2024年05月17日掲載

Point of view - 第252回 スプツニ子!―女性の活躍・健康課題には “できる発想” で仕組みを変えて対応

スプツニ子! すぷつにこ
アーティスト、東京藝術大学デザイン科准教授、
株式会社Cradle 代表取締役社長

インペリアル・カレッジ・ロンドン数学科および情報工学科を卒業後、英国王立芸術学院(RCA)デザイン・インタラクションズ専攻修士課程を修了。RCA在学中より、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた映像インスタレーション作品を制作。2013年、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教授に就任しDesign Fiction Group を率いた。2019年、DE&I推進を掲げて株式会社Cradle(クレードル)を起業、CEOを務める。

「うちの会社では難しい」──ちょっと待って

 「女性支援のニーズが把握しづらい……」「女性特有の健康課題といわれても、何をすべきか分からない……」といった声は、女性活躍やダイバーシティの話題の中でよく聞く話です。加えて、「女性の健康支援は分かるけど、そういうのは大企業だからできるのではないのか??」といった声も耳にします。
 2024年2月発表の経済産業省の推計結果によれば、月経随伴症や更年期症状といった女性特有の健康課題による労働損失等の経済損失は、社会全体で約3.4兆円に上るといいます。また、2018年3月発表のデータではありますが、勤務先で女性特有の健康課題や症状で困った経験がある女性従業者の割合は51.5%であり、「女性特有の健康課題・症状が原因で職場で何かをあきらめた経験」のある女性従業者は42.5%で、若い人ほど「昇進や責任の重い仕事につくこと」を諦めた経験があると同省の実態調査報告書に記されています。
 このように、女性の健康課題は、直接的に女性の生産性に影響を与えており、喫緊の要対応テーマであることが分かります。となれば、人材不足や採用難で苦労している中小企業ほど、女性のパフォーマンスが上がるかどうかは組織全体の生産性にダイレクトに影響を受けるはずです。「大企業だからできるのでは」と言うのは、さてどうなのでしょう。

データで気づく。気づくことで変わる

 これまでの従業員に対する健康支援は、「メタボ予防」や禁煙サポートなど、言ってみれば男性中心のものでした。女性の健康支援は “ニッチ領域” 扱いされやすく、生理痛は仕方ないものと思い何十年も我慢してきたような女性が多いのが実情です。
 私は今から約15年前の2010年に、男性が生理痛を疑似体験し、痛みに苦しむ様子を描いた映像作品「生理マシーン、タカシの場合。」を発表しました。多くの方に考えてほしいと思って制作したものでしたが、その当時は英語圏でも生理の議論があまりなかったこともあり、そもそもこの作品を公開することの是非を問う声のほか、寄せられた意見や議論の中にはいささか子どもっぽいと思われるものもありました。しかしながら、今は英語圏では生理に関する支援が当たり前。日本においても、健康経営などをきっかけに、人事マターとして生理の問題をはじめとする女性の健康支援にスポットが当たってきています。
 「ニーズが把握しづらい」「何をすべきかよく分からない」といった話も、上述のような「3.4兆円」「51.5%」といったデータで現実を知ることを機に、多様な人が働くためには女性の健康支援が大事であるという理解が進めば、おのずと解消するはずです。後ろ向きなマインドを変えるには、こうしたデータや改善事例を示し、皆さんに知ってもらうのが一番です。
 例えば、女性の健康に関する研修・セミナーを開催し、参考資料として参加者に下記のような調査データや事例を示すとともに、受講者にアンケートを取ってみるのもよいでしょう。どんなことでつらかったかなど、今抱えている悩みを結構書いてもらえます。

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資料出所:経済産業省「健康経営における女性の健康の取り組みについて」(2019年3月)を基に筆者作成

 生理や更年期障害などのテーマは、プライバシーを気にする人もいますので、オンラインセミナーの中で扱ったほうがよいでしょう。当社では最近、男性の更年期障害や健康課題に関する研修・セミナーに対する要望を頂くことも増えています。「人事の次のホットトピックはこれでは?」と思うほどです。男性に関するテーマも掲げることで、男性にも女性にもオープンになり、健康課題に関する理解や支援がさらに進みます。
 女性が健康で働くことに、誰も反対はしません。女性が生き生きと働くことで、健康経営につながり、生産性の向上にもつながる。非常にシンプルなことだと思います。

