2024年05月23日掲載

企業変革を実現する人材ポートフォリオ・マネジメント戦略 - 第3回 人材ポートフォリオの策定方法

吉永裕助 よしなが ゆうすけ
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー

1.はじめに

 今回は、「動的な人材ポートフォリオ」の策定方法について紹介する([図表1]の赤の太枠に該当)。
 人材ポートフォリオの策定自体は、必ずしも新しい方法論ではない。経営戦略・事業戦略から必要人材を検討すること、人材区分ごとに人材の質・量をマネジメントすること、As Is/To Beギャップを基に人材調達や代謝戦略を策定・実施することは、既に多くの企業で取り組んでいる。では、「なぜ今、日本企業の多くが、人材ポートフォリオ・マネジメントに課題感を持ち、事業変革が進んでいないのか?」ということである。
 日本企業は、伝統的に終身雇用に基づき “人材ありき” の戦略・組織運営を長く続けてきた。最近では、戦略に基づいた職務設計を前提としたジョブ型人材マネジメントを取り入れる企業が増えてきているが、実態は、制度は変えたものの、いまだ “人材ありき” の配置になっており、職務に必要な人材調達(採用や配置、育成等)が戦略的にできていないなど運用面でさまざまな課題を抱えているケースが多い。つまり、戦略に基づき、職務を設計し、それに基づいて必要な人材の質・量を検討し、それにのっとって人材マネジメントを行う組織運営への体質変革が道半ばの企業がほとんどである。これが人材ポートフォリオ・マネジメントに課題感を持ち、事業変革が進んでいないことの本質的な課題である。
 人材ポートフォリオ策定の大前提は、企業としての組織運営や人材マネジメントの在り方を明確にし、組織・人材の体質を変革することである。「動的な人材ポートフォリオ」の策定は、その中の一つの手法論ということを忘れてはならない。とはいえ、人材ポートフォリオの策定で苦労している企業が多いのも現実であり、その策定の方法やステップごとの大事な点をまとめているので、参考になれば幸いである。

[図表1]人材ポートフォリオ・マネジメントの全体像

図表1

2.「動的な人材ポートフォリオ」策定のステップ

 「動的な人材ポートフォリオ」策定とは、経営戦略・事業戦略を実現するために目指す人材ポートフォリオを具体化し、現在の人材ポートフォリオから機動的に組み替えていくための施策を策定することである。策定のステップを大別すると、四つのステップに分かれる[図表2]

①ゴール・スコープの明確化と情報整理

②必要人材の質の具体化

③必要人材の量の試算

④人材ポートフォリオの組み替え施策の検討

[図表2]「動的な人材ポートフォリオ」策定のステップ

図表2

 では、四つのステップに沿って、検討方法について紹介していこう。

①ゴール・スコープの明確化と情報整理
 第1回で述べたとおり、動的な人材ポートフォリオ策定に取り組む背景は、事業構造の転換、専門領域の強化の二つに大別できる。前者であれば、拡大事業・縮小事業を含む形で人材ポートフォリオを作成し、人材調達や再配置、代謝戦略の検討を行い、事業構造の転換を実現することがゴールになる。後者であれば、事業をドライブさせる特定の専門領域に限定した人材ポートフォリオを作成し、主に人材調達戦略の検討を行い、事業をさらに成長させることがゴールとなる。
 このように、背景・目的により、事業活動上のゴールや人材の検討スコープが異なる。そのため、動的な人材ポートフォリオ策定の第一歩は、戦略に基づき、事業上のゴールや検討する人材のスコープを明確にすることである。
 次に、事業上のゴール実現に必要な人材ポートフォリオを検討するため、検討に必要な情報を整理することが必要となる。事業上のゴールを事業成果とすると、投入する資本とその生産性のかけ算になる[図表3]。本来的には、人以外の資本も加味する必要があるが、議論を単純化するため、ここでは投入する資本は人材ポートフォリオとする。

[図表3]事業成果と人材ポートフォリオの関係

図表3

 事業成果である収益目標・予測、投入資本である人材ポートフォリオ、そして生産性目標・予測は、[図表3]のような関係性で整理できる。この関係性に、As Is/To Beの時間の概念を加味し、将来の事業成果をX、将来の人材ポートフォリオをY、将来の生産性をZとし、整理すると[図表4]になる。

[図表4]As Is/To Beの事業成果と人材ポートフォリオの関係

図表4

 動的な人材ポートフォリオ策定のためには、To BeのX=Y×Zの関係から、将来の事業成果(X)と将来の生産性(Z)の変革シナリオと、それを定量化した目標・予測値を設定し、将来の人材ポートフォリオ(Y)を明確にする必要がある。そして、将来の人材ポートフォリオ実現に向けた施策を具体的に検討するためには、[図表4]の現状の人材ポートフォリオに対し、何も手を打たない場合の成り行きの人材ポートフォリオ(Y)の予測が必要になる。この変革シナリオと成り行きシナリオの2点について、大事な点や具体的な進め方を紹介する。
変革シナリオとX、Zの目標・予測設定
 変革シナリオとX、Zの目標・予測値の設定で大事なことは、定量的な根拠、かつ現実的なシナリオを設定することである。そのために、内部・外部ベンチマークによる定量データを活用し、何をどこまで変えるのかを具体的に設定することが重要である。そして、現場の実態の定性情報なども踏まえ、経営企画や事業部門など人事部門以外とも議論を重ね、変革ストーリーがイメージできる数値を設定することが必要不可欠となる。また、目標・予測値は、その後のシミュレーション時に、改めて議論・修正することも念頭に置き、正確さを追求するのではなく、まずは関係部門と協議・合意することに大きな意味がある。関係部門と協議・合意できていない変革シナリオは実現可能性に乏しく、その人材ポートフォリオは「絵に描いた餅」になりかねない。
成り行きシナリオの予測
 現状の人材ポートフォリオは、意図的な組み替えをせずとも、離職や定年退職、昇格等により経年で変化する。そのため、人材ポートフォリオを動的に組み替える具体的な施策を検討するためには、成り行きで変化した場合の人材ポートフォリオと比較し、どのような施策で、意図的にポートフォリオを組み替えていくかを検討する必要がある。成り行きの人材ポートフォリオは、現状の人材ポートフォリオに対し、従業員の年齢やこれまでの離職率、昇格率、採用数などを活用して試算する。

