高田健太郎 たかだ けんたろう
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
尾上浩介 おのえ こうすけ
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
1.はじめに
第1回で述べたように、企業が急激な経営環境の変化に対応し、事業戦略の転換や専門領域の強化を図っていく上で、「動的な人材ポートフォリオ・マネジメント」の必要性が高まっている。
人材ポートフォリオの取り組みは、手つかずの企業も多い。既に取り組みをスタートしている企業であっても、人材ポートフォリオを作ることで手いっぱいになっているケースが見られる。しかし、形式的な人材ポートフォリオの構築にとどまってしまうと、本来の目的である経営環境の変化への対応は実現できない。経営環境の変化に合わせて必要な人材を素早く獲得・育成していく実質的で動的な人材ポートフォリオ・マネジメントを行わなければならない。
人材ポートフォリオ・マネジメントを動的に行うためには、[図表1]の三つの要素、「人材ポートフォリオ」「人材マネジメント」「体制・データ」から成る一連のプロセスを継続的に回していくことが必要となる。
本稿では、人材ポートフォリオ・マネジメントの各要素のポイントと連動関係について解説していく。
[図表1]人材ポートフォリオ・マネジメントの全体像
2.「人材ポートフォリオ」のポイント
動的な人材ポートフォリオ・マネジメントを実現するには、経営戦略・事業戦略に「連動」した形で必要な人材の質・量を可視化していくために、適切な解像度でポートフォリオを作成・更新していくことが重要となる。具体的には、「人材ポートフォリオのスコープ」と「事業戦略に連動した人材タイプ」の設定がポイントになる[図表2]。
[1]人材ポートフォリオのスコープ:全社か注力領域か?
人材ポートフォリオのスコープは、全社を対象とした「全社人材ポートフォリオ」と、戦略上重要な領域にフォーカスした「注力領域人材ポートフォリオ」に大別される。前者は事業転換に向けた全社における大規模な人材構造転換を目的とし、後者は専門領域の強化や特定事業・機能の人材構造の戦略的転換等を目的に構築される。どちらのスコープを選択するかは目的次第である。必ずしもどちらかだけを作成するというわけではなく、全社人材ポートフォリオを描いた上で、戦略的に取り組む領域のみの解像度を高め、注力領域人材ポートフォリオを作成するという企業もよく見られる。
[図表2]人材ポートフォリオのスコープ
[2]事業戦略に連動した人材タイプの設定
人材ポートフォリオを作成するに当たり、[図表2]にあるように「××人材」という人材タイプの区分を定義する必要がある。人材タイプを正しく定義できなければ、経営戦略・事業戦略に「連動」した人材ポートフォリオにはならない。区分は、事業、機能、職種、階層、志向性、スキルなどさまざまな切り口が想定されるが、経営戦略・事業戦略のカギとなる人材の人物像が明確になる切り口で選択していくことがポイントである。
例えば、新規事業の立ち上げを重要戦略と位置づける場合には、知識・スキルだけで人材タイプを設定すると失敗してしまうため、「志向性」を軸に人材タイプを可視化する必要がある。また、自社のコア技術に詳しいが、石橋を叩いて渡るタイプや批評家タイプの人材ばかりでは、新しい発想やアイデアが生まれにくい。不確実性の高い状況の中でリスクを取って主体的に挑戦する志向を持つ人材をポートフォリオの中心に組み込んでいく必要がある。
また、人材タイプの切り口を全社横断のテーマで粗い粒度で設定する例もある。グループや全社の経営戦略・事業戦略を実現するためのキータレントにフォーカスして、その獲得・育成を促進していくことが目的の場合は、「グローバル人材」「次世代リーダー人材」など特定テーマに沿った設定が有効である。
昨今は、自社の変革を拒む要因として、社員のスキル不足を課題に挙げる企業が多く、スキルを人材タイプの軸とするケースも増えてきている。専門領域において必要となるスキルを細かい粒度で定義していくことで、必要な人材の質・量をより正確に可視化できる。これにより、スキルをベースとした採用・配置、リスキル・アップスキル等の育成施策をきめ細かに行うことが可能となる。
3.「人材マネジメント」のポイント
人材ポートフォリオで明らかになったTo Be(目指す姿)とAs Is(現状)の人材の質・量のギャップ解消に向けて、採用・配置・育成・代謝といった「人材マネジメント」の施策を講じていく必要がある。動的な運用のポイントは、人材タイプごとに適切な調達手段を検討・実行することによって、人材マネジメント施策を経営戦略・事業戦略と「連動」させていくことができる[図表3]。
[図表3]人材ポートフォリオのギャップに対する施策
また、動的な人材ポートフォリオ・マネジメントを実現するには、「連動性」に加えて、「スピード」と「柔軟性」を具備していく必要がある。
ここでは、「スピード」と「柔軟性」に関する人材マネジメントの事例を紹介したい[図表4]。
[1]事例①:プロ人材の外部調達
A社は業界全体の縮小により、既存事業が低迷する中、活路を見いだすため、新規事業へのシフトとそれに沿った人材ポートフォリオへの転換を目指している。既存事業の人材を有効活用するとともに人材面から円滑な事業変革を行うために、ジョブ型の人事制度を導入すると同時に事業の目的をブレークダウンし、組成するプロジェクト型組織に変更した。
