小栗隆志 おぐり たかし
株式会社リンクアンドモチベーション
フェロー
本連載では、若手社員が入社してから離職に至ってしまうまでの心境変化とその対応策について、社歴別に考察している。前回は、入社1~3年目の「スタートアップ期」について「三つの症例」とその対応策を紹介した。今回は、入社3~5年目の「ペースメイク期」について見ていきたい。
とある4年目社員の憂鬱
「入社して丸3年がたち、4年目を迎えたころ、急に物思いにふけるようになった。仕事ではある程度の成果を出せるようになってきた。会社もハードすぎず、親しい先輩や後輩などの人間関係もできて、それなりに楽しい職場だ。プライベートも充実している。しかし、最近なぜか急に仕事への興味がうせてきた。今の会社で3年も働いたのだから、そろそろ次のステップを考えてみるのも良いだろう。転職サイトをのぞいてみると、『第二新卒募集』の文字が飛び交っている。目に飛び込んできた会社の求人を見てみると、まさに自分が輝けそうな仕事だった。その会社で働いている自分の姿を想像すればするほど、今の仕事への興味がさらにうせてきた。よし、転職しよう」
このような感情を、3〜5年目の若手社員は抱きがちである。上司からの指導のおかげで評価されることも増え、仕事そのものに直接的な不満があるわけではない。しかし、なぜか“今までよりも仕事が面白くない”と感じている。ロケットに例えると、重力圏を突破し、ようやく宇宙空間にたどり着いて軌道に乗ったが、さまざまな「引力」が働いて、フラフラと不安定になっているイメージだ。つまり、「ペースメイク」ができずに崩れてしまっている。これが、3~5年目に多い状態である。
「ペースメイク期」に生まれがちな「三つの引力」
この時期の若手社員は、仕事や職場に一定程度は慣れてきて、自分なりに貢献している実感を得られるようになっている。会社としては、ようやく戦力化し、将来のリーダーとしてさらなる成長を期待する時期だ。しかし、一見すると現状に不満なく働いているように見えていたのに、ある日突然「退職願」を出されてしまうことがある。
3〜5年目の若手社員のオンボーディングを実現するに当たって、この時期にある若手社員の心の内を考察してみよう。キーワードは、「ペースメイク」を妨げる「引力」の存在である。
[1]Private引力
個人の生活環境(Private)に変化が生じたことにより、ペースが崩れることがある。入社して数年がたつと、1人暮らしを始めた、恋人ができたなど、プライベートが入社時とは異なる状態に変化し、それをきっかけに、今の働き方を見直すようになることがある。
プライベートに変化が起こるのは当然であり、それを制御することはできない。むしろ、その変化を喜んであげる度量を持つことが、人生の先輩としてあるべき姿だろう。しかし、第1回で説明したとおり、「個人人格」と「組織人格」は相互に影響し合っている以上、プライベートの変化は、仕事にも影響を与えるのだ。
社員のプライベートの変化は、自分の「待遇」と「生活」のバランスを見直すきっかけになることが多い。1人暮らしを始めて生活費のバランスを考えるようになったり、恋人ができて将来設計を描くようになったりする。そのようなタイミングで転勤が決まろうものなら、なおのこと深く考えるようになる。「今のまま、この会社で働いていて大丈夫か?」と、将来について考えるのは自然なことだ。
若手社員の「生活」の変化を感じ取ったら、上司はケアを怠らないことが重要だ。昨今では、個人の生活について深く立ち入ることは、マネジメント上のリスクになる。しかし、普段の何気ない会話の中で耳に入る情報もあるだろう。その情報を安直にスルーせず、その変化が若手社員にどのような影響を与えるかを考え、配慮しなくてはならない。そうでなければ、ある日、突然の「退職願」を突き付けられることになる。
[2]Recruiting引力
他社の採用活動(Recruiting)を見聞きすることで、ペースが崩れることがある。入社当初はがむしゃらに仕事をしてきたが、この時期になると一定程度に落ち着いてくる。そんな日々の中で、学生時代の友人と仕事の話で盛り上がることもあるだろう。その際、自分よりも給料が高い仲間や、仕事が充実している仲間に出会い、うらやましく思うことがある。いわゆる「隣の芝生は青い」状態だ。今の仕事に不満はないが、より魅力的な環境を求める気持ちが湧いてくる。そんなときには、他社の求人広告が輝いて見え、心のペースが乱れてくるのだ。
