2024年02月27日掲載

人事労務に関わるコンプライアンス講座 - 第1回 総論 ~なぜ昨今、コンプライアンスがこんなにも重要になっているのか?

野村 彩 のむら あや
弁護士 和田倉門法律事務所

【編集部より】

今月から、全6回にわたる連載「人事労務に関わるコンプライアンス講座」がスタートします。執筆いただくのは、野村 彩弁護士です。
本連載では、人事労務分野に関わるコンプライアンス違反の類型を紹介し、ケースを具体的なシチュエーションごとに取り上げながら、どのようなことが/なぜ違反となるのか、どんなリスクがあるか、自分が違反しないために/違反が起きない職場にするために何が必要かについて、解説していただきます。
第1回となる今回は、なぜ昨今コンプライアンスがこんなに話題になっているのか、そして違反が起こりやすい状況はどのようなものかについて取り上げます。

※本連載は、【労務行政eラーニング】不正の防止・対応策を学ぶコンプライアンス講座(管理職・リーダー対象)ケースで基本を学ぶコンプライアンス講座(全従業員対象)と連携しています。連載でコンプライアンスの学び直しに興味を持たれた方は、ぜひeラーニングの利用もご検討ください。

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はじめに

 2023年も、企業のコンプライアンス違反事例が多く報道された年であった。昨今、企業におけるコンプライアンス違反は、法的にも事実上も非常に多くの影響を及ぼす。このような事態を防ぐためには、役員や従業員にコンプライアンスに関する知識が必須である。
 中でも人事労務は、違反の影響が突出して高い分野であり、また部署として社内にコンプライアンスを守るよう注意喚起を行うこともあると思われる。
 そこで本連載では、人事労務に関わるコンプライアンス違反をテーマごとに取り上げ、それぞれ具体的な事例を基に、なぜ違法なのか、どのような点に留意すれば良いのかを解説する。
 今回は、それら各論の前提となる総論として、なぜ今コンプライアンスが重要なのか、コンプライアンス違反が起こりやすい状況とはどのようなものかについて考えてみたい。

なぜ昨今コンプライアンスが重要となっているのか

 それにしても、なぜ現代においてこのようにコンプライアンス違反の事例が注目されるのか。30~40年前はここまでコンプライアンスが重要視されていなかったと感じる人もいるかもしれない。
 その原因の一つとしてよく言われるのが、日本経済の状況である。かつて、わが国は“事前規制型”社会であった。いわゆる「護送船団方式」などが典型だが、事前に規制を設け所定の要件を満たした企業のみが事業をすることが認められる、という仕組みが多く存在した。しかしバブルが崩壊し、経済の状況が変わったとき、規制緩和が求められるようになり、かつてあった事前のチェックリストがなくなったり緩くなったりした。その結果、企業は自由な事業参入ができるようになった。
 しかし、事前の規制を緩くしただけでは法治国家として無法地帯になりかねない。そこでバランスを取るために、違反をした場合の事後の制裁は重く課すこととされた。つまり、バブル崩壊後に強化された“自由と責任”の流れが、現在のコンプライアンス違反を犯したときのリスクの大きさにつながっている。
 また、国際化の影響も大きい。国際化するということは、ビジネスのプレーヤーが多様化するということだ。かつての日本企業は、事前規制や終身雇用制で守られた、非常に同質的な集団の中でビジネスを行ってきた。同質的な集団の中では自分たち独自のルールが重要になるが、ビジネスの参加者が多様化すると、あらゆる文化、国、性別の人にとっても明確で分かりやすいルールが必要になる。それが法令である。“あうんの呼吸”が成り立たないため、法令を守ることが必要になるのだ。
 さらに、インターネットの発達もコンプライアンスが注目を浴びる理由の一つである。インターネットが発達する前は、コンプライアンス違反が世間に知れ渡る事態というのは、いわゆるマスメディアが報道した場合に限られていた。しかし今では、1人の従業員が発信した情報が運悪く炎上すれば、インターネットやSNSによって瞬時に世界中に広まることになる。

 以上のようにさまざまな原因が重なり、年々コンプライアンスの重要性が高まっている。これは逆に言うと、「昔の感覚」でコンプライアンスに対処していると、大きなリスクがあるということでもある。
 では、企業にとってのコンプライアンス違反の「リスク」とはどのようなものだろうか。

企業にとってのコンプライアンス違反のリスクとは

 現代において、コンプライアンス違反のリスクは、三権(立法・行政・司法)のどの視点から見ても高まっていると言える。
 まず、立法、すなわち法律では、昨今の法改正では法の違反を犯したときの罰則が重くなることが少なくない。
 さらに行政では、コンプライアンス違反への取り締まりを強化するようになっている。例えばサービス残業は、何十年も前であれば多くの企業が行っていたかもしれないが、今、サービス残業が起こっているとなれば、当然に労働基準監督署の立ち入り検査などの調査がされる。また、公正取引委員会も、昭和の頃と比較して対応が迅速になっている。
 そして、司法、つまり、個別のトラブルにおける裁判所の判断も、会社側や経営者側の責任を認める事例が増えている。

