2024年04月08日掲載

若手の離職を防止するオンボーディング設計 - 第5回 入社5~7年目=「ギアチェンジ期」の社員を離職に誘う「三つの不安」と対応策

小栗隆志 おぐり たかし
株式会社リンクアンドモチベーション
フェロー

 本連載では、3回にわたって、若手社員が入社してから離職に至ってしまう心境変化とその対応策について、社歴別に考察している。前回は、入社3~5年目「ペースメイク期」について「三つの引力」とその対応策を紹介した。今回は、入社5~7年目の「ギアチェンジ期」について見ていきたい。

とある7年目社員の転機

 「入社して7年がたち、“周りから指示される”よりも“周りに指示をする”ことが増えてきた。大型顧客も担当しており、部署でも中心的な役割と責任を担うようになっている。仕事への大きな不満はない。慣れ親しんだ組織で居心地が悪いわけでもない。ただ、もうすぐ30歳を迎えるからか、“このままで良いのか?”という不安が頭をもたげてくる。一緒に入社した同期も、半分くらいは既に転職した。たまに一緒に飲むと、転職を後悔している者もいるが、皆それなりに楽しくやっているようだ。結婚して子どもも生まれた。今の生活には満足しているが、今後さらにお金がかかってくることは間違いない。おそらくこのままいけば、そろそろ管理職に登用されるだろう。尊敬する経営陣や上司もいるが、名ばかりの管理職を見ていると、自分の将来が少し不安になる。管理職になるくらいなら、今の営業という仕事をもう少し極めてみたいとも思う。他の会社にも興味があるし、もう十分働いたからこの会社への義理は果たしたはずだ。よし、転職しよう」

 入社7年目前後の社員は、このような感情を持つことが多い。仕事は軌道に乗っており、今後のキャリアも一定程度は見えている。ただ、仕事に飽きてしまっており、面白みを感じないのだ。かと言って、管理職など新しい役割に身を投じたいかと言われると、気が引けてしまう。「ギアチェンジ」ができずに、不安定な状態になっているのである。これが、入社5~7年目に多い状態だ。

「ギアチェンジ期」に生まれがちな三つの不安

 この時期の若手社員は、自律的に仕事ができるようになり、ある程度の責任を負い、役割を任せられるようになる。それと同時に、キャリアの選択を迫られやすい時期でもある。現在の会社でこのまま働き続けるのか、それとも今後のキャリアを考えて新たな可能性を探るのかを悩んだ末、まさに会社側は管理職になることを期待し始めるタイミングで、突然離職してしまうのだ。入社5~7年目の社員のオンボーディングを実現する上で、この時期にある若手社員の心の内を考察してみたい。キーワードは、「ギアチェンジ」を妨げる「不安」の存在である。

[1]Management不安
 管理職やそれに準ずる役割を期待されるたびに、今よりもさらに強く会社にコミットすることが不安になる。直接顧客と向き合うことができたり、開発作業に集中して取り組める今の環境を好む若手社員も多い。しかし、管理職になることで自分の行動が制限されないか、本当に管理職の仕事を楽しめるのかと不安になるのだ。
 さらに、管理職の仕事が複雑性を増していることが、この不安に拍車をかける。会社と部下との間で板挟みになる管理職という役割が、従来よりも一層複雑になっていることを若手社員も理解しており、管理職の魅力は薄れてきている。「管理職になりたがらない若手社員が増えている」ことはさまざまなデータで語られており、マネジメントへのギアチェンジに不安を抱く人は少なくない。
 また、管理職になれば、そうやすやすと離職の決断はできない。管理職になると、「組織人格」としてさらなるコミットが求められるだろう。現在は人材の流動化が進み、転職は当たり前になっているものの、35歳を超えると求人数は減少し、採用基準も厳しくなるのではないか、と恐れている人もいまだに多い。つまり、30歳を目前にした今が転職のラストチャンスだと捉え、自分のキャリアを考え直すようになるのだ。
 若手社員が「管理職などの責任ある役割を拒否」したときに、上司は冷静になることが重要だ。「昇進は良いことである」と一元的に決めつけるのは良くない。まずは、部下が持っている今の仕事内容への満足度や、自社の管理職に対するイメージを把握する。そして、その情報を基に、本人のキャリア願望がどこにあるのかを丁寧に確認していくことが大切だろう。
 良かれと思って、管理職に昇進してほしいという期待をかけても、それが功を奏するとは限らない。一方的な期待が、ある日突然「退職届」を突き付けられることにつながってしまうかもしれない。

