2024年04月25日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第17回 キャリアコンサルティングのルーツに学ぶ、リスキリングに必要なもの

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.はじめに

 2024(令和6)年4月1日から「キャリア形成・学び直し支援センター」の名称が変更され、「キャリア形成・リスキリング支援センター」となった。併せて、ハローワークにも「キャリア形成・リスキリング相談コーナー」が設置され、そこでも、労働者や企業に対し、キャリアコンサルティングを中心とした支援を行うこととなった。
 と言われても、そもそも、以前からあった「キャリア形成・学び直し支援センター」自体知らないという人も多いかもしれない。同センターは、厚生労働省の委託を受けて2022(令和4)年度に設置されたもので、企業や労働者を対象にセルフキャリアドックやキャリアコンサルティングなど、さまざまなキャリア形成支援サービスを提供している。これに加えて、ハローワークの機能を強化する形で相談コーナーが設置され、在職時からのキャリアアップ支援にさらに力を入れることとなったのである。
 これだけ聞くと、何だか流行に乗って「リスキリング」を冠したようにも見えるが、歴史をたどると、政策としてのキャリアコンサルティングのルーツは、「リスキリング」にある。今回は、キャリアコンサルティングの歴史を紐解ひもときつつ、リスキリング支援に何が必要かを考えてみたい。

2.キャリアコンサルティング施策のルーツを探る

 2001(平成13)年4月に職業能力開発促進法が改正され、職業能力開発施策の柱の一つとして労働者のキャリア形成を支援していく方向が打ち出された。当時はどんな時代で、そこに至るまでにはどんなことがあったのだろうか。時代をさかのぼってみたい。

[1]中高年ホワイトカラーと個人主導
 戦後、職業能力開発施策は、公共職業訓練から始まった。高度成長を経て、技能工の確保が課題となる中で、企業も技能者養成に力を入れるようになってきた。さらにオイルショック後は、自己啓発にも目が向けられるようになった。公共職業訓練がメインの時代から、徐々に企業の役割が大きくなり、さらに個人が自ら学ぼうという取り組みに目が向けられるようになってきたのである。
 1990年代初頭のバブル崩壊後、行政は、当時増えつつあった中高年ホワイトカラーの能力開発に問題意識を強く持つようになる。既にキャリアカウンセリングに着目しており、1993(平成5)年に行われた「中高年齢ホワイトカラーの能力開発調査」では、その実施率を調べている。同調査によると、キャリアカウンセリング実施企業は14.6%、実施検討中の企業は12.0%であった(労働省職業能力開発局能力開発課, 1994)。これを基に翌1994(平成6)年には、ホワイトカラーの職業能力開発の方向とあり方に関する検討結果報告が取りまとめられ、さらに、1995(平成7)年には、労働省職業能力開発局長の下に設置された「自己啓発推進有識者会議」(座長:辻村江太郎 日本労働研究機構会長[当時])による個人主導の職業能力開発の推進を提言する報告書が出された。1995年といえば、今から約30年前、Windows95が発売され、インターネット元年などと呼ばれた年であり、長く続く経済停滞が始まった年でもある。「企業主導」が当たり前で、「個人主導」は画期的だった。同報告には、キャリアに関する言葉が数多く出てきており、キャリアシートの普及や、キャリアカウンセリングの推進などが提言されている(労働省職業能力開発局, 1996)。
 職業能力開発行政では、5年に一度、その間の基本的な方向性を示す基本計画を策定する。翌1996年度からの第6次職業能力開発基本計画(1996[平成8]~2000[平成12]年度)には、「キャリアカウンセリング」という言葉が初めて登場している。初お目見えの「キャリアカウンセリング」は、どんな位置づけで、どのように書かれていたのだろうか。
 結論から言えば、「産業間・企業間移動の円滑化を進めるために必要な援助」という位置づけで、特に当時増え始めていた中高年ホワイトカラーを意識したものだった。限られた先進的な企業が実施していることを基に技法の開発などを行い、変化に対応していくために役立てていこうといった書きぶりであった。