 そして、もう一つ見過ごせないリスクがある。もしかしたら、このリスクが1番大きいかもしれない。それは、企業が社会的信用を失うことだ。「レピュテーションリスク」という言い方をすることもある。
 コンプライアンス違反が起きると、「あの会社、ブラックらしいよ」「違法なことをしたらしいよ」「悪いことをしたんだって」という評判がすぐに飛び交う。その結果、社内の士気は低下し、人材流出につながる。それだけではなく、社外の人、つまり取引先や顧客が遠のくこともある。取引先や顧客が遠のけば、売上などの数字にも多大な影響がある。2023年に起きた大手中古車販売企業での保険金不正請求事件や、大手芸能事務所における性加害事件などを思い起こせば、その点は明らかであろう。

コンプライアンス違反が起こりやすい場面とは

 では、コンプライアンス違反が起こりやすい場面とはどのようなものだろうか。まず、「動機」「機会」「正当化」のトライアングルがそろうことで不正が起きやすくなる、という「不正のトライアングル」の考え方がある。
 これは米国の組織犯罪研究者ドナルド・クレッシー氏により提唱された。クレッシー氏は、横領などのお金に関する不正について、なぜ横領犯が一線を越えてしまったのかという点を研究していた。
 横領事件の犯人は、横領した金銭を預かる身であったはずである。いわば、会社から信頼をされてお金を預かっていたわけだ。その信頼を裏切ることになったのには、どのような背景があったのか。クレッシー氏は、数百人の横領犯と面接を行い、次の分析を導き出した。
 「信頼された人間がその信頼を裏切るのは、他人に打ち明けられない経済的な問題によるプレッシャーとしての動機があり、この問題を秘密裏に解決するために自分の信頼されている立場から、管理を任されている資金や資産を利用する機会を認識し、自分に委ねられている資金・資産だから利用しても構わないと正当化する場合である」
 クレッシー氏の研究はお金の不正に関するものであったが、「不正のトライアングル」の視点は、あらゆるコンプライアンス違反に当てはまるものとして活用されている。三つの項目を具体的に見ていこう。

動機
 実は、わが国で生じる不正において、個人的・利己的な動機によるものはあまり多くはないとされている。では、どんな動機が多いか。よくあるのは、「営業目標を達成しろとプレッシャーをかけられて(数字を改ざんした)」「納期に間に合わせるために(必要な手続きを省略した)」「要求された品質にどうしても達しないため(達していると偽って納品してしまった)」というものである。
 人事労務の分野では、「絶対に遂行しなければならないプロジェクトのために(部下を残業させ、労使協定で定める時間を超えてしまった)」「成績が悪い部下を奮い立たせるために(パワーハラスメントになりかねない言葉で指導をしてしまった)」という動機がよく見られる。

機会
 不正を行う「動機」があっても、「機会」がなければ、行いようがない。例えば、次のような「機会」があると、不正は起こりやすくなるだろう。「作業の記録が残らないため、不正をしても発見されない」「恣意(しい)的な・裁量の広い作業が多く、不正が介入する余地がある」「人員が固定化しており、発見されない」「聖域化しており、誰も口を出せない」というケースである。

正当化
 「動機」が生まれ、「機会」があったとしても、それだけでは人は一線を越えない。クレッシー氏によると、たとえ横領犯であっても、その不正行為を自ら「正当化」しているのだという。「私は会社にこんなに貢献しているのに、給料が少ない。このお金は盗んでいるのではなく、ボーナスとしてもらっているだけだ」という「心の中での正当化」である。
 先ほどのよくある動機による不正の例に当てはめると、「高い目標・厳格な品質基準達成のためならやむを得ない」「納期を遅らせると顧客に迷惑がかかる」という正当化がされることがある。これは本当によくあるケースだ。
 例えばサービス残業も、とても正当化しやすいといえるだろう。先ほどの「絶対に遂行しなければならないプロジェクトのために部下を残業させ、労使協定で定める時間を超えてしまった」という例で言えば、「社運をかけたプロジェクトなのだ、コンプライアンスなんて考慮している場合ではない」という、いかにももっともらしい正当化がなされる。また、「みんなやっていたから」「ずっとこれでやってきたから」という正当化もよくある。

 職場においては、このような「動機」「機会」「正当化」に気をつけなければならない。「“動機”となるような、無理な状況はないか?」「不正を行う“機会”を減らすことはできないか?」そして、「われわれは自己の行為を“正当化”していないか?」という視点を持ちたい。

人事労務の分野で特に気をつけるべきコンプライアンスとは

 人事労務の分野で特に多いコンプライアンス違反は、なんといってもハラスメントである。パワーハラスメント、セクシュアルハラスメントおよびマタニティハラスメントについては、法令でも企業の対応が求められている。
 また、残業に関するコンプライアンス違反も非常にリスクが高い。昨今では行政による取り締まりが強化されているだけではなく、報道されることが多いため、企業のレピュテーションリスクに直結する重要な問題である。
 このほか、窃盗や横領などの企業内で行われる犯罪行為についても、知識として知っておくべき点が多くある。さらにSNSの利用や情報漏洩(ろうえい)など、現代ならではのリスクにも留意が必要だ。
 次回以降、これらの各論について、一つずつ解説していく。

プロフィール写真 野村 彩 のむら あや
弁護士 和田倉門法律事務所
2001年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2006年立教大学大学院法務研究科卒業。2007年弁護士登録。鳥飼総合法律事務所入所。2016年、和田倉門法律事務所に参画。著書・論文に「【万一の際、適切に対処したい企業リスク】ハラスメント対応~いざ起きたとき、どう動くか~」(ウィズワークス株式会社)等。