[2]Governance不安
 企業における「ガバナンス」とは統治・管理を指すが、ここでは企業ではなく個人のガバナンスを指す。特に、結婚していたり、子どもがいたりする場合は、家庭生活を“統治・管理”していかなければならない。仕事での責任が増した中で管理職になると、自由に動ける時間が減ってくる。ライフスタイルとビジネススタイルのつじつま合わせが難しくなるのだ。そして、このまま今の生活を続けていけるかどうか不安になる。この管理がうまくできないと、体調にも支障を来してしまう。
 また、ライフスタイルにおける将来設計も考えていかなければならない。子どもが生まれると、住む場所なども見直さなければならないだろう。当然、教育費などのお金もかかってくる。会社によっては、管理職になっても給与などの待遇面で魅力を感じにくいことがある。このまま管理職になったとしても、給与額では限界が見えているのだ。その時に、他の会社からもっと魅力的な給与を提示されたら、そちらを選ぶことも十分あり得る。
 若手社員から、「生活面の不安」の話を聞くこともあるだろう。上司からしたら、自分自身がその待遇でなんとかやってきたので、実感が湧かないかもしれない。しかし、金銭事情は人それぞれ異なるものだ。上司は、部下から生活の不安を聞いた場合には「なんとかなるよ」で片付けずに、どんな将来設計を考えているかまでをきちんと聞くほうが良い。人生の先輩としてアドバイスできることもあるだろうし、難しければ他の人に相談に乗ってもらっても良い。不安をスルーしていると、ある日突然「退職届」を突き付けられることになる。

[3]Role-model不安
 30歳前後になってくると、会社内の力学も一定程度は見えるようになってくる。ロールモデルとしてどのような人物が評価され、評価されないのか。また、誰が力を持っており、どのように立ち振る舞えば昇進・昇格できるのか。そのような力学だ。
 組織というものは“感情の集合体”でもあり、目的達成に向けた適切な社内政治も、ある程度は必要になる。しかし、入社5~7年目の社員は、“そこまでして自分は昇進・昇格したいのか?”と考えるようにもなる。上司からすると、会社の中でやりたいことを実現するためには必要な行動だと思うかもしれない。しかし若手社員は、「ギアチェンジ」してまでやりたいことを見いだせていない場合もある。自分より役割が上の人たちの仕事が魅力的に見えないためだ。
 また、“自分のキャリアの理想像となる上司がいない”という不安もある。「管理職はプライベートを犠牲にしているようだ」「職場の上司は、責任を回避してうまく立ち回っているようにしか見えない」など、自らが管理職になることを考える際には、上司の断片的なマイナス情報も目につきやすくなる。10年近く同じ業界で働いていると、理想的な上司像を他社の人に見いだすこともあるだろう。なにしろ、あと30年以上は働かなければいけないのだ。転職への期待が高まるのも無理はない。
 多くの管理職は、若手社員から「この会社でやりたいことが見えない」などと相談されたことがあるのではないだろうか。上司からすると、これまで「やるべきこと」をしっかりとやってきた若手社員からのそうした発言に驚くだろう。この先も会社から求められる「やるべきこと」を実行することこそ、「やりたいこと」を実現する道であるはずだと思うかもしれない。でも、それは「やるべきことをやっている人」がロールモデルになっている場合だけだ。若手社員は、やりたいことが見えないのではなく、“なりたい姿”が見えないのだ。そして、ある日突然「退職届」を突き付けられることになる。

「ギアチェンジ期」の不安への対応策

 キャリアを加速させ、会社へのコミットメントをさらに高める「ギアチェンジ期」。しかし、だからこそ若手社員が不安を感じるタイミングにもなり得る。今後もこの会社に身を投じ続けるかどうか、まさに就職したときと同じような決断が迫られているのである。
 会社に対して愛着があり、会社の方針や将来に強い期待を感じている若手社員は、この不安を持たない。しかし、前述のように、さまざまなデータからも、管理職になりたくない若手社員が増えていることは事実である。一定程度、将来のキャリアに不安を抱えている若手社員がいることを忘れてはならない。上司は、見えない将来に不安を抱えている状況からの脱却を支援しなければならない。そのためには、疑似的にも「MGR(マネジャー)経験」を積んでもらうことが大切だ。
 今回もこれまでと同様、「Management不安」「Governance不安」「Role-model不安」の頭文字を取って「MGR」と覚えてもらいたい。「MGR(Mgr)」は、マネジャーを意味する略称としても使われる。以下「MGR経験」を積んでもらうための方法をお伝えしていく。

