2024年05月15日掲載

HRBP-新たな人事機能の在り方 - 第1回 HRBPの役割・資質・マインド

山本陽二 やまもと ようじ
社会保険労務士法人パーソネル・パートナーズ 代表社員
人事コンサルタント/特定社会保険労務士

1.HRBP(人事ビジネスパートナー)とは

 企業経営において人事機能の役割が、あらためてクローズアップされている。これは「人的資本経営」や「人的資本の情報開示」の必要性が認知されてきたことに伴い、関心が高まっていることも要因であろう。従来の管理型人事機能から脱却し、経営戦略にリンクした戦略人事機能へと変革するなど、これまで経営企画室などのいわば人事専任ではない組織が担ってきた「人」に関する戦略を、人事のプロフェッショナルとしてCHRO(Chief Human Resource Officer、最高人事責任者)といった役割・機能を、大企業を中心に配置するケースが増えてきている。
 また、これまでの「集団」にフォーカスしたピープルマネジメントから、より「個」にフォーカスした取り組みが必要との認識が広がっている。そして、各組織の中で、この「個」に対応するための役割・機能としてHRBPの存在が注目されている。とりわけ大企業ではCHROとともにHRBP(Human Resource Business Partner、人事ビジネスパートナー)を配置し、連携した体制がみられるようになってきた[参考]。「個」の質的向上にはHRBPが中心となって、その役割を果たすべきであろう。さらに、各マネジャーの支援機能としての役割をも持つ。
 HRBPを置く理由をもう少し踏み込むと、人事全般(採用から退職まで)における諸課題にきめ細かく対応することが、労働力の質的向上につながり、生産性の向上に寄与するという発想が根底にある。例えば、心理的安全性が担保された組織、いわば自分らしくいられる職場環境下において個々の生産性や成果が高くなるという理屈は、人事担当者であればあまり異論のないところであろう。
 一方でHRBPが主体的に人事労務関連の諸課題を適切に解決するには、求められる能力や経験値も多岐にわたる。そして、事業全体を理解し、その計画の達成等に直接的・間接的に関与する役割として認知されるように存在感を示す必要がある。
 本連載(全4回)では、筆者の知見を基に、今後注目されるであろうHRBPが行うべき実務、そして必要な知識やスキルおよびマインド等に焦点を当てる。新たにHRBPに任命された方や人事担当者などに対し、HRBPの入門編として参考となれば幸いである。なお、本内容は、あくまで一つの事例として捉えていただきたい。

参考 HRBP(人事ビジネスパートナー)

 HRBPは、事業部の責任者のパートナーとして事業戦略の策定・実行を人事・組織の面から支援していく役割を担い、事業部門や本社人事などと連携しながら、 事業戦略の実現に向けてさまざまな人事諸施策を企画 ・ 実行していく。
 従来の「事業部人事」は、本社人事の決定事項を各事業部に展開・実行していったり、事業部の労務管理を担ったりする役割が多かったが、HRBPは事業部の責任者のパートナーとして独立した立場で、事業部門の人事戦略を策定・実行していく。
 労務行政研究所の「人事労務諸制度実施状況調査」(『労政時報』第4039号-22.7.22)によれば、HRBPを選任している企業は全体の2.7%で、規模別に見ると、1000人以上が5.7%、300~999人が2.5%となっており、規模が大きいほど選任率は高い。

2.経営に貢献する人事の四つの役割とHRBPの役割

 戦略人事を推進する上で重要なのは、それが生み出す価値や成果である。つまり、人事の職務や活動そのものではなく、あくまで期待される成果を上げること、そして、その成果が何であるかを明らかにすることが重要となる。これはデイビッド・ウルリッチ『MBAの人材戦略』(日本能率協会マネジメントセンター、1997年)から引用する。これまでの管理型人事から戦略人事へ転換することへの示唆があろう。同著では、その成果に対する四つの役割を提示している[図表1]。これは時間軸としての中長期的な取り組みと日常的な取り組み、一方で活動の軸として組織運営全体のプロセスに関わる活動と小集団や人材に関わる活動として区分している。

[図表1]競争力を備えた企業を築くための人事部門の役割

図表1

資料出所:デイビッド・ウルリッチ『MBAの人材戦略』(日本能率協会マネジメントセンター、1997年)に筆者が追記

 ここでは、この四つの役割を、戦略パートナー=CHRO、従業員チャンピオン=HRBP、変革推進者=CoE(Center of Excellence)、管理エキスパート=オペレーションズとして考えてみる。
 筆者は、HRBPの一番の役割は「従業員チャンピオン」になることだと考えている。あまり聞き慣れない言い回しだが、筆者自身の認識は「従業員のコーチ」を意味する。それは個々の従業員が抱える課題に耳を傾けたり、個の能力を引き出し、成果を出せるように働き掛けたりするなどの支援者を意味する。併せて、ライン管理者のピープルマネジメントを補完する。例えば、人材を「採用して終わり」ではなく、その人材が「基幹人材として組織に貢献する」ところまでをHRBPのミッションとする。そこまですれば、組織の長が人事機能に求める期待値や成果といえるだろう。
 もちろん、それだけでは物足りない。戦略人事に関わる人事機能としては、他の三つの役割にも価値や成果を生み出すために関与することが求められる。個にフォーカスしながらも、全体最適な運用を展開したり、あるいはプロセスを改善したりする。一方で、新たな企画の提案や制度化への支援も重要な役割となろう。それは人事機能に対して一気通貫で関与することといえる[図表2]。

