加藤容子 かとう ようこ 博士(心理学)、公認心理師、臨床心理士。名古屋大学大学院教育発達科学研究科心理発達科学専攻博士後期課程満期退学。ワーク・ファミリー・コンフリクトへの対処などキャリアに関する研究、カウンセリングやコンサルテーションなどの心理臨床実践のほか、組織課題の改善を目指す組織心理コンサルテーションの研究・実践に取り組んでいる。 |
1.ワーク・ライフ・バランスの課題
少子化や個の尊重といった時代の変化に伴い、社会全体でワーク・ライフ・バランスが目指されて久しい。内閣府が2007年に策定した「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」では、仕事と生活の調和が実現した社会を、「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と示している。すなわち、ワーク・ライフ・バランスは、子育てや介護、病気の治療に直面している人だけでなく、すべての人々にとって実現することが望ましいものと言うことができる。
労働現場においても労働力人口の減少への対策や多様な人材の活用のため、ワーク・ライフ・バランスの実現が試みられている。しかしその達成は不十分であり、例えば女性管理職の少なさ(厚生労働省「令和4年度雇用均等基本調査」によると、令和4〔2022〕年度の課長相当職以上の、管理職に占める女性の割合は12.7%〔企業規模10人以上〕)、男性の家事関連時間の少なさ(総務省統計局「令和3年社会生活基本調査」によると、令和3〔2021〕年の6歳未満の子供を持つ共働き世帯で比較すると、夫の家事関連時間は妻の約3割)など、特にジェンダーによる格差のあることが指摘できる。
ここでは、このような問題に対する心理学的なアプローチとして、ワーク・ライフ・バランスのネガティブな面である「ワーク・ファミリー・コンフリクト」と、ポジティブな面である「ワーク・ファミリー・ファシリテーション」を紹介し、組織と労働者がより良く働くための対策を提案したい。
2.ワーク・ファミリー・コンフリクトへの対策
「ワーク・ファミリー・コンフリクト」とは、仕事役割と家庭役割の葛藤であり、仕事による責任が家庭における達成を阻害すること(例:仕事が忙しくて育児に手をかけることができない)や、家庭における責任が仕事での達成を阻害すること(例:家庭の都合のために十分に働くことができない)を意味している。ワーク・ファミリー・コンフリクトを発生させる要因としては、仕事や家事の量の過重、伝統的性役割観(男性は仕事重視でリーダー的な役割が望まれる、女性は家庭重視でケア役割が望まれるなど)や、ファミリー・フレンドリーでない職場風土などがあることが明らかにされている。
したがって、ワーク・ライフ・バランスの実現のためには、第一にワーク・ファミリー・コンフリクトの発生要因への対策を取ることが重要となるだろう。個人レベルでは、家庭役割や仕事役割を省力化・効率化すること、役割の量や質について他者と交流しながら調整すること(家庭では夫婦間の家事・育児・介護の役割分担、職場では相互の理解と助け合い)が挙げられる。また、組織レベルでは、ファミリー・フレンドリーな施策(育児・介護・治療の積極的な支援など)、ジェンダー格差を解消する施策(アファーマティブ・アクション〔積極的格差是正措置〕など)、いわゆる「働き方改革」(労働時間や労働場所の柔軟性、長時間労働の是正など)への取り組みが挙げられる。さらにそれらの取り組みを持続することで、組織全体のベーシックな価値観や文化が変容していくことが望まれる。
3.ワーク・ファミリー・ファシリテーションへの注目
次に、ワーク・ライフ・バランスを阻害する側面ではなく、活用する側面に注目したい。「ワーク・ファミリー・ファシリテーション」とは、仕事で得た経験やエネルギーが家庭での生活を充実させること(例:仕事で達成感を持つと、家庭でも生き生きと過ごすことができる)や、家庭で得た経験やエネルギーが仕事での遂行を充実させること(例:家庭で受ける愛情や休息のおかげで、自信を持って仕事に取り組むことができる)を意味している。ワーク・ライフ・バランスとは時間やエネルギーをほどほどに配分するものだという誤解があるが、そうではなく、このようなポジティブな相乗効果を持ち、好循環している状態であることを強調したい。
したがって、ワーク・ライフ・バランスの実現のための第二のポイントとして、ワーク・ファミリー・ファシリテーションに注目することが重要と言うことができる。そのために個人レベルでは、生涯にわたるライフキャリア(仕事、家庭、それ以外のキャリア)の全体を見通すこと、その上で今の仕事の目的や課題を明確にすることが有用となるだろう。また、組織レベルでは、ワーク・ライフ・バランスを福利厚生というより組織の生産性向上につながる施策として位置づけること、ポジティブな相乗効果が見られた場合にはそれを好事例として評価し、組織的に共有することなどが提案できる。
これらの取り組みによって、組織や労働者個々人の生産性がより高まり、かつウェルビーイングも高まることを期待したい。