同じ会社で数年働くと、今後のキャリアパスをイメージし、「10年後はこのような仕事をしているだろうな」という想像をするようになる。もちろん、現実社会では、10年もたてば会社の状況は変わるため、想像とは全く違った展開にもなり得る。しかし、入社して数年の若手社員にとっては、その数年が社会人人生のすべてであり、そのような想像はし難い。今の状況がずっと続くものと考えてしまうのだ。
上司として、若手社員から「他社との待遇の違い」について聞かれることもあるだろう。「他社はこれくらいの給料なのに、どうしてうちは……」と聞かれたときは、つい「よそはよそ! うちはうち!」と言いたくなる。しかし、そんなとき、上司は若手社員の心境変化を意識したほうがいい。他社との待遇を比較しているということは、他社の求人広告やその類いの情報に触れているということだ。しかし、もし本格的に転職活動をし始めるとすれば、そのような待遇比較の話は次第にしなくなり、ある日突然「退職願」を突き付けられることになる。
[3]One-pattern引力
今の仕事にマンネリを感じ始め、ワンパターン(One-pattern)だと思えてしまって、ペースが崩れることがある。入社して数年もたつと仕事の習熟度が高まり、経験したことのある仕事が増えるだろう。かつては新しい仕事に取り組むたびに一定の刺激があったものが、このころになると新しい仕事は減ってくる。上司からすると、まだまだスキル開発や成長の余地が見えていても、若手社員自身は「もうここで学ぶものはない」という不遜な感情に支配されてしまっている場合がある。いわゆる「天狗」状態で、こうなってしまうと同じペースで仕事を続けることに疑問を抱くようになる。
最近では「ゆるい職場」という言葉もある。企業のホワイト化の流れが強くなり、その副作用として、“刺激的でチャレンジングな仕事”を若手社員に提供しづらくなっている風潮がある。多くの仕事を任せた結果、メンタルリスクに発展してしまうと、任せた上司が責任を取らされる。そうならないために「失敗の少ない単調な業務」をメンバーに任せていると、結果として「One-pattern引力」に引っ張られる。これは特に、仕事ができる優秀なメンバーにこそ生じやすい。
メンバーから「仕事への飽き」を語られると、上司としては「まだまだできること、面白い仕事はあるぞ!」と言いたいところだが、このときには注意が必要である。メンバーは「面白い仕事がほしい」と言っているわけではない。「このままでは自分のキャリアが危ない」と思っているのだ。そして、ある日突然「退職願」を突き付けられることになる。
「ペースメイク期」の引力への対応策
ある程度仕事に慣れ、自分なりの社会人像が見えてくるペースメイク期。しかし、メンバーの心の中ではさまざまな引力が発生し、今の仕事を続けていくことに不安を感じている。この感情へ直接的にアプローチすることは難しい。特にプライベートの変化や、転職活動を視野に入れた情報収集を始めることは個人の自由であり、会社や上司には制御できない。しかし、いずれの引力に関しても言えることだが、会社への所属意識が低いため、簡単に引っ張られてしまうのだ。この時期は、もう既に見習いではない。若手社員には、見習いマインドから脱却し、組織人としての責任感を持ってもらうことが大切だ。一言で言えば、プロフェッショナルになってもらうということだ。
今回も、前回の「スタートアップ期」と同様、「Private引力」「Recruiting引力」「One-pattern引力」の頭文字を取って「PRO」と覚えてもらいたい。「PRO」とは“プロフェッショナル”の略語でもある。以下、「PRO」化を促すための方法をお伝えしていく。
[1]評価を客観視させる
日々の仕事に忙殺されていると、自分自身を客観視することができなくなってくる。本当は大きく成長しているが、「自分はまだまだだ」と自身を卑下しているメンバーもいる。逆に、まだまだ成長の余地があるにもかかわらず、「もう学べることはない」と慢心しているメンバーもいる。どちらも、自己認知と他者認知に大きなギャップがあることが特徴だ。
このような場合、ギャップを直視して、自分がやるべきことや改善すべきことを認識してもらうのが大切だ。その結果、もう一段成長して「PRO」になる道が見えてくる。
上司には、ギャップを提示して、諭したり励ましたりする力量が求められる。上司との関係性が悪ければ、ギャップを伝えたところで受け入れられない場合がある。そのため、前提として、適切に対話ができる信頼関係を、普段から構築していることが必要だ。しかし、自己認知と他者認知のギャップは、なかなか本人は気付けない。