②必要人材の質の具体化
 人材の質とは、人材タイプとレベルで定義される。必要人材の質を具体化する上で大事な点は、現在の情報をできる限り有効活用することである。等級制度により、職群や職種、等級などで人材は区分されており、ほかにも人材情報からスキルや志向性などで区分が可能である。これらの現状の人材情報から乖離(かいり)したものを作成すると、現在の人材情報でTo Beの人材区分ができない、As Is/To Beの比較が困難になるなど、デメリットが大きくなるため、現状の人材区分と乖離し、将来の事業からゼロベースで考えるか否かは慎重に検討したほうがよい。もちろん、必要人材の多くが現状の人材区分と合致しない等の理由から、将来の事業から検討が必要なケースもある。その場合は、As Isとの比較検討をどのように行うか、現状の等級制度の変更を前提としてよいか、人材を区分するための人材情報の整備はどうするかなど、ゼロベースで検討する際の影響や対応を検討して進めないと、具体的な施策に落とし込む段階で、抽象的な議論・検討になってしまう。
 人材タイプとレベルの具体的な検討の進め方としては、第2回で述べたとおり、経営・事業戦略のカギを握る人材の人物像を明確にすることがポイントであり、以下の三つの観点で検討を行うとよいだろう。

変革シナリオ実現のためのバリューチェーンの重要な変革課題はどこか

バリューチェーンの変革課題を具体化・定量化すると、付加価値や生産性を測定する指標や目標値はどのように変える必要があるか

上記を踏まえ、人材の質・量における変革課題はどのようなことか

 これらの観点から、現状の人材区分に対し、新しく設定が必要な区分や、より細分化することが必要な区分など、人材区分の修正点を明らかにする必要がある。また、人材の量においても、シミュレーションする前に、課題感を検討しておくとよいだろう。

③必要人材の量の試算
 人材の量とは、人材区分ごとの要員数である。必要人材の量の試算で大事な点は、シミュレーションで算出した要員数は、あくまで議論のための数値ということである。収益や生産性の目標・予測は、本来は、市況や人的資本以外などの各要素が複雑に関係し合っている。そのため、それらの複雑な構造を反映したロジックを作成し、数値の正確性を追求することには限界がある。したがって、いくつかの前提を置いた上でシンプルなロジックを作成し、シミュレーションした数値を基に議論を重ねて結論を出すのがよい。必要人材の量を具体的に試算するためには、変革シナリオを踏まえ、人材区分の生産性指標やその目標値の設定がポイントになる。例えば、営業人材であれば1人当たりの売上高、間接人材であれば1人当たりの対応人数(全従業員÷該当部門従業員)などが例として挙げられる。この設定ができれば、後はシナリオ別の収益目標・予測(X)や生産性目標・予測(Z)を活用し、シミュレーションを行うことができる。ロジックの作成は、前述したとおり、できる限りシンプルにすることをお勧めする。

④人材ポートフォリオの組み替え施策の検討
 人材ポートフォリオの組み替え施策の検討において重要なことは、複数の変革シナリオによる将来人材ポートフォリオと成り行きシナリオの比較を行うことである。なぜならば、複数シナリオを比較検討することにより、いずれにも共通する重要な課題や、特定の条件付きの課題など、優先順位ができるからである。その上で、第2回[図表3]人材ポートフォリオのギャップに対する施策で紹介したとおり、人員不足または人員余剰の人材区分の特定と、それを解消するための人材の内外調達、再配置や代謝の具体的な施策を検討することになる。
 また、人材調達のためには、従来の人事制度(特に等級制度や報酬制度)では調達が難しいケースも想定される。その際には必要人材の検討に基づき、人事制度の改定も見据えた準備が必要になる。このように、人材ポートフォリオの組み替え施策では、短期的な人材調達や代謝戦略と中長期的な人材マネジメントの仕組み・体質の変革の両面から行うことを忘れてはならない。

3.おわりに

 本稿では、「動的な人材ポートフォリオ」の策定方法や各ステップでの大事な点について紹介した。しかし、冒頭で述べたとおり、表面的な手法論として取り組むのではなく、企業としての組織運営や人材マネジメントの在り方、そこに向けた組織・人材の体質変革という本質的な課題に目を向け、人材ポートフォリオ・マネジメントの全体像をどう描くかが重要であることは、繰り返しお伝えしておきたい。
 そして、人材ポートフォリオ・マネジメントや、本稿で紹介した人材ポートフォリオ策定には、さまざまな経営管理情報や人材情報が必要となる。次回は、人材区分を定義する有効な人材情報である「スキル」に着眼し、スキルマネジメントによる人材変革をテーマとして取り扱う。次回も期待いただきたい。

プロフィール写真 吉永裕助 よしなが ゆうすけ
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
コンサルティングファーム2社を経て現職。約20年にわたり組織・人事領域のコンサルティングに従事。組織・人材戦略、人事制度改革(等級・報酬・評価制度の設計および導入支援)、シニア社員制度設計、役員報酬制度設計、M&Aに伴う制度統合、人的資本経営・開示、リーダーシップ要件作成・開発、エンゲージメント向上活動など、幅広い領域の支援実績多数。