[図表2]人事機能に対するHRBPの関与の仕方(一気通貫の関与のイメージ)

図表2

 HRBPの活動において「従業員チャンピオン」となるための業務の割合を一番多くするべきである。一般的なHRBPの定義としては、主に人事機能の側面から部門長や事業部長等の右腕として、事業計画等の達成に向けた支援が主なミッションといわれる。一方で、従業員はHRBPの主要顧客でもあるため、日々の活動に目を向ければ、従業員の良きアドバイザーとなり、パフォーマンスの最大化を支援することも求められる。

3.HRBPの資質とは

 HRBPには、どのような資質が求められるだろうか。
 まずは部門や部署の垣根を越えて、また階層に関わりなく働き掛け、関係構築ができるフットワークが必要で、縦横無尽に動くことが重要となる。
 一方で、HRBPとしては、個性や価値観などが異なるさまざまな従業員がいる中で、良好な信頼関係を構築する必要がある。そのためにも、高いコミュニケーション力はベースとなる資質として必要だ。さらに、より必要になるであろうパーソナリティについて、次の三つが挙げられる[図表3]

[図表3]HRBPに求められる資質

図表3

①高いロイヤリティ
 HRBPとして配置されたら、すぐにその部門を理解する行動をすべきである。まずは事業を率いる事業部長を理解する。そして現場に足を運ぶ、営業に同行する、従業員や管理職などと積極的にコミュニケーションを取る。そして、その部門の業務内容やそこから生み出される価値を自分なりに理解した上で、自らロイヤリティを高めることが必要である。
 自分が働く企業や組織へのロイヤリティがない、またはその感覚が醸成されていない者は、人事担当として不向きである。とりわけ、HRBPに配置することは難しい。なぜならばHRBPは組織の垣根を越えて、すべての従業員と接しコミュニケーションをすることが求められるからだ。人事担当者が会社を愛していないと、コミュニケーションにおける話の迫力や熱量に欠けるし、そもそも従業員との信頼関係を築きにくい。ひいては個々の内面に踏み込んだ機微な話もできないだろう。ロイヤリティの欠けたマインドは、たちまち従業員に見透かされてしまい、相手から信用を勝ち取ることは難しいだろう。
 なお、従業員から信頼を得ているか否かのバロメーターとして筆者が意識していたのは、退職の話を上司にする前にHRBPに相談に来るかどうかであった。多くの場合、上司に退職の話をするときは既に退職を決意しており、転職先を決めている場合が多い。一方、HRBPに相談に来る場合は迷っているケースが少なくない。つまり、まだ引き留められる可能性があるということで、退職を考えている問題の本質は何かを聞き込み、なにかしら手を打つこともできる。いうなれば、表面化しないリテンション活動だ。また、そうした相談内容から組織に内在する課題が浮き彫りになる可能性もある。その結果、原因を究明して的確な対策につなげることもできるだろう。問題が顕在化する前に解決するという地味な活動ではあるが、組織にとっては重要な成果といえる。もちろん、全部が全部うまくいくわけではないし、退職については、相手の意思をくんで引き留めないケースもある。従業員のキャリアに関する相談が、上司よりも先に来るか否かは、HRBPとしては自身の自尊心が高まるし、やりがいをも感じることにつながる。なにより従業員との信頼関係が構築できているという証でもあるのだ。

②公正で一貫性のある判断が常にできる
 これは人事全般にいえる資質でもある。就業規則や人事制度など人事労務を管理するルールや内規、ひいては慣習が組織には存在するが、この運用を進めるに当たり、どうしても矛盾が生じる場面が出てくる。人事評価は、その最たるものといえるだろう。部門・部署によっては好き嫌いで評価する、成果は上がっていないが頑張っているから加点するといった恣意(しい)的な運用も見受けられる。しかし、これらの理由は表に出てくることはない。一時的な感情による評価だからだ。そして、その結果、成果と評価結果が矛盾し、やがて仕事ができる人のやる気をそぎ、トラブルを引き起こすことにもなりかねない。「なぜ、あの人が評価されているのか?」といったように社内の七不思議になるのだ。そうした状況を防ぐためにHRBPにできることもある。人事評価が客観性に欠けると感じたら、HRBPが評価者をただせる存在になることだ。本来公正であるべき評価なので、評価者に言い分はあるだろうが、安易に同調してはいけない。
 一方で、情報提供によって評価者を支援することもできる。その際に取るべきスタンスは公正性と一貫性である。過去の評価を鑑みつつ、本人との面談や周囲からの見立てを参考に、そうした情報を踏まえてHRBPとしての評価を伝えるなど付加価値を創出する行動ができるように自らの役割を自覚して取り組んでいく。そのために従業員に対しても継続的なコミュニケーションを心掛け、個別の情報を収集しておくことを怠らないようにする。また、情報を定期的にアップデートすることで管理職にとって自分が気づいていない部下の価値ある情報を伝えることは、HRBPならではの役割といえるだろう[図表4]

