2024年05月23日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第18回 改正キャリアコンサルタント倫理綱領 ~組織でのキャリアコンサルティングにおけるキャリアコンサルタントの拠り所などを追記~

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.はじめに

 2024(令和6)年1月1日、キャリアコンサルタント倫理綱領が改正された。
 その名のとおり、キャリアコンサルタントおよびキャリアコンサルティング技能士が遵守すべき倫理事項をまとめたものである。国が制定したものではなく、キャリアコンサルタントの資質向上、キャリアコンサルティングの普及啓発などに取り組む「特定非営利活動法人キャリアコンサルティング協議会」※1が取りまとめた。
 キャリアコンサルタントについては、職業能力開発促進法30条の27において、信用失墜行為や不名誉行為、業務に関して知り得た秘密の漏洩(ろうえい)・盗用などが禁止されている。それだけでなく、この規定に違反した場合は、キャリアコンサルタントの登録取り消し等の対象とされている(同法30条の22第2項)。倫理綱領は、キャリアコンサルタントたちに、これらを上回る姿勢、態度、行動を求めるものである。
 この倫理綱領は、キャリアコンサルタントにとって活動の指針・()り所となるものだが、キャリアコンサルタントを活用する側である人事パーソンにとっても、彼ら彼女らが留意していることや、組織の中で働く労働者からの相談に対するスタンスを知ることができるなど、役に立ちそうだ。
 今回の改定内容は、①社会的背景や今日的な課題への対応、②組織で活動するキャリアコンサルタントが留意すべきこと、の二つである。内容が大きく変わったわけではないが、後者に関しては、かなり追記がなされている。本稿では、倫理綱領策定から今回の改定までの世の中の動きを振り返った上で、組織での活動に関することに重点を置いて考察したい。

※1 キャリアコンサルタントを養成する団体、能力評価試験を行う団体およびキャリアコンサルティングの実践・研究等に関わる団体が相互に協力して、キャリアコンサルタントの資質確保活動とキャリアコンサルティングの普及啓発活動を行うことを目的として設立された団体。国家資格「キャリアコンサルタント」の厚生労働省登録試験機関、登録機関。国家検定キャリアコンサルティング技能検定の実施機関。

2.2016年の倫理綱領策定から今回の倫理綱領改定まで

 最初に、国家資格化とともに「キャリアコンサルタント倫理綱領」が策定されてから、今までを振り返ってみたい。今や当たり前となったことの中にも、この間に始まったことが数多くあることが分かる。
 例えば、内閣総理大臣を議長とする「働き方改革実現会議」が設置されたのは2016(平成28)年9月である。当時は、多様な人々が力を発揮できるようにするという意味合いで「一億総活躍」などといった言葉もよく聞かれた。同年には、ベストセラーとなったリンダ・グラットンらの著書『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』が刊行されている※2。「人生100年時代」は、時代を語るキーワードとなった。2020(令和2)年からのコロナ禍は、働く人々に大きな影響を与えた。DXの活用、テレワークの拡大など、働き方の変化を大きく加速させた。
 今、人事界隈(かいわい)で最もよく聞かれる言葉の一つとなっている「リスキリング」は、2020年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で打ち出された「リスキリング革命」が始まりである。人的資本経営という言葉もよく聞くが、国際標準化機構(ISO)が「人的資本に関する情報開示のガイドライン(ISO30414)」を公表したのは2018(平成30)年12月、経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表したのは2020年9月である。

※2 米国での刊行は2016年6月、日本語版の刊行は同年10月である。

3.社会的背景や今日的な課題への対応

 2023(令和5)年12月に厚生労働省が公表した「キャリアコンサルタント登録制度等に関する検討会報告書」によると、こうした社会の変化を背景に、キャリアコンサルタントへの期待は高まり、その責任はより重くなったという。さらなる倫理観が求められるようになったことを受け、今回改定された倫理綱領では、キャリアコンサルティングの重要性の高まりや、多様性の尊重などについて追記されたほか、自己研鑽(けんさん)の項には、最新の情報技術の修得・活用に関することなども追記された。

4.組織で活動するキャリアコンサルタントが留意すべき倫理

 働く人がキャリア形成に取り組もうとしても、個人の力だけでは限界がある。そのような中、キャリアコンサルタント登録者数は増え、とりわけ、企業領域など組織で活動するキャリアコンサルタントが増えている。労働者のキャリア形成を考えれば喜ばしいことだが、従業員のニーズと企業のニーズは同じではない。組織としては、キャリアコンサルタントたちがどんなことをしているのかなど、気になるのではないだろうか。
 組織との関係については、従前から重要事項の一つとされており、今回の倫理綱領でも、従前の記載を踏襲し、「相談者に対する支援だけでは解決できない環境の問題や、相談者と組織との利益相反等を発見した場合には、相談者の了解を得て、組織に対し、問題の報告・指摘・改善提案等の調整に努めなければならない」とされている。
 こうした中、今回の改定では、組織におけるキャリアコンサルタントの守秘義務、説明責任、多重関係についての記載が追記された。順に見ていこう。

