荒金雅子 あらかね まさこ
株式会社クオリア 代表取締役
プロフェッショナルファシリテーター(CPF)
数年にわたるコロナ禍は、組織での働き方や社員の関係性にも大きな変化をもたらした。テレワークの普及で出社して顔を合わせる回数が減り、オンライン会議ではカメラオフの状態で音声のみで行う企業もある。懇親会や職場のイベントも減少し、雑談や対話の機会も少なくなった。職場や部門間など、組織におけるコミュニケーションの質と量が低下していることは以前から大きな問題となっていたが、コロナによって本格的なコミュニケーション不全に陥っていると感じた人も多いだろう。アンコンシャス・バイアスは、相手との間に時間的・空間的な距離があるとき、あるいは、変化の中で漠然とした不安や恐れが強くなるときほど起きやすくなる。2023年5月の5類感染症移行によってコロナ禍は一段落したと言われているが、職場のコミュニケーションは依然として改善されていない。だからこそ、改めて関係性に影響を与えるアンコンシャス・バイアスに留意する必要がある。
第4回は、職場のコミュニケーションにおいて起こりやすいアンコンシャス・バイアスの類型と、その対処法について紹介する。
職場のコミュニケーションでありがちなアンコンシャス・バイアスとは
アンコンシャス・バイアス類型(10):正常性バイアス
●あなたはどう思う?
・昔は厳しい指導は当たり前だったし、これくらいは大丈夫だ
・職場で警報機が鳴動したが、きっと誤作動だろう
・他部署でハラスメント事案が発生したが、幸いうちの部署にはそんな人はいない
・自分は経験豊富だし、今回の決定は正しかった
●正常性バイアスとは
正常性バイアスとは、“うちの会社は大丈夫/自分の部署には関係ない/たまたま今回起こっただけ”と、現状を直視せずに自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりする認知バイアスを言う。
正常性バイアスは、良くないことが起こったときに、心理的ストレスを軽減し心の平穏を保とうとする脳の働きによるもので、自分を守るためのバイアスとも言える。それ自体は悪いものではないが、正常性バイアスが過剰に働くとさまざまな問題が生じることになる。
●起こり得る問題・影響
正常性バイアスが強くなると、小さなミスやトラブルを“大したことがない”と見過ごしたり、基準を守らなくても大きな問題ではないと楽観視し、その結果、重大な事態につながる場合がある。手順やルールを守らなくてもうまくいった経験があると、手順やルールに沿ったやり方を軽視するようになることもある。また、自分にとって都合の悪い情報を過小評価したり、見て見ぬふりをして、なかったことにする傾向も強くなる。
正常性バイアスの強い人は、「自分の意見は正しい」「自分だけは大丈夫」という考えに陥り、公正・公平な見方ができなくなる。また、自分の内面にある差別的な思考に気づかず、ハラスメントにつながる言動をしてしまうことがあるので注意が必要だ。
基本的な対処法
①正常性バイアスへの理解を深める
正常性バイアスは、誰もが持っているものであり、“慣れ親しんだ今までの状態を保ちたい”という意識が根底にあり、自分を守ろうとする思考パターンである。正常性バイアスについて理解を深め、それにとらわれていると気づくことが大切だ。
②さまざまなシナリオを想定し、ルール化する
正常性バイアスは心理的ストレスから生まれることも多い。不安や恐れが間違った判断や行動につながることがあるため、正しい知識や情報を身に付け、予期せぬ事態が起こったときにどう対処すれば良いかを知ることで、適切な思考や行動ができるようになる。
例えば、「地震や火災が発生した際はすぐに〇〇の行動を取る」「小さな出来事や不具合でも、違和感があれば報告する」のように、さまざまな状況を想定し日頃から職場で話し合い、ルール化しておくと良いだろう。
アンコンシャス・バイアス類型(11):同調性バイアス
●あなたはどう思う?