[2]企業とキャリアコンサルティング
 その数年後である1999(平成11)年には、職業能力開発局長の下に「今後の職業能力開発の在り方研究会」(座長:今野浩一郎 学習院大学教授[当時])が設置された。労働市場の変化や企業の人事管理制度の変化を踏まえ、今後の職業能力開発の在り方そのものについて検討しようということになったのである。同研究会は、精力的に議論を行い、翌2000年に、今後の基本的な方向性は「職業生涯にわたるキャリア形成」だとし、労働者のキャリア形成を支援することなどを内容とする報告書を取りまとめている。
 この報告書には、「キャリア・コンサルティング」という言葉が何度も出てくる。特に企業に対して大きな期待を示しており、事業主は、まず、従業員に求められる人材像を提示し、キャリア・コンサルティングを行うことが必要だとしている。すなわち、労働者と十分話し合い、労働者のキャリアを的確に記述し、能力を正確に評価した上で、企業、労働者のニーズを照合し、キャリア形成の方向と職業能力開発の方針を決め、教育訓練や自己啓発、職務経験などを経て、企業内でステップアップしていくといった流れを描いている[図表]。同時に、企業を超えてキャリア形成を行う場合についても記載しており、こちらについては、公的な支援体制の整備が必要だとしている。

[図表]企業内におけるキャリア形成システム

資料出所:厚生労働省「今後の職業能力開発の在り方研究会」報告(2000年)

3.歴史から何を学ぶか

 2000年に取りまとめられた報告書を契機に、翌2001年に職業能力開発促進法が改正され、その後、キャリアコンサルタント制度が設けられたことについては、ご存じの方も多いのではないかと思う。
 こうしてみると、職業能力開発施策としてのキャリアコンサルティングのルーツは、今で言うところのリスキリングにあり、また、当初、行政が気にしていたのは、企業領域であったことが分かる。若年者をめぐる雇用環境の悪化などの問題をきっかけに、2016(平成28)年にはキャリアコンサルタントの国家資格化がなされたが、今、再び、原点であるリスキリングに焦点が当たっていると言ってもよいだろう。
 この間、社会経済の変化のスピードは増し、Windows95登場当時とは、職場も、求められる能力も、働き方も大きく変化している。
 もちろん、地道に仕事をし続けることの中にも「学び」はある。かつては目の前の仕事を一生懸命していれば、知らないうちに学び、変化についていくことができた。しかし、経済社会の変化が激しくなるにつれて、それでは十分でなくなってきている。
 リスキリングの重要性は高まっているが、少なくとも、自己啓発を実施する労働者の割合は増えていない。また、労働政策研究・研修機構が2019(令和元)年に行った「就業者のライフキャリア意識調査」によると、「学んでみたいことはあるが、実際には学んでいない」と回答した労働者は全体の51.6%と、なんと半数以上を占める。
 企業の人事パーソンやキャリアコンサルタントは、これを何とかすることを期待される立場である。Windows95の頃は存在していなかったキャリアコンサルタントは、2024年3月末現在、登録者数7万2567人となっている。職業情報を見える化し、個人として利用するだけでなく、企業でも利用でき、キャリア形成を支援する立場の者も利用できる職業情報提供サイト(job tag:じょぶたぐ)なども整備されてきている。
 今回は、施策を中心にキャリアコンサルティングの歴史を振り返った。変化があり、何かがうまくいかなくなったからこそ、新たな施策が講じられ、それを支えるサイトなどが整備されてきたことは分かったが、施策にとどまらず、キャリアコンサルティング全体の歴史を取りまとめた渡部昌平は、『日本キャリアカウンセリング史 正しい理解と実践のために』(実業之日本社、2024年)の中で、新しい理論や技法は何らかの批判の下に開発・紹介されるのであり、過去の歴史を学んだ応用として「よりよい未来を考える」ことができると述べている。筆者も、同書の一部を執筆している。手に取っていただけると幸いである。

【参考・引用文献】

・労働省職業能力開発局能力開発課(1994)「ホワイトカラーの専門的職業能力の開発、評価システムの確立が急務」日本労働研究所, 日労研資料47(8)(1168), 8-20.

・労働省職業能力開発局能力開発課(1996)「個人主導の職業能力開発の推進を 自己啓発推進有識者会議報告書」, 日本労働研究所, 日労研資料 49(1)(1185),4-9.

・労働省(1999)「今後の職業能力開発の在り方研究会」報告

・労働政策研究・研修機構(2021)『就業者のライフキャリア意識調査―仕事、学習、生活に対する意識』JILPT調査シリーズNo.208

・渡部昌平・三村隆男・立野了嗣・浅野浩美・小澤康司・下村英雄(2024)『日本キャリアカウンセリング史 正しい理解と実践のために』実業之日本社

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会専務理事、人材育成学会常務理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科兼任講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

キャリアコンサルタント・人事パーソンのための
キャリアコンサルティング

―組織で働く人のキャリア形成を支援する―
 浅野浩美 著

キャリアコンサルタントを目指す人はもちろん
資格保有者、企業の人事パーソンに最適な一冊です!

内容見本・ご購入はこちらから