この場合、「360度サーベイ」を使うことは、有効な気づきの手段となる。誰か1人の意見ではその人の主観に左右されるため、受け入れる側も納得感が低くなる。しかし、サーベイを用いて、複数人の意見をフレームに沿って伝えることで、納得感を高めることができる。ここでのポイントは、サーベイによる分析結果を示すだけでなく、その結果を基に本人と対話を重ねることだ。そのプロセスを通じて、自己認知と他者認知のギャップがより鮮明になってくる。
[2]キャリアの棚卸しをする
同じ業務を続けていると、「このままこの仕事を続けていても、別の部署やよその会社では通用しないのではないか」と不安になるときがある。確かに、専門的知識が必要な業務であるほど、転用可能性の低さを感じることもあるだろう。
しかし、キャリアの棚卸しをしてみると、対話スキルや思考スキルなど、他の仕事でも通用するスキルは育まれている。この点に気づかずに焦っている若手社員も多い。「PRO」として自信を持って活動してもらうためには、自分の市場価値を再確認してもらうことも大切だ。加えて、自社で獲得できるスキルを明示していくことで、自分の市場価値の高め方も見えてくる。
この場合、研修などを通じて、自分のスキルを棚卸しする機会を強制的に設けることも一つの手段である。自分自身の歴史を振り返り、得たスキルを自覚し、それを整理する。会社という環境の中で何が求められ、自分のスキルをどう生かし、自分をどう磨いていくかを考える。このあたりを網羅した研修なども有効である。可能であれば社外から講師を招き、社内ではなく外部労働市場においても価値が高まっていくことを示せるとなお良いだろう。これまでの成長の承認と、さらなる成長への期待を明示していくことが重要である。
[3]責任ある仕事を託す
飛躍的な成長を遂げる瞬間というのは、成功体験よりも失敗体験のほうが多い。順風満帆なまま「PRO」になる人材などいないため、多少ストレッチしなければ実現できない仕事や役割を任せることが重要である。また、前述の「ゆるい職場リスク」が蔓延している状況では、会社の人材アセット(人材を資産の視点で捉えた際の強み)が徐々にむしばまれていく。そのような状態を防ぐためにも、若手社員へ責任ある仕事を任せていくのが重要だ。
ただし、これはタイミングが重要である。ここを間違えると、自信を喪失している人をさらに追い込む可能性もある。自分にある程度自信をつけて、少々慢心しているころがベストであろう。上司には、メンバーの状態とスキルレベルを適切に判断する“眼”が求められる。
また、責任ある仕事を任せた場合は、失敗も覚悟しておくことが大切だ。上司としては、部下に“失敗させない”ことが大切なのではない。部下を“成長させる”ことが大切なのだ。そのために上司には、失敗をリカバーする技量、失敗を許容できる胆力、失敗から気づきを与える指導力が求められる。こうした“失敗マネジメント”の技術は、労働環境において誰もがリスクを取りたがらない現代だからこそ、より重要な技術になってくるだろう。
「ペースメイク期」のまとめ
以上、入社3~5年目の「ペースメイク期」における症例と対応策について解説した。Private引力、Recruiting引力、One-pattern引力という三つの主要因と、その頭文字を取った「PRO」化を覚えておいてもらいたい。「PRO」化とは、見習いマインドから脱却し、組織人としての責任感を持ってもらうことだ。
「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」。これは、前回も取り上げた山本五十六の名言であるが、この言葉には続きがあることを知らない人が多い。
続きはこうだ。「話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず」。やはり、時代は変わっても、マネジメントの本質は変わることがない。
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小栗隆志 おぐり たかし 株式会社リンクアンドモチベーション フェロー 早稲田大学卒業後、2002年に株式会社リンクアンドモチべーション入社。営業・コンサルティングに従事し、幅広い顧客の組織変革を成功に導く。2011年に株式会社アビバ(現:株式会社リンクアカデミー)取締役就任。2014年に株式会社リンクアカデミー代表取締役社長就任。2017年に株式会社リンクアンドモチべーション取締役就任。組織から選ばれる個人(アイカンパニー)創りを支援する個人開発部門の統括責任者を務めた後、2023年より現職。 |