鈴木英理子 すずき えりこ
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
金子智恵 かねこ ともえ
PwCコンサルティング合同会社 マネージャー
1.はじめに
本連載の最終回に当たる本稿では、人材ポートフォリオ・マネジメントの「人材の質(人材の種類・レベル)」に着目し、昨今注目されているスキルファーストの人材マネジメント方法論を紹介する。
2.スキルファーストとは
世界の雇用トレンドとして「スキルファースト」の概念が注目されている。スキルファーストとは、学歴やキャリアの肩書よりも、スキルと能力を重視した人材マネジメントの新たな手法である。これは、肩書にとらわれず、実質的に「何ができるのか」に焦点を当てたアプローチといえる。第1回で、企業としても、ゼネラリスト人材を柔軟に活用するモデルから、個々人の専門力強化に努めてもらうモデルへとシフトし始めていると述べたが、まさしく、このスキルファーストの概念は個々人が保有するスキル、いわゆる専門性に着目し、労働力を確保・活用することを目的に置いている。
このスキルファーストのアプローチには、いくつかの革新的な業務転換が必要となる。例えば、スキルファーストを実現するためには、学歴・役職ベースの採用基準ではなく、純粋にスキルで採用を決めるアプローチを取らなければならない。キャリア開発や昇格・昇進プロセスも、年次管理や職務規模を重視するよりも、スキル・能力を重視したプロセスにする必要がある。
スキルファーストを取り入れることで人事施策の幅も広がる。人事機能領域別に見ると、次のようになる。
【人員計画】スキルベースの労働力の可視化・人材ポートフォリオ におけるAs Is(現状)把握、スキルベースでの報酬額の適正価格(マーケット水準)の把握
【採用】社内外に公開された求人(公募)によるスピーディーかつ適切な人員確保
【配置・アサイメント】プロジェクトベース組織、スポットアサイン、ギグワークに対応した人的資源の効果的な活用
【配置】スキルベースでの配置による活躍できる機会・場所の提供
【育成・キャリア開発】従業員のスキルギャップの可視化、パーソナライズされた継続的な学習機会の提供、リスキリングを支えるキャリアオーナーシップの強化
【評価】個々人のスキル開発に基づいたパフォーマンスレビュー
このように、スキルファーストを取り入れた人材マネジメントにおいて人事施策の幅は大きく広がるため、世界中でスキルファーストが選ばれ始めている。
次に、スキルファーストの人材マネジメントを実現するためのアクションをいくつか提言する。
3.スキルファーストの人材マネジメントへ移行するための三つのアクション
スキルファーストの人材マネジメントを成功に導くには、多くの課題をクリアしなければならない。実際に日本企業には、以下のような悩みが多くみられ、苦心している様子がうかがえる。
・目的と効果が描けていないままスキル収集に力点を置いている
・独自のスキル体系をつくってみたものの、活用もメンテナンスもできていない
・従業員にスキル情報を入力させるメリットが明確に打ち出せず、データが収集できない
スキルファーストの人材マネジメントを実現するためには、まず、「何のためにどのようなシーンでスキル情報を活用するのか」といった目的と、それにより得られる効果を、事業戦略や人材戦略と結び付けて明らかにすることが重要である。その上で、マーケットと整合したスキル定義やテクノロジーの導入、スキルの登録・活用を促進する取り組みを確実に実施することが、スキルマネジメントを成功に導くカギとなる。
ではここから、スキルファーストの人材マネジメントを展開する上でポイントとなる「三つのアクション」を、順を追って説明しよう。
アクション1:スキルファーストの人材マネジメントにおける目的の設定と活用シーンの具体化
企業の中には、目的や活用シーンが曖昧なまま、スキルファーストに取り組んでいるケースもよくみられる。それでは、大きな労力をかけてスキルのライブラリ構築やスキル収集を行っても、結局は活用されなくなり、スキルファーストの人材マネジメントは実現しない。例えば、「最適な人材配置」を目的に掲げ、現業部門と協力しながら、今後のビジネスにどのようなスキルが必要になるかを徹底的に可視化して、実際の配置検討に活用するなど、目的と活用シーンをセットで構想することで、スキルファーストが形式的ではなく、実質的に機能するものとなる。
まずは明確な目的を掲げ、それに沿って、スキルの活用イメージ、スキル定義やスキル情報の収集、持続的な運用イメージといった、スキルマネジメントの全体構想を描いていく。これがスキルファーストの人材マネジメント実現に必須かつ重要なステップとなる。
次に、スキルマネジメントの全体構想が描けたら、実際にスキルを活用する「シーン」を具体化していく。従業員向けにはスキル活用による効果をエンプロイージャーニーに合わせて描き、その上で目的に沿って、スキル定義やスキルの収集など、スキルマネジメントを持続的に運用する仕組みを構築する必要がある。なお、人材マネジメントサイクル(採用・育成・評価・報酬・等級・配置)では、[図表1]のような活用シーンを検討するとよいだろう。
[図表1]活用シーンの検討
活用シーンによって、適切なスキルの種類や粒度に違いがあるため、その点も留意しながら、長く活用できるよう、将来の視点を持って検討するとよいだろう。また、この際、絵に描いた餅にならないように、テクノロジーの活用も含めて具体的な利用イメージを固めることも重要である。
アクション2:スキルの共通言語化
