、社会保険労務士

1981年 中堅広告代理店に入社(早稲田大学第一文学部卒)
1987年 同社人事部へ配転
1995年 同社人事部長
1999年 社会保険労務士試験合格、2000年 行政書士試験合格
2001年 広告代理店を退職、同社顧問(独立人事コンサルタントに)
2002年 日本マンパワー認定人事コンサルタント
2003年 社会保険労務士開業登録(13030300号)「和田人事企画事務所」
2004年 NPO生涯教育認定キャリア・コンサルタント
2006年 特定社会保険労務士試験(紛争解決手続代理業務試験)合格

1994-1995年 日経連職務分析センター(現日本経団連人事賃金センター)「年俸制研究部会」委員
2006年- 中央職業能力開発協会「ビジネス・キャリア検定試験問題[人事・人材開発部門]」策定委員
2009年 早稲田大学オープン教育センター「企業法務概論」ゲストスピーカー