山本陽二 やまもと ようじ
社会保険労務士法人パーソネル・パートナーズ 代表社員
人事コンサルタント/特定社会保険労務士
1.CHROとのすみ分け
経営課題の上位には「人材」に関わるテーマがよくみられる。永遠のテーマでもあろうが、特に現下の経営環境では人材獲得競争の激化や、さらなる人材の流動化が進むことへの懸念が大きいからとも推察する。業務効率化を進め、労働生産性を高める。そして、より個々のパフォーマンスを伸長させ、少数精鋭化を目指す方向性が想定される。
優れた経営戦略を立案して実行・実現するのはやはり人材であり、とりわけ優秀な人材を確保して、その能力を育成・発揮させ維持する。そのための中長期的な施策の立案と実行が求められる。
「収益性や売り上げ・シェア拡大のための差別化」を図る経営戦略と同時に、それを実現するための「人材の差別化」が重要な視点であろう。「組織・人事領域における経営課題」[図表1]の調査では、「経営戦略と連動した人材戦略の策定と実行」が34.2%と最も高くなっており、その重要性がうかがえる。
[図表1]組織・人事領域における経営課題(三つまで複数回答)
資料出所:一般社団法人日本能率協会「経営課題調査(組織・人事編)2023」
この戦略立案と推進は、主にCHROの役割となるが、一方でHRBPも重要な役割を担う。HRBPは事業部の現状と方向性、日常的な現場の声や職場の環境などについて、よく把握した上で的確な情報を事業部長のみならず、CHROとも共有する必要がある。その上で描かれた人事戦略を事業計画とリンクさせながら効果的に運営しなければならない。人事戦略を事業部や現場に落とし込み、推進・浸透させるのがHRBPの大きな役割である[図表2]。
[図表2]CHROとHRBPの目標と役割
職位 | 目標(共通) | 役割 |
CHRO | 成果を出し続ける強い組織づくり | ・人事戦略立案と全社的な推進 |
HRBP | ・人事戦略立案支援と現場への浸透 ・事業部人事戦略の立案と推進 |
2.人事戦略との向き合い方
人事戦略に関して、やや違った視点からその特性について論じる。おそらく人事戦略は、経営戦略よりもその進捗過程において流動性が高く変化が起きやすいものと認識している。なぜなら人材は多分に制御できない部分があり、しかも突然その状況が起こり得るからだ。したがって、アジャイル(状況の変化に素早く対応すること)に適応していかなければならないと理解しておく必要がある。
人材に関する不測の事態は多々ある。例えば、人間関係のすれ違いからくる士気の低下、長時間労働に起因するメンタルヘルス不調と休職、休職期間満了による退職。ローパフォーマー対応、不祥事等による懲戒処分、長期にわたる私傷病、転職に伴う優秀人材の離脱など、人材に関わる労務リスクは多種多様だ。余談になるが、かつて同じ部署にいた先輩は、経営学修士(MBA)留学にも選抜され、将来の幹部候補として嘱望されていた。しかし、社内のハラスメントによりメンタルヘルス不調に陥り、休職したものの結果的に復帰できなかった。会社は、予見できない結果から後継者育成計画の見直しを迫られることになった。
また、ビジネス遂行上のリスクもある。例えば、新規事業へ優秀人材を投入したものの計画が頓挫したり、逆に人材の供給が間に合わずにビジネスチャンスを逃したりするケースでは、緊急に人員の調整に取り組まなければならないこともある。
HRBPは、これらの事象による実害が発生する前に対処できるよう情報を早期に入手できるようにしておくことが必要だ。
予見不可能な事態が起これば、人事戦略どころではなくなり、まずは目先の火消しに対応せざるを得ない状況となる。いつしか人事戦略が煙のごとく立ち消えになることもありがちだ。このようなことにならないよう、常に予期せぬ事態や緊急の状況に対処できる意識を保持しておきたい。
事業部の人に関わるすべての事象に対して、HRBPは責任を持って対処しなければならない。そして、組織活動への影響を最低限に抑えることが必要となる。
上記のことから分かるように、人事戦略は計画どおりに進捗しないと考えていたほうがよい。常に変化があって、その都度、問題解決が求められることを許容する姿勢が必要だ。しかし、これは戦略を立てることを否定するものではなく、軌道修正しながらも目標地点はきちんと見据えておくことが重要である。繰り返しになるが、HRBPは常にこの制御不能の中で人事戦略を遂行しなければならないことを肝に銘じておきたい。
3.人事ポリシーの有効性
HRBPが人事業務を遂行する上で、実務上の一貫性を担保するために人事ポリシーを定めておくことが望ましい[図表3]。人事ポリシーとは、人材マネジメントにおける方向性や施策の立案・推進における基本的な考え方(基準)であり、かつ組織や人材に対する組織の在り方を示した大方針でもある。