[図表4]HRBPのコミュニケーションライン

図表4

③異質を消化する
 これまで従業員との信頼関係を築き、従業員の真の情報を得ることの重要性を説明したが、「言葉では分かる。でもなかなか難しい」というのが実情だろう。組織の中では自身と相性の合わない人材は多く存在する。価値観や考え方の違い、もっというと人間性の問題で合わない人材は多くいる。さらに権力を背景に圧力をかけてくる者もいる。しかし、人事は常に公正な立場で一貫性を担保しなければならない。権力に屈してはいけないし、好き嫌いで判断してはいけないのだ。
 一方、従業員にも思い込みがある。間違っていたら間違っていると指摘しなければならない。その意味ではHRBPは「組織の良心」と思われる存在となり、安定した態度でなんでも相談できる相手になることだ。そのためには、異質を消化するという資質も必要である。ここでいう「消化する」とは、脳内で異質を理解し、相手の立場で物が言える状態になり、一定の理解を示すことを指す。精神論的になるが、人事担当であれば、それができる素養を身に付けたい。人格者になれとまでは言わないし、すべてを受け入れろということでもない。相手の視点に立てる、そしてそれを態度や言葉で示した上で話ができること。さらには、対立構造ではなく、同じ方向を向きながら話ができると、おのずと信頼関係を築けるようになるはずだ。

4.二つのマインド(経営者と従業員)

 ここまでの解説では、どちらかというとHRBPは従業員寄りのスタンスにあるかのように感じた読者もいるだろう。しかし、言うまでもなくHRBPは経営管理機能の一部であり、事業部長や部門長の懐刀でもある。前述のとおり、事業計画等の達成において成果や価値を出さなければならない存在であり、組織貢献が最重要の任務である。
 一方で、人事や労務の課題を未然に防ぐことは周囲に見えづらいが、実はとても重要で大きな成果である。組織的な問題に発展する前に早い段階で火消しをする、問題を悪化させたり、拡散したり、長期化したりすることを防ぐことだ。したがって、HRBPの業務は従業員と接する時間を多くしなければならない。また、デスクワークよりもフィールドワークが多くなければ、生の情報は得られないし、信頼関係を築けないだろう。
 日常的には、できれば従業員とは対面でざっくばらんなコミュニケーションを心掛けたい。スケジュールを確認して、さりげなく話し掛けたりする。ふらっと立ち寄って雑談から話し始めるのもよい。もちろん意図を持ってアプローチするケースもあるし、たまたまそこに居合わせて話をする場面もあろう。
 逆に従業員から声が掛かるケースもある。敢えて常に誰かとコミュニケーションを取っているのが日常であることを周囲に認識してもらうようにすることで、HRBPとしての役割をより進めやすい環境に自ら整えていく努力も必要だ。オンラインミーティングも悪くないが、表情や空気感が把握しづらいので、その際はコミュニケーションミスを犯さないよう留意したい。重要な話はアポイントを取って行うことが重要なので、その点はうまく使い分けたい。定期的な面談としてスケジュール化すれば、相手の警戒心が解けてうまくいく場合もある。このようなことを考慮すると、大半の活動時間は従業員に傾けることになる。
 そう考えると、HRBPにおいて、何らかの課題を判断する際のスタンスや意識の割合は、会社側51:従業員側49のバランスが望ましいと言える[図表5]。本来、一貫性と公平性を追求していく上では50:50が理想なのかもしれないし、もっと会社側に軸足を置くべきとの意見もあるだろう。しかし、筆者の経験から言えば、ぎりぎりの判断がある場合を想定すると1%の差はあるべきと考えている。事業経営に貢献する人事としての機能であると同時に、従業員チャンピオンであることも忘れてはならないからだ。従業員に「人事って体制側の人だよね」と言われないようにすることも、HRBPにとって大切なことである。

[図表5]HRBPが判断する際のスタンスや意識の割合

図表5

プロフィール写真 山本陽二 やまもと ようじ
社会保険労務士法人パーソネル・パートナーズ 代表社員
人事コンサルタント/特定社会保険労務士

大手総合建設会社、米系医療機器、大手卸売業等の人事部門、直近においては社会保険労務士法人や人事コンサルティング会社の代表を経て現職。
一貫して人事・労務畑を歩み、人事戦略の立案、人事制度設計、教育、採用、労働問題等、幅広く経験を重ねる。事業内容を十分把握し、経営方針や企業風土を踏まえた上で、公平で一貫性のあるトータル人事コンサルティングの提供を心掛けている。