[1]組織で活動する中で守秘義務はどうなるのか
 キャリアコンサルティング関係を成り立たせるためには、相談者が安心して自己開示できなければならない。話したことが他人に漏れないという信頼と安心感が必要であり、これが脅かされてはキャリアコンサルティング関係そのものが成り立たない。
 一方、組織における能力開発・人材育成・キャリア開発・キャリア形成に関する支援を行う中では、本人の同意を得た上で、本人から知り得た情報を基に、これを行う場合もあり得る。今回、プライバシーに配慮し、関係部門との連携を図る等、適切な対応を行わなければならない旨、追記されたことにより、扱いが変わるわけではないが、支援を行いやすくなることが期待される※3

※3 守秘義務の遵守については、①キャリアコンサルタントと相談者の信頼関係の構築、②個人情報保護という二つの観点から考える必要がある。①は本文で述べたとおりである。②については、個人情報保護法27条1項2号では、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難」(大規模災害等の緊急時の場合)など例外的に提供が認められているものを除き、個人情報取扱事業者は、本人の同意なしに個人データを第三者に提供してはならない旨が定められている。

[2]外部のキャリアコンサルタントの組織への説明責任をどう考えるか
 キャリアコンサルティングを行う場合は、相談者のほか、組織と契約している場合は、組織に対しても、キャリアコンサルティングの目的や範囲、守秘義務などについて説明し、同意を得ることが必要である。
 今回の改定では、組織がキャリアコンサルティング業務を委託している場合の説明責任についての記載が追記された。
 組織が業務を委託している場合は、委託業務である以上、何らかの報告をする必要がある。労働者からの相談内容を集約して伝えることが期待されているような場合もあるだろう。また、企業には、労働者の健康管理義務等が課されている(労働安全衛生法66~71条の4)し、労働者の職業能力開発への援助が義務づけられている(職業能力開発促進法4条1項)。
 その一方で、先にも述べたように、守秘義務はキャリアコンサルティング関係成立の重要な要件である。これを考えると、キャリアコンサルティング業務の委託・受託に当たっては、まず、守秘義務があることを確認することが必要である。その上で、実際に面談を行ってもらう前に業務を委託した部署とキャリアコンサルタントの間で、あらかじめ求められる役割や情報の取り扱いに関するルールを確認しておくことが必要である。このことが広く知られるようになれば、キャリアコンサルタント活用に当たっての安心感が増すだろう。

[3]組織内キャリアコンサルタントにありがちな相談者との多重関係をどう考えるか
 キャリアコンサルタントが組織内の者である場合、キャリアコンサルタントという立場のほか、知人や先輩、人事部門に属する者など、別の立場を有することも考えられる。
 相談する側としては、安心できる反面、どんな気持ちで相談してよいのか、組織のことばかり考えて自分のことを考えてくれないのではないか、など気になることもありそうだ。組織の側としても、相談者の言うことばかり聞いて組織にとって都合の良くないことにならないか、心配に思うようなことが考えられる。
 今回の改定では、キャリアコンサルティングに当たって立場を明確にする旨も追記された。面談を行うキャリアコンサルタント自身にとっても、立場が曖昧なままだとやりにくいだろう。キャリアコンサルタントとしての立場で相談に乗っていることを明確にし、相談者、組織双方に対し、友人として相談に乗ったり、組織の命を受けて考えを変えさせようとしたりしているのではないことを示すことが必要である。

5.おわりに

 今回の改定は、社会の変化に対応し、企業領域で活動するキャリアコンサルタントの増加に対応しようというものである。
 キャリアコンサルタントには、1対1で従業員と面談する人といったイメージがあるが、実際には、従業員が抱える個々の問題の中から、その背景にある課題を発見し、企業にそれを適切に伝え、改善に向けた提案を行うことも、キャリアコンサルタントの重要な役割である。組織、キャリアコンサルタントが、互いに理解し合い、信頼関係を深めていくことにより、さらに踏み込んだ支援ができ、成果を上げていくことを期待したい。

【参考文献など】

・キャリアコンサルタント倫理綱領(旧版)
https://www.career-cc.org/files/2016_rinri.pdf

・キャリア・コンサルタント行動憲章
https://www.career-cc.org/files/archives_kodokensho.pdf

・キャリアコンサルタント倫理綱領(令和6年1月1日改正)
https://www.career-cc.org/files/rinrikoryo20240101.pdf

・キャリアコンサルティング協議会について
https://www.career-cc.org/conference/

・キャリアコンサルタント倫理綱領改定説明動画について
https://www.career-cc.org/news/news000707.html

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会専務理事、人材育成学会常務理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科兼任講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

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