[1]役割権限を与える
 まず「MGR経験」の一歩目として、役割と権限を与えることが重要である。その際に、中途半端に期待を言葉だけで伝えるのではなく、本人が変わったと感じるような節目をつくるのだ。言い換えると、「動かされる側」から「動かす側」に変わってもらうということだ。
 例えば、営業ならば、数字目標を追うだけでなく、新人の育成および目標達成の責任も負ってもらう。開発担当であれば、プロジェクトの会議運営をすべて任せてみる。経理業務であれば、ルーティンワークを繰り返している若手社員を、作業効率化プロジェクトのリーダーにする――などである。
 成長中のベンチャー企業ならば、1人で何役もこなすことも多いだろう。しかし、成熟した企業の場合は、意図的に役割を設定しない限り、管理職になるまで「動かされる側」ということもあり得る。
 また、役割を任せたら、同時に権限も渡さなければならない。上司が細かく口を出していたら、結局「動かされる」役割が増えただけになってしまうからだ。ただし、単に放任するのでも、あるいは過剰に役割に対して期待するのでも、うまくはいかない。その若手社員の視座と力量に応じて、どのような役割と権限を与えるかが重要であり、上司の腕の見せどころである。
 役割や権限を付与する際には、チームメンバーを持たせることも検討してほしい。加えて、そのチームメンバーを評価する機会を疑似的に設定しても良いだろう。組織人格で人を評価するときに、改めて会社の方針や求める行動などを理解するものだ。メンバーを評価することの難しさと怖さを実感することで、上司への感謝の心が芽生えるかもしれない。

[2]社内ネットワークを広げる
 管理職になると、他部署との調整など、これまでとは異なる人間関係も必要になる。一般的に、自部署内で人間関係が閉じている人ほど、管理職昇進への不安を高める傾向にある。また、自部署内で閉じている人は、ロールモデルの候補者も少なくなってしまう。上司が意図的に、他部署の管理職や、他部署で活躍している若手社員とのネットワークを広げるように努めることが重要だ。そのためには、他部署と協働しなければ実現できないようなプロジェクトにアサインすることも有効な手段であろう。社内ネットワークは、不安に対するセーフティーネットにもなる。
 また、リーダー研修などを組織横断で実施することも、有効な手だてになるであろう。同じ世代の若手社員を集め、グループをミックスすることで、社内の人間関係を広げる機会となる。さらに、その場に異なる職場の上司がメンターとして入るような形も効果的だ。できれば、その後も人間関係が継続できるように、一過性ではない研修コンテンツにしたい。

[3]決断経験を積ませる
 入社時に“この会社で頑張る”と決断したことは、「個人人格」によるキャリアの決断である。一方で、「ギアチェンジ期」の若手社員に大切なことは、「組織人格」でのビジネスの決断である。ビジネスに正解はない。むしろ、視座を高めたり時間軸を広げれば、すべての経営判断にはメリットとデメリットが同程度存在する。決断したら、それを正解にすべく努力し、邁進(まいしん)していくしかないのだ。
 評論家的な若手社員は、会社が下した判断のデメリットを並べて、愚痴を言っているだけだ。若手社員を評論家にしないためには、決断を自ら下してもらうことが大切だ。当然、会社を左右するような責任ある決断は任せられないが、部署で取れる程度の責任なら、任せることができるだろう。ビジネスの決断の先には、それを正解にしようと努力する若手社員が必ずいるはずである。
 しかしながら、手頃な決断機会などは、そうそうあるわけではない。そのようなときは、疑似的に考えさせる機会を与えても良いだろう。例えば、新規事業提案や、売り悩んでいる商品のリバイバルプランなど、ビジネスコンテスト的に関わらせる方法もある。「次世代をつくるのは君たちだ」という期待をうまく織り交ぜていきたい。

「ギアチェンジ期」のまとめ

 以上、入社5~7年目の「ギアチェンジ期」における症例と対応策について解説した。Management不安、Governance不安、Role-model不安という三つの主要因と、頭文字を取った「MGR経験」を覚えておいてもらいたい。「MGR経験」とは、疑似的にマネジャーとしての機能を担ってもらうことだ。
 本連載の第3回、第4回では、山本五十六のマネジメント論を提示した。「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」「話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず」。今回も、この続きを紹介して筆を置きたい。
 「やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず」。若手社員を実らせてあげてこそのオンボーディングである。

プロフィール写真 小栗隆志 おぐり たかし
株式会社リンクアンドモチベーション
フェロー

早稲田大学卒業後、2002年に株式会社リンクアンドモチべーション入社。営業・コンサルティングに従事し、幅広い顧客の組織変革を成功に導く。2011年に株式会社アビバ(現:株式会社リンクアカデミー)取締役就任。2014年に株式会社リンクアカデミー代表取締役社長就任。2017年に株式会社リンクアンドモチべーション取締役就任。組織から選ばれる個人(アイカンパニー)創りを支援する個人開発部門の統括責任者を務めた後、2023年より現職。