[図表3]人事ポリシー(イメージ)
例えば、一般的に人材マネジメントでは、人事制度や就業規則など一定のルールが存在しており、それに従って運用される。しかし、時に運用で判断に迷うときが出てくる。その都度、逐一細部まで決めることや記録に残すことは少なく、その場その時で判断しているのではないだろうか。筆者が人事担当だったときも、どちらとも取れる事象に対して判断を迫られる際に拠り所となる先例がなくて困ったときがあった。人事ポリシーは、人事業務を遂行する上で一貫性を担保するための基準であり、HRBPにとっての行動指針にもなる。
また、管理職に対して人材マネジメントの一定の教育(新任管理職研修等)は実施するものの、実際に現場での指導の場面では、管理職による個別・独自の考え方(あるいはそれまでの経験則)による判断に委ねられることが多い。そのことが部下の成長に直接的に影響するため、何かしら指導上の行動指針の存在が望まれる。少なくともHRBPが管理職から部下指導に関する相談を受ける際に、人事ポリシーに基づいた指導ができれば一貫性は担保されやすい。
例えば、ある上司の下に優秀な人材が配属されたが、その部下に対する上司の評価は低かった。そこで、部下の社員にヒアリングしてみると、どうも関係性が良くないことが分かった。その上司も優秀なのだが、マイクロマネジメント(必要以上に細かく指示を出す管理スタイル)をしてしまうことで、部下のほうが萎縮してモチベーションが低下している様子だった。上司と話をすると、今までのやり方を踏襲しているだけであり、悪いことをしたという自覚はない。このような場合はどう修正すればよいだろうか。
もし人事ポリシーに「挑戦」を促進するようなワードがあれば、管理職のマネジメント支援において、部下の成長を支援するためにチャレンジすることを推奨し、仮に失敗してもチャレンジ自体を評価すること。そして、大胆な権限委譲をするなどのアドバイスが連想される。その上司が聞き入れるかどうかは、HRBPの力量にもよる。仮に聞き入れても一朝一夕とはいかないが、上司の指導に一石を投じることで、より良いマネジメントに一歩でも近づけられるからだ。HRBPもチャレンジしてほしい。
良い管理職を育成することは、組織にとって重要なテーマである。そのためにも、HRBPが管理職の人材マネジメントの在り方に助言や指導をすることは、さらに重要な使命でもある。組織力強化でも、人事ポリシーは有効な拠り所になるだろう。
4.やる気にさせるマネジメント
HRBPを選任する際には、そのビジネス現場の経験者か人事経験者のどちらが適しているかという論点がある。それぞれメリット・デメリットがあるだろうが、どちらでも適性があればよいと考える。ただし、HRBPは “人材に対する専門家” であることから、できれば人事労務の知見は多くあったほうがよいと筆者は感じている。その上で筆者が考える適任者は、どの組織でもよいが、リーダーとして組織をマネジメントした経験があること。できれば低迷していた組織業績を、短期間に一定の水準の成果を出すことに成功した経験がある人は適格性があると考える。
たまたま外部環境に恵まれて、結果を出したというケースは除きたい。その要因が内部環境の変革、つまり人材の活性化を通じてメンバーの “やる気” を高めることで、組織の活性化に寄与して成果を創出したという実績があると良い(もちろんそれがすべてではなく、他の施策とも相まって複合的な相乗効果による結果でもあるとは思うが)。人選の判定はなかなか難しいかもしれないが、メンバーに、リーダーのマネジメントについてヒアリングしてみると明らかになることもある。
要は、人をやる気にさせる経験値が、HRBPとして結果を出すことにつながる。筆者の経験からいえば、ある部署では心理的安全性を担保したことで、より高い成果を上げられる組織への変革に成功した。まさにHRBPには、そうした経験者が適任であると考えている。
ここで、マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「組織の成功循環モデル」を紹介したい[図表4]。これは、組織にはBad CycleとGood Cycleという循環があり、問題解決の起点をどこから始めるかによって負のスパイラルに進んだり、正のスパイラルに進んだりするという。
[図表4]組織の成功循環モデル
まずBad Cycleに陥る組織は、問題解決の起点を「①結果の質」に求めているという。これは管理職が部下に問題があると決めつけることで、部下はマイナス思考になり、自分を責めて自信を失う。一方、逆パターンとしては、上司の態度に反抗的になり、上司や同僚などの環境のせいにして自責の念を失うというものだ。その結果、いずれも負のスパイラルに陥ってしまうという考え方だ。