「男性 vs 女性」ではなく「昭和 vs 令和」

 「ダイバーシティの推進って、男性に対する逆差別じゃないのか」といった否定的な声も聞かれます。その背景には、ダイバーシティ推進に対する「男性 vs 女性」的な捉え方があるからだと思うのですが、こうした認識は誤りと言えます。
 いまや若い世代・子育て中の男性は、「共働き派」がマジョリティーです。彼らは家事にも育児にもかなり取り組んでおり、保育所へのお迎えに男性の姿があるのは日常的な光景です。女性のみならず若い男性にとっても、かつてのような働き方はもはや受け入れられません。
 ダイバーシティを進める上での壁は、「男性 vs 女性」ではありません。「昭和 vs 令和」なのです。少し前までは “育児をするのが女性” であったため、「男性 vs 女性」の問題と思われがちですが、働き方の部分でも、女性の活躍や健康課題を考える上でも「昭和 vs 令和」の関係性を意識すべきです。この頭の切り替えがないと、いつまでたっても話が進まないどころか、今度は「専業主婦の女性と結婚した男性(昭和)」と「共働きの男性(令和)」の間で溝が深まることになります。

「構造的な差別」を理解し、仕組みを変える

 せめてこれだけでも覚えておいてほしいと私がいつも言っているのが、「構造的な差別」の存在です。
 性別・人種・障害といった面で不利な状況に置かれている方がいても、社会全体あるいは企業における働き方の “構造の偏り” の中にいると、周囲はその状況・存在・行動に気づくことは難しい。会社において女性の健康課題がほとんど意識されてこなかったのは、これまで意思決定層に女性が少なかったからであり、悪意があったわけでも差別意識があったわけでもありません。この構造的な差別の裏に隠れて “ニッチ領域” 扱いされてしまったことが一因だと思います。
 意思決定層に女性が少ないと、女性の多くが悩んでいるテーマがどうしても後回しになってしまいます。 “構造” を認識し、根本を理解しないと分からない、あるいは見えないことが多いのです。それゆえ、経営者や人事の方を前にするときには、いつもこの話を最初にするようにしています。
 「昔は良かった」「昔は何でも言えた」などと言ったりするのも、おそらく “構造的な偏り” が見えていないからでしょう。逆の立場を想像し、根の “構造” を理解するだけで、そうした考えはきっと変わります。
 “構造” を変えることができるのは、管理職や経営層、人事・HRといった “仕組みをデザインする側” です。ここに多様な視点が入ってくると、 “会社の構造” もグッと変わってきます。
 DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)における「エクイティ」とは、 “構造的な偏り” を是正することでもあります。ダイバーシティでも、ウェルビーイングでも、イノベーションでも、仕組みを変えることが重要です。

魅力的な会社になるためにも “できる発想” で!

 「生理マシーン、タカシの場合。」を発表してから約15年。 “15年かかった” というより、 “たった15年で今のような動きになった” というのが私の感想です。当時、「ダメだ、ダメだ」と絶望していたら、今のこのような変化はなかったかもしれません。
 人事の方と話をしていると「できる発想の人」と「できない発想の人」がいると感じます。「ウチの会社は後ろ向きで……」「ウチの場合はこうで……」など後ろ向きなフレーズがつい口に出る、 “できない発想” の人事パーソンからは、その会社の魅力を感じませんし、良い人材は集まってこないでしょう。いつまでも昭和的な感覚でいれば、ダイバーシティや女性の活躍・健康推進どころか、社会からも完全に後れを取ってしまいます。
 そうはいっても会社を変えるのが難しい──ということであれば、まずは分かってくれる人を社内で少しずつ集め、徐々に増やしていくという感覚で取り組むのがよいでしょう。初めはミニサイズからでいいので、着実に広げていく。楽しくワクワクと、そして結果も出すというポリシーを社内(時には社外)にアピールすれば、自然と輪が広がるものです。
 変化への反応が鈍い層をおもんぱかるのではなく、そうした層も一緒に前に進むよう背中を押してあげる。それが人事パーソンの役割ではないでしょうか。どうすれば実現できるかを常に考える “できる発想” のほうが、解決の糸口が早く見えるはずです。
 魅力的な会社になるためにも、ぜひ “できる発想” で、「できる! できる!」と思って取り組んでいただければと思います。