2024年03月11日掲載

若手の離職を防止するオンボーディング設計 - 第3回 「スタートアップ期」に積み重ねるべき体験とは? ~入社1~3年目の社員が陥る「三つの症例」と対応策

小栗隆志 おぐり たかし
株式会社リンクアンドモチベーション
フェロー

若手社員が定着に至るまでの「三つの期間」

 第1回では若手社員が離職に至る原理を、第2回では定着のためには「We感覚」を育むことが重要であることを語ってきた。今回からは、若手社員が入社してからの社歴別に、離職に至ってしまう心境変化とその対応策について、3回にわたって考察していきたい。

 まずは、自分と会社という線引きが薄くなり、自分と会社が「一体化」している「We感覚」が育まれるまでの標準的な時間を考えてみたい。私の感覚では、30歳を突破するかどうかという時期が一つの節目になると思っている。もちろん、社会人になった年齢にもよるが、ここでは大学を4年で卒業し、22歳で就職した人を想定している。
 20代は、キャリアの可能性に満ちあふれている分、思い悩む年頃でもある。まだ「社会人自我」とでも言うべき、ビジネスや社会における自分の存在意義を確立できていない。仕事や人間関係における葛藤や、ライフスタイルの変化に自分自身を合わせることにも慣れていない。要するに、第1回で触れた「組織人格」と「個人人格」にどう折り合いを付けるかで悩んでいるのだ。
 しかし、30歳を過ぎると、組織人格と個人人格の折り合いの付け方を、だんだんと自分なりに体得するようになる。自社のことを「うちの会社は」と言っていたのが、自然と「私たちは」と言えるようになる。これが「We感覚」が育まれた状態だ。この“30歳が節目である”というのは私の感覚値ではあるが、これまで出会った多くの会社で共感を得られているし、20代の転職率の高さからもおおよそ間違っていないと言えるだろう。
 そこで、本連載では20代をオンボーディング期間と設定し、さらにその期間を三つに分けて考えていきたい。入社1~3年目を「スタートアップ期」、3~5年目を「ペースメイク期」、5~7年目を「ギアチェンジ期」と置こう。もちろん、明確に分けられるものでもないので、少々オーバーラップはしている。
 今回から3回にわたって、それぞれの期で起こりがちな若手社員の心境変化と、その対応策についてまとめていく。まず今回は、入社1~3年目「スタートアップ期」について考察しよう。

「スタートアップ期」に起きがちな三つの症例

 入社から数年は、組織や仕事における自分の「役割」や「可能性」を見いだそうともがいている時期だ。慣れない言葉や慣習など、組織・仕事の文化に、まだなじみ切ることができていない時期だと言える。
 この時期は「思っていたのと違った」という感情が起こりやすいため、最も離職の可能性が高い。まずは、オンボーディングに失敗して離職に至るまでによくある、メンバーの個人人格における心境変化を捉えてみよう。そこでは主に三つの症例が挙げられる。

[1]Meaning不足
 仕事に意味(Meaning)を感じることができずに、やる気を喪失している状態だ。この時の心の声は「自分のやりたいことと違った」である。
 就職活動において、会社から説明された事業や仕事に魅力を感じ、面接においてこの会社で実現したいことを力強く語った。その結果、期待とともに入社したものの、自分が思っていたほど面白くないと感じている状態だ。簡単に言えば、仕事が「つまらない」のである。目の前の仕事と自分の欲求が合っていないため、現在の職場や仕事から逃れることを希望するようになる。これが、恐らく「スタートアップ期」で一番多い症状だろう。
 この症状が起きているときは、仕事との関係だけでなく、上司や同僚との人間関係がうまくいっていない場合もある。人間関係の煩わしさが、仕事の意味を見失わせていることもあるだろう。社会人は、気の合う仲間とだけ付き合っていければ良かった学生時代とは違う。会社において、個人人格で思っていることとは異なった振る舞いを求められることに辟易(へきえき)するのだ。
 この症状がある若手社員が、初期段階で発するアラートが「職場の異動希望」である。会社としては、「もう少し踏ん張れば面白くなるぞ」と言いたいところだろう。しかし、若手社員の時間軸は短いので、踏ん張るなんて悠長なことは我慢できない。