・皆が手を挙げるから自分も手を挙げる
・意見を述べたいが、無言の圧力を感じて黙ってしまう
・本当は反対だが、会議では同調するような発言をしてしまう
・何かをするときは、まず周囲の人がどう思うかを確認してから行動する
●同調性バイアスとは
同調性バイアスとは、集団の中にいることで、皆と同じ行動を取るのが安全だと考え、周囲に合わせてしまうことを言う。
組織がチームや集団として活動すると、そこには必ず何らかの暗黙のルールや集団規範が生まれる。仲間が正しい行動を取っているのであれば、協調性が強まり一致団結できるといった良い作用がある。一方、所属する集団の状態によっては、同調傾向・同調圧力が強まり、異論を口に出せず、疑問を自己抑制するようなことが起こる。時には、コンプライアンス違反やハラスメントの発生など重大な問題につながる可能性がある。
●起こり得る問題・影響
同調性バイアスが強くなると、まず多数派の意見を聞き、それに自分の考えを合わせるようになるなど、自分で考えて決定する力が弱くなってしまう。無意識に多数派の意見を正しいと思うようになり、反対意見を言う人を否定・排除するような雰囲気が生まれる。
こうした状況だと、異議を唱えることに対する無言の圧力が生まれ、多数派の意見に同調させる傾向が強まるため、客観的に見て正しくないことへ同意してしまうケースが起こる。結果として事態が悪い方向に推移し、対応が後手になる場合もある。
また、皆が自分の考えを抑制してしまうと、チャレンジする意欲が薄れ、新たな視点を取り入れることをせず、また、リスクをしっかり考えることが難しくなる。さらに、失敗を回避するための対策が不十分になる場合もある。
基本的な対処法
①多様な意見を尊重する意識を持つ
同調性バイアスに対処するためには、自分と異なる意見をすぐに否定・排除せずに、まずはしっかり受け止める意識を持つことが重要だ。
自分と違う意見が出ると、反射的に相手の説得を試み、批判や非難、否定モードに陥ることがあるが、一呼吸置いて、落ち着いて相手の意見を聴いてみよう。異なる意見を歓迎し、積極的に意見を交換することで、新たなアイデアの創出や、意思決定の質を高めることにつながる。
また、少数派や、組織の大半とは反対意見を持つ人も、同調圧力に負けずに「まず声を出す」ということを意識しよう。自分の意見をしっかり伝えたことで、たとえ異なる結果になったとしても、決定への納得感とコミットメントが生まれやすくなるだろう。
②意思決定のプロセスではデータと客観性を重視する
意思決定においては常に検証する視点を持ち、データと客観性を重視することが重要だ。検証する視点を持つとは、「その意見は本当に適切か。妥当か。その情報は正確か。反対する立場から見たらどのようなことが言えるか。メリット・デメリットは検証したか」と、意見を客観的に分析し、評価することを言う。
同調性バイアスの問題は、データや根拠を十分に検証せずに、その場の雰囲気や多数派の声によって方向性が決まってしまうことにある。
特に日本企業では、今でも意思決定層が「新卒入社・男性・日本人・生え抜き」で占められていることが多い。同質性の高い人材が多いと、必然的に同質性バイアスも生まれやすくなる。多様な意見・異質な意見を意図的に取り入れ、データや根拠・事実を基に客観的に検証することは不可欠だ。
アンコンシャス・バイアス類型(12):権威バイアス
●あなたはどう思う?
・社長が言うのだから間違いない
・上司の指示を鵜呑みにして、他の意見を聴かない
・専門家の意見に間違いはないから素直に従う
・有名人が推薦する本はきっと面白いだろうと思い、購入してしまう
●権威バイアスとは
権威バイアスとは、社会的地位や肩書、専門性など相手の持つ力や優位性に目を向けて、過大評価をしてしまうことを言う。権威とは「他者を服従させる威力、ある分野で知識・技術が優れていると信頼されていること、またそのような人」を言うが、権威バイアスは、相手の持つ権威ばかりに注目し、その人物や言動に対する評価を高くゆがめたり、権威のある人の発言や行動に良くも悪くも影響を受けてしまうことを指す。
●起こり得る問題・影響
権威バイアスにとらわれると、権威のある人の言うことはすべて正しいと盲従し、良くないことでも相手の思いどおりに行動してしまう場合がある。ヒエラルキーの強い組織ほど、権威バイアスに陥りやすい傾向がある。社員が思考停止状態になり、自分で情報を集めたり検証をせずに鵜呑みにするため、間違った行動で信用をなくしたり、トラブルが発生するリスクもある。
基本的な対処法
①多面的に情報やデータを集めて検証する
専門家や有名人、リーダーが言うともっともらしく聞こえるため、迎合してしまいがちだ。しかし、どのような意見でもまずは自分で検証することを習慣づけよう。すぐに飛びつく前に、複数の専門家の話を聴いたり、情報源を検索したり、他者の意見を聴くなどして、多面的なリサーチを行うことで自分の納得につながる。
②権威との付き合い方を知る
上司や目上の人、経験や専門性が高い人は、自分よりも力があり、優位な立場にあることは間違いない。しかし、だからと言っていつも正しく、間違いがないかどうかは分からない。
相手は尊敬できる人か、信頼できる人か、誠実な人か、権威を振りかざしていないか。話の内容は信ぴょう性があるか。データや根拠は適切か。これらのことについて、自分で考える力を養うことが大切だ。また、自分自身が権威をどのように捉えているかで、権威バイアスに振り回されるかどうかは変わってくる。権威とどのように付き合っていくか、自分を振り返ってみるのも良いだろう。
アンコンシャス・バイアス類型(13):アインシュテルング効果
●あなたはどう思う?