一方Good Cycleは、まず結果を受け止める。なぜ結果が出なかったのか管理職自身が自問自答して、部下と対等の関係性を保ちながら考える。つまり、「①関係性の質」が起点となる。上司が問題解決に向けて協働する姿勢を示せば、やがて正のスパイラルに進むという考え方だ。
組織の成功循環モデルは、管理職に助言や指導する際の一つの考え方として大変参考となる。HRBPの地道な活動が組織強化につながると信じて、日々活動したい。
5.各種指標からの把握
HRBPは、経営指標や人事指標の進捗に対して敏感になる必要がある。
まずは経営指標だ。事業計画の達成が求められているので、指標としては少なくとも売上高や利益率の推移を押さえておく[図表5]。そのためにも事業部の主要な会議に参加して、現状の進捗と年度の最終予測値についても常に情報をアップデートしておきたい。
[図表5]経営指標と人事指標を組み合わせた独自指標を(参考)
営業会議では、何が順調に進んでいて、何に支障があるのかという実態を知り、その要因が何なのかを把握しておく。筆者の場合、時に数値が未達だった理由は、タイムリーに退職者の人員補充ができなかったからだと突き上げを食らうこともあった。そのことに対して言い訳はしなかったが、人数合わせではなく、人材を厳選することが重要だと考えていたので、採用選考には妥協しなかった。ただ、そうはいっても事業部の一員として、営業の数値には責任の一端があることを自覚して取り組むことの重要さを実感したことがある。
筆者の場合、特に売上高を注視しており、対前年同期、対人員数、対人件費などと比較することで、そのトレンドから年度の売り上げ予測を自分なりに試算していた。事業部長や営業部長などの幹部との議論では、営業数値を絡めた自分なりの分析を伝えることで、より目標達成に向けた一体感の醸成につながったと感じている。
人事指標は人件費予算の把握を目的としている。これは、いうまでもなく大きな費用であり、投資でもあるからだ。月次で人件費が大きく変動することはないだろうが、四半期ごとに予算と実績のギャップやヘッドカウントの推移を確認するようにしたい。
加えて、働き方改革関連や人的資本関連における指標もチェックしておく。時間外労働時間の上限管理、年5日の年次有給休暇の取得義務、男性の育児休業の取得促進、女性関連指標(賃金水準の平均や管理職登用など)もある。特に育児休業は現場に任せるだけではなく、HRBPも積極的に関与していくことが必須だろう。介護休業も含め、一定の休業時の働き方やその人員や業務の穴埋めなどは現場と一緒になって対応していくことが必要になってくる。また、障害を持った従業員へのフォローとともに障害者雇用率も押さえておきたい。
さらには、採用力を高めるためにも常に業界における職務や職位ごとの報酬水準の情報を収集し、自社の報酬水準との乖離について経営層から質問されてもコメントできるようにしておくべきだ。キャリア採用では履歴書や面接などから生の情報を入手できるので、そうした機会も捉えて水準を把握しておきたい。
6.まとめ
HRBPの役割を担うには、担当する事業部のビジネスの仕組みや内容を理解しておくことは当然に必要だ。それゆえ現場経験はあったほうがよいとは思う。ただし、長期間経験する必要はない。あまり長くなると特定の部門に肩入れする傾向が出て、HRBPとしての中立なスタンスが保てなくなることを懸念するからだ。
会社にとって、トップセールスは営業というフィールドがよいし、優れたエンジニアはエキスパートとしてスキルを活かしたほうがよい。そうした人材を無理やりHRBPに異動(選任)することはないだろう。少なくとも「人」に関心があって、人や組織の活性化が事業を下支えするといった発想に共感できる “黒子的な存在” にやりがいと信念を持っていることが大切だと考える。事業部の運営に関して中心的な役割を担うという自負を持ち、事業計画の達成に向けて、事業部の幹部と協働しながら、組織活性化の先導役としての活動が望まれる。
山本陽二 やまもと ようじ 社会保険労務士法人パーソネル・パートナーズ 代表社員 人事コンサルタント/特定社会保険労務士 大手総合建設会社、米系医療機器、大手卸売業等の人事部門、直近においては社会保険労務士法人や人事コンサルティング会社の代表を経て現職。 一貫して人事・労務畑を歩み、人事戦略の立案、人事制度設計、教育、採用、労働問題等、幅広く経験を重ねる。事業内容を十分把握し、経営方針や企業風土を踏まえた上で、公平で一貫性のあるトータル人事コンサルティングの提供を心掛けている。 |