[2]Value不足
 仕事の評価(Value)に対する納得感がないために、やる気を喪失している状態だ。この時の心の声は「もっと評価されると思ってたのに」である。
 就職活動で内定をもらった後、内定先企業の社員からあの手この手で決断を迫られる。その際に社員から「君なら活躍できる!」という声を掛けられることも多いだろう。その結果、自信満々・意欲満々で入社したものの、自分が思っていたほど上司から評価されないという状況に直面したのである。そうなると、自分の活動や能力に対する今の評価に不足を感じ始める。人は誰かからの承認を得たがる生き物だ。「褒められたい」という欲求が満たされずにいると、不平不満がたまってくる。
 これは、単に上司との関係だけで生じるものでもない。例えば、同期や後輩が自分よりも早く社内で表彰されたり、昇格したりすることもあるだろう。他の人が褒められたり、認められたりしているところを見ると、自分は相対的に認められていないと感じるものだ。
 この症状がある若手社員が、初期段階で発するアラートが「評価への不満」である。「自分の活動を見てくれているか」「正しく評価してくれているか」に対して不満を表明する。上司としては公平に評価しているつもりでも、本人は自己認知と他者認知のギャップにさいなまれる。この状態が長く続くと、「自分にはもっと活躍できるステージがあるはずだ」と考え、退職の決断に至る。

[3]Power不足
 個人の力量(Power)が追い付いていないために、やる気を喪失している状態だ。この時の心の声は「ついていけない」である。
 多くの若手社員は、学生時代に多かれ少なかれ“葛藤を乗り越えて成長を実現した”という自分なりの成功体験を積み重ねてきている。しかし、仕事の難しさや自分の至らなさに直面することで、これまで培ってきた自信が打ち砕かれ、「自分はこの会社にいて良いのだろうか」と思い悩むようになる。
 特にこの症状が起こりがちなのが、新しい仕事を任されたときである。慣れない作業なだけに、もちろん失敗することもあるだろう。その際に上司から指摘されると、「やり方もちゃんと教わっていないのに、できるわけがない」と不満が爆発する。
 この症状がある若手社員が、初期段階で発するアラートが「仕事の拒否」である。指摘ばかりを受け続けて自信を失い、「私にはその仕事はできません」と仕事をえり好みするようになる。上司としては、そう言われても、会社組織であるからには、ある程度強制的にお願いせざるを得ない。この状態が長く続くと、虐げられていると感じ、嫌気が差して退職に至る。

「スタートアップ期」の症例への対応策

 このように、「スタートアップ期」は、慣れない環境の中で必死にもがきながら、社会人自我を獲得していく時期だ。この時期を乗り越えていくためには、組織人格で役割を演じることにより成功体験を積むプロセスが必要だ。そして、「できた」「認められた」「面白い」というサイクルを繰り返すことが重要である。一言で言うなら「MVP」体験である。「Meaning」「Value」「Power」の頭文字を取って「MVP」と覚えてもらいたい。
 「MVP」というと、華々しい成果を上げてもらわねばならないように聞こえるかもしれないが、ここで言う「MVP」とは「自分で自分を褒めたくなるような成功体験」と捉えていただきたい。以下、「MVP」体験を積み重ねてもらうための方法をお伝えしていく。

[1]仕事をスモールステップにする
 まずは、「できた」という実感を持ってもらう。そのためには、仕事のハードルを上げ過ぎないことが必要だ。小さく仕事を任せて、やりきったら褒める――を繰り返していく。
 これを実現するためには、仕事を細分化するタスクマネジメントと、即時のフィードバックを行う仕組みづくりが求められる。さらには、若手社員の力量を客観的に評価する眼力も必要となる。だんだん若手社員が仕事をできるようになってきたら、力量に合わせて少しずつ仕事のハードルを上げていくことが求められる。まだ経験が浅いマネジャーの場合、このさじ加減が粗くなりがちなので、注意が必要だ。
 このアプローチは、40代以上の方々からすると軟弱に思えるかもしれない。しかし、今は根性論のマネジメントが通用する時代ではない。高い崖から落とすように仕事を任せて、必死に()い上がらせることで成長させる方法は、難易度が高くリスキーだ。
 三日坊主の人に習慣を身に付けさせるプロセスの鉄則も、小さな習慣から始めることだとされている。例えば、「1日1ページ本を読む」「1日1カ所を片づける」など、エネルギーを使わなくてもできる行動から始めて、徐々にレベルを引き上げていくことで習慣が形成される。これは、脳科学でも証明されている習慣づくりのコツである。同様に、持続的に仕事をする上でのポイントにもなるだろう。