・時代は変わっているのに、既存の手法に固執し、新しいやり方を否定する
・革新的な提案をしても、前例がないからと却下する
・最初のアイデアが素晴らしいと思い込むと、後から出てきた欠点に目を向けない
・経験のない若手の発言は未熟だと決めつける
●アインシュテルング効果とは
アインシュテルング効果とは、慣れ親しんだ考え方やものの見方に固執してしまい、他の視点に気づかなかったり、無視してしまうことを言う。自分のやり方を否定されると、相手の話を聴かないまますぐに反論したり、多面的な判断や柔軟な思考ができず、より優れた解決法があるのにそれを受け入れないで頑なになってしまう。
●起こり得る問題・影響
アインシュテルング効果にとらわれると、多少問題があっても自分が慣れているやり方にこだわり、新しいものを受け入れず、結果としてビジネスがマンネリ化したり効率化が進まないといった事態が起こる。また、過去や現状にとどまる意識が強いため、問題解決力が弱くなり、解決策を見いだせなかったり、新しいやり方を否定してしまうことがある
基本的な対処法
①好奇心と相手への尊重を意識する
アインシュテルング効果は、誰もが陥るアンコンシャス・バイアスだが、新しいことへの柔軟性や好奇心の不足、異なる意見に対する尊重(リスペクト)の不足がより問題を大きくしている。こうした事態に陥らないようにするためには、どんな人であれ、目の前の人を1人の人間として尊重し、その考えや意見の狙い、意図をしっかり聴く姿勢を持つ。また、慣れ親しんだ考え方を捨てたり、180度変える必要はないが、ものの見方を“15度”だけ広げて、新しい意見や異なる考え方にも向き合ってみよう。好奇心を持って向き合うと、とらわれから解放されるかもしれない。
②アンラーニング(これまで学んできた知識を捨て、新しく学び直すこと)を行う
アインシュテルングという言葉は、ドイツ語で、”順応”と”態度”を意味する二つの言葉から成る。よく知っていること、慣れていることに順応し、それを守ろうとする態度がもたらすアンコンシャス・バイアスだ。経験や専門性が増えるほど陥りやすくなる。
アインシュテルング効果に対処するためには、「自分は知っている」「自分は正しい」という意識をいったん横に置き、視野を広げ、新たな視点で学び直しを行うことが大切だ。常に新鮮な目で、他者の知識や経験に触れることで、自分のものの見方や捉え方を客観的に見直すことができるようになる。
アンコンシャス・バイアス類型(14):バラ色の回顧
●あなたはどう思う?
・「昔は良かった」と過去を美化し、現状に対して不満を持つ
・学生時代の成績や、部活で活躍していたことを過剰に自慢する
・原点回帰して昔のやり方を復活させようと安易に考える
・過去の成功体験にいつまでもとらわれ、新しいことに挑戦しない
●バラ色の回顧とは
バラ色の回顧とは、過去の出来事について、実際に起こった内容よりも美化し、誇張して記憶していることを言う。そもそも人間の脳は、悪い出来事はすぐに忘れ、良い出来事はより強く記憶にとどめて、そこにとらわれるという性質がある。
過去の成功体験を美化することで自己効力感が増し、自信を持って取り組むことができ、過去の幸せな出来事を思い出すと心が安らぐといったポジティブな効果もある。一方で、過去の出来事を美化しすぎて、現実とのギャップに悩み、現実逃避をしてしまうというネガティブな側面もある。
●起こり得る問題・影響
バラ色の回顧の弊害は、過去を美化し賛美を強めすぎるがために、現在の状況や自分をありのままに認められないことにある。過去の自分への自己肯定感が高いが故に、現在の自分に合わない期待を抱いてしまう。結果として、そのギャップに挫折感や失望感を味わい、自分や他者を受け入れられなくなったり、他者への怒りとなって関係性に影響を与えることもある。
基本的な対処法
①過去の出来事を検証し、現在に目を向ける
「昔は良かった」「あの頃はうまくいっていた」と言うが、「昔」は本当に良かったのだろうか。あの頃の自分は本当に最高だったのか。過去の記録や情報やデータ、映像などを検証してみると、当然、過去には良いことも悪いこともあったはずだ。過去の自分の決断や選択を都合よく上書きしていないか、冷静に考えてみよう。
過去は未来をより良くするためにあるのであり、決して執着したり、未来を悲観するためにあるのではない。時代が変われば、自分も変わり、決断や選択も変わってくる。自分の成長のためにも、まずは現在に目を向けて、より良い今を生きることに目を向けよう。
②過去にとらわれず、未来を自分の力で創造する
記憶の中の過去は美化されて見えるものだ、ということを理解しよう。過去の記憶が良いものであるほど、その反動で現在や未来を過度に暗く良くないものとして捉えてしまう。しかし、現在や未来をより良いものにしていくのは「今の自分」である。過去に対する“完了感”を持ち、幸福な未来を想像しそれに向かっていくことで、楽しみも増えていく。
アンコンシャス・バイアス類型(15):コミットメントのエスカレーション
●あなたはどう思う?