A社ではプロジェクトごとに優先順位をつけ、高い順に社内の人材プールからプロジェクトにとって最適な人材を選出するルールで最適配置を試みた。特筆すべきは各プロジェクト人材の要件を明確化した上で社内に公表している点、さらには人材プールを社内に限らず、外部の委託人材も含めて設定している点である。
折しも委任契約に基づくプロ人材の登用・活用も顕著になっている。副業・兼業の増加や、専門人材を扱うプラットフォーム等の社会的基盤の充実から、これまでのオペレーショナルな部分を代替するという範疇を超え、プロジェクトの中核となる専門技術やコア技術までも外部リソースを活用する例も出てきている。プロジェクトマネジメント人材の自社リソースと専門性を有する外部リソースを組み合わせるという柔軟な人材調達手段により、人材ポートフォリオの充足を実現している。
[2]事例②:採用・育成に特化したJVの活用
B社は自社の営業プロセス・ノウハウのDX化を進める中で、DX人材の調達を人材ポートフォリオ・マネジメントの重点領域と位置づけている。
当初はDX専門会社に委託していたが、改革が進むにつれ、DXのトラブルが起こった際に自社の人材だけでは対処ができず、DXに関するノウハウが社内に全く蓄積されていない(DX人材も育っていない)事実に危機感を覚えるようになった。
社内でDX人材を育てるにしても自社にノウハウがない中で、DX専門会社からジョイントベンチャー(以下、JV)をつくることを提案され、実行に移した。JVはDX専門会社がノウハウと専門人材を拠出し、B社はそこに人材と資金を投入する形式が採られた。JVではDX専門会社のスペシャリストがB社の人材を育成し、B社の人材は自社の仕事のみならず、他の会社のプロジェクトにも取り組みながらDX人材として成長していくモデルが構築された。
一見、DX専門会社にメリットはなさそうに思えるが、ノウハウを持つ人材が流出し、それを補うために他の人材を採用するという “自転車操業” に陥っているという課題があったため、DXのノウハウを持ち、中長期的に稼働できるB社の人材の活用は魅力であり、B社との関係性から新たな仕事も期待できる点にもメリットがある。B社も自社のリソースの強化を図れると同時に、有機的に外部リソースと連携できる点でWin-Winの関係を構築している。
[図表4]スピード・柔軟性を具備した人材マネジメント事例
4.「体制・データ」のポイント
以上のような人材ポートフォリオの作成や人材マネジメントを実現していくためには、それらの土台となる推進体制・データ基盤の拡充が不可欠となる。
[1]推進体制・データ基盤構築における3悪
動的な人材ポートフォリオ・マネジメントでは、人材の質・量のギャップ解消のための施策を立案・実行するだけでなく、施策をモニタリングし、必要に応じて戦略・施策を見直していくことがポイントである。このようにPDCAを回していく際には、人材の質・量のデータ基盤が必要となる。
ただし、運用時にデータ基盤を使って、誰が何をすればよいのかが不明確だと「データはあれど活用できず」といった状況となり、人材ポートフォリオの動的な運用が進まなくなってしまう点に留意が必要である。
このような問題は、「目的不在」「根拠不明」「決定不在」の3悪から生じている[図表5]。
[図表5]推進体制・データ基盤構築における3悪
[2]3悪の解消に向けた体制・基盤構築
3悪の裏を返せば、体制・基盤構築におけるポイントは「目的を定め、根拠を基に、決定できる」ようにすることである。そのためには、事業の変化に即応できる推進体制、変化に伴う人材ポートフォリオの「人材タイプ」「解像度(全社・注力領域等)」の変更に対応できる網羅的なデータ基盤が重要となる[図表6]。
[図表6]推進体制・データ基盤構築の要件
事業部門が機動的に意思決定するためにも、多様な選択肢に対して、その中に存在するリスクを可視化することと、意思決定後に柔軟に施策を実現できることが必要となる。特に事業部門の決断によるインパクトやリスクへのアドバイザリーを行うために、人事としてHRBP(人事ビジネスパートナー)の機能を充実させることは有用である。また、全社的なリソースの管理を担うHR CoE(人事専門機能)、これらの調整機関として人材育成委員会などの役割も重要となる。
5.おわりに
今回は人材ポートフォリオ・マネジメントの全体像と、三つの要素の連動を整理し、特に動的な運用を行うための人材ポートフォリオ区分のポイント、人材マネジメントの事例と推進体制・データ基盤について述べた。次回は動的な人材ポートフォリオの作り方について解説する。
高田健太郎 たかだ けんたろう PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 事業会社人事部門を経て現職。組織・人事領域のコンサルタントとして、組織・人材戦略策定、人事諸制度改革、人事部門変革、サクセッションマネジメント体系構築、各種トレーニング企画・運営など企業のさまざまな局面における変革・課題解決を支援している。直近に「ジョブ型人材マネジメントサーベイ2022」(『月刊人事マネジメント』2023年7月)、「事業戦略をドライブする『ジョブ型3.0』への進化」(PwC調査レポート、2023年)を執筆。 |
尾上浩介 おのえ こうすけ PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 国内電機メーカー人事部門、グローバル会計系コンサルティングファームを経て現職。人事制度構築支援をはじめ、中期経営計画における人事戦略策定、要員計画策定支援、サクセッションプラン構想策定・実行支援、組織再編に伴う人事・労務領域対応支援、人事・組織戦略領域全般のプロジェクトを担当。管理部門意識改革支援、経営意思決定の迅速化支援など意識変革系のプロジェクト実績も多数。 |