[2]仕事の評価ポイントを多様化させる
 仕事が「できた」後は、「褒められた」という実感を持ってもらわなければならない。「顧客から案件を受注した」「一つのプロジェクトを納め切った」など分かりやすい成果であれば褒めやすい。しかし、言わずもがなだが、仕事とはそのような華々しいことだけではない。地道な作業や裏方業務の積み重ねがあってこその、大きな成果である。また、こうした業務は若手が担うことが多いが、いかんせんスポットライトが当たりづらい。だからこそ、上司があえてそのような行動にスポットライトを当てる工夫が必要である。例えば、今までよりも短時間で作業できるようになったことや、ミスなくできるようになったことなど、さまざまな評価ポイントを用意するのだ。
 そして、褒めるときは、即時のフィードバックを行う必要がある。教育学の実験においても、学生がテストや宿題に対して即時にフィードバックを受けることで、学習意欲が向上することが示されている。評価面談時まで待った結果、半年~1年後に褒められたとしても、当人も忘れてしまっているだろう。

[3]仕事を意味づける
 仕事が「できて」「褒められた」後は、「面白い」と思ってもらう。そのためには、作業に意味を見いだすことが重要である。
 意味のない作業を延々とやらせることで、心が折れるという心理実験が幾つか報告されている。人事の世界で使い倒されているエピソードとしては、レンガ職人の話がある。簡単に言うと、3人の職人がレンガを積んでいる理由について、「積むように言われたため」と「教会を作るため」と「人々を幸せにする場所を作るため」という三つの意味づけをしている場合、どの職人が一番意欲高く働いているかを考えてもらうエピソードだ。これは、より抽象度の高い目的を提示することの大切さをうたっている。
 このように、「一見地味かもしれないが、会社を大きなリスクから守っている仕事だよ」「これができるようになると、キャリアの可能性は大きく広がるよ」など、その仕事に意味づけをしていくと良いだろう。そして、何よりも大切なのが、そう言っている上司自身が、仕事の面白さを実感し、体現していることである。上司がつまらないと感じている仕事をやらされるメンバーほど、仕事の意味を見失うものである。

「スタートアップ期」のまとめ

 以上が、入社1~3年目の「スタートアップ期」における起こりやすい症例と対応策である。Meaning不足、Value不足、Power不足という陥りがちな三つの状態(症例)と、その頭文字を取った「MVP」体験という対応策を覚えておいてもらいたい。MVP体験とは、「できた」「褒められた」「面白い」のサイクルを積み重ねていくことである。
 「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」。これは、旧日本軍で連合艦隊を率いた山本五十六の名言である。「スタートアップ期」に必要なことは、この言葉に集約されているように思う。
 「今の時代は個人に寄り添うことが求められるようになった」「昔のほうがマネジメントは楽だった」と思っている上司の方々もいるだろう。しかし、実は時代は変わっていても、マネジメントの本質は変わることがないのかもしれない。

 次回は、入社3~5年目の「ペースメイク期」に起こりがちな心境変化と、その対応策について考えたい。

プロフィール写真 小栗隆志 おぐり たかし
株式会社リンクアンドモチベーション
フェロー

早稲田大学卒業後、2002年に株式会社リンクアンドモチべーション入社。営業・コンサルティングに従事し、幅広い顧客の組織変革を成功に導く。2011年に株式会社アビバ(現:株式会社リンクアカデミー)取締役就任。2014年に株式会社リンクアカデミー代表取締役社長就任。2017年に株式会社リンクアンドモチべーション取締役就任。組織から選ばれる個人(アイカンパニー)創りを支援する個人開発部門の統括責任者を務めた後、2023年より現職。