・ここまでやったのだから後には引けない、と無理に話を進める
・起死回生を狙って、さらにさまざまなものをつぎ込む
・間違いに気づいても、自分の正しさを認めさせようと躍起になる
・過去の決定事項について、矛盾や間違いを発見しても無視してしまう
●コミットメントのエスカレーション
コミットメントのエスカレーションとは、過去の意思決定が間違っていても、それに固執し、誤った行動を取る(取り続ける)ことを言う。いったん決めたことについて、後から間違いが分かってもそれを認めず、逆に正当化し、相手を打ち負かそうと攻撃的な言動をすることもある。損失や不利益になることが明らかでも後に引けなくなり、事が大きくなる危険性がある。
●起こり得る問題・影響
コミットメントのエスカレーションは、“自分は正しい”という自己正当化の意識や自己防衛心が強くあるとより起こりやすい。自分の決めたことが間違っていたり、失敗だったことを認めず、自分の立場やスタンスにこだわり、何とか挽回しようとして深みにはまってしまう。また、失敗や損失を非難する周囲からのプレッシャーが強いときには、それを隠そうという行動になって表れ、失敗から目を背け先送りにしてしまい、より問題が広がることもある。
基本的な対処法
①知識・情報・経験をアップデートすることを奨励する
コミットメントのエスカレーションを抑制するには、知識や情報・経験のアップデートが不可欠である。人は熟知した領域だとエスカレーションに陥りにくいという。現状に対する客観的な視点や、未来に向けた変化を先取りする視点が不足しているために過去へのとらわれ、こだわりから抜け出せないのだ。エスカレーションに陥らない自分をつくるためには、常に新しい知識や情報を手に入れ、経験を増やしていくことが必要だ。
②過度なコミットメントに陥らない仕組みを作る
本来は、強いコミットメントは望ましい行動であり、成果に寄与する行動だ。それが、どこかの時点で行き過ぎた行動になり、非合理な意思決定を招く。そして、“どこから行き過ぎた行動になるのか”という線引きは、実は難しい。
エスカレーションを回避するには、行動の再検討やチェック機能を強化する必要がある。チェックする際には、多様な評価者を含め、主観的な要因に左右されないように正確で客観的な情報を活用する必要がある。また、誰もがコミットメントのエスカレーションに陥る可能性があることを前提に、必要以上に責めたり非難するのではなく、組織としてそれをなくしていく仕組みを作ることが重要だ。
◆
なぜあの人はいつも新しいアイデアに反対するのか、なぜあの人はリスクに目を向けず楽観的なことばかり言うのか。仕事をしていると、自分とは真逆の意見を持つ人や、全く理解ができない人と出会うことがある。面倒な人、厄介な人と敬遠しがちだが、もしかしたらここで紹介したようなアンコンシャス・バイアスにとらわれている人たちかもしれない。
多かれ少なかれ、皆が持っているアンコンシャス・バイアスだが、それを知らずにいると不毛な関係性になり、仕事が滞ってしまう。対処法を知ったからといってすぐに関係性が良くなるわけではないが、相手を理解し誠実に関わろうとすることで、新たな関係をつくる小さな変化を起こせるだろう。
次回(第5回)は、ダイバーシティ推進/女性活躍におけるアンコンシャス・バイアスについて紹介する。
荒金雅子 あらかね まさこ 株式会社クオリア 代表取締役 プロフェッショナルファシリテーター(CPF) 都市計画コンサルタント会社、NPO法人理事、会社経営等を経て、株式会社クオリアを設立。女性の能力開発、キャリア開発、組織活性化などのコンサルティングを長年実践。1996年、米国訪問時にダイバーシティのコンセプトと出会い、以降、組織のダイバーシティ&インクルージョン推進を支援している。意識や行動変容を促進するプログラムには定評があり、アンコンシャス・バイアストレーニングや女性のリーダーシップ開発等において高い評価を得ている。内閣府男女共同参画局「令和3、4年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究」調査検討委員会委員。 |