このスキルマネジメントのベースとなるスキルを一覧化したマスタ作成でよくあるケースとして、「自社独自で作成したために外部の採用・育成ベンダーと連動しておらず、うまく活用できていない」「メンテナンスが煩雑で最新状態を保てていない」といった例が挙げられる。このスキルマスタをグループやクラスターに階層化・分類化した体系を「スキルタクソノミー」と呼び、昨今注目を浴びている。スキル情報はマーケットプレイス(社外の採用・育成ベンダーやSkillTech製品等)との連動性が高いほど活用の幅を広げられるため、スキルタクソノミーの作成において外部との「共通言語化」を意識することは重要なポイントとなってくる。
スキルタクソノミーの作成方法に入る前に、スキルの構成について簡単に触れておこう。スキルは、「業界・事業特有スキル」と、業界・事業を問わない「汎用スキル(ビジネススキル、マネジメントスキル、テクノロジースキル、ソフトスキルなど)」の大きく二つに区分される。これに加え、「資質・価値観」といった情報も従業員の特性を捉える重要な情報と考え、広義な意味でのスキルとして定義することを奨励する。
[図表2]スキルの構成
スキルタクソノミーの作成では、「業界・事業特有スキル」と「汎用スキル」を、マーケットプレイスと連動させることが重要なポイントとなる。外部機関が提供する汎用のテンプレートやSkillTech製品を取り入れることで、人材マネジメントサイクル、特に採用や育成の場面で活用の幅が広がり、メンテナンスの観点からもメリットは多い。よって、原則はマーケットプレイスと共通の定義を用いつつ、汎用テンプレートではカバーできない自社のビジネス固有のスキルは自社で定義する、といった組み合わせで作成するのがよいだろう。
[図表3]スキルタクソノミー作成アプローチ
アクション3:テクノロジーの活用
スキルファーストの領域は、テクノロジー進化が飛躍的に進んでいる。グローバルでは2020年からスキルファーストのテクノロジーが導入され始め、人材マネジメント運営のさまざまな領域でAIやテクノロジーを駆使した各社独自の取り組みが進められている。
ガートナー社「Top 5 Priorities for HR Leaders in 2024」によると、“ビジネスと従業員のニーズが急速に変化している昨今、従来の固定的なキャリアマップはビジネス要件や従業員の期待を満たせなくなってきている” とされており、また、“今後5年間でキャリアアップする方法を知っている従業員は 3人に1人未満である” とされている。このような課題に対して、テクノロジーは、従業員個人の目標、スキル、価値観をベースとしたキャリアパスの検索を促し、オリジナルのキャリアを描く手助けをしたり、パーソナライズされた学習コンテンツの提供により本人にとってふさわしいリスキリングを支援することができる。
なお、テクノロジー製品としては二つの特徴的な進化がある。一つ目はマーケットプレイスを意識したスキルタクソノミーを自動生成できるSkillTech製品が登場したこと、二つ目は従来の人事基幹システムでもスキルを活用した機能拡張が進んでいることだ。これらの進化により実現可能となったスキル関連の機能を紹介する。
・スキルマスタ生成・マスタ連携:政府、労働市場などの公開データを基に、独自アルゴリズム・オペレーションで収集・整理し、タクソノミー(階層化・分類化)を自動生成する。なお、スキルマスタデータは既存の人事システムへの連携が可能である(API連携、CSVファイルによる手動連携など)
・職務要件定義書(Job Description)・求人票自動生成:ジョブタイトルなどをインプットに、職務要件定義書(ナラティブな職務要件、具体的な必要スキルとレベル)を自動生成する
・スキルポートフォリオ分析:スキルベースでの人材ポートフォリオ分析のこと。自社従業員が保持するスキルとその数、および目標とのギャップを可視化する
・タレントマーケット分析(市場比較):スキルベースでタレント情報を労働市場と対比して労働力を可視化する。マーケットの求人票の数などから適正報酬額も提示する仕組みを保有するツールもある
・従業員個人のスキルアセスメント機能:個人のスキルレベルを入力できる機能から進化し、履歴書などのインプットを基に個人が保持するスキルを生成する
・従業員個人のリスキリング・キャリア開発機能:スキル情報を基に、ポジション、プロジェクト、ラーニングコンテンツ、メンターなどと個人をマッチングする。パーソナライズされたレコメンド機能を保持することで、キャリアオーナーシップを強化させる。なお、人事基幹システムやタレントマネジメントパッケージでは本機能の開発に着手している製品も多い
これらのテクノロジー進化を享受することで、効果的かつサステナブルなスキルの活用・管理が期待できる。今後の人事施策を検討する上でテクノロジーの活用は不可避といえよう。
本稿では、組織が持続的な成長を実現するためには、スキルファーストをベースとした人材マネジメントの重要性を認識し、上記の三つのアクションを組み合わせて取り組むことが重要であると述べてきた。
一方で、本取り組みを成功させるためには、ソフトな側面、スキルファーストの文化、方針、マインドセットの組み込みも忘れてはならない。スキルファーストの人材マネジメント施策に対するリーダーの賛同を得た上で、従業員の理解や行動変容を促すことが肝要である。全体構想、仕組みづくり、取り組みへの理解・浸透が、いずれも欠けることのないよう実施することを推奨する。
4.おわりに
本稿では、人材ポートフォリオ・マネジメントの「人材の質」の精度を上げるため、有効な方策の一つであるスキルファーストの人材マネジメントの方法論について述べてきた。スキルファーストをベースとした人事施策は、経営がビジネス拡大に必要な人材を特定して効率的に獲得し、人材マネジメント運営を実現できるだけでなく、個々人にさまざまな役割を経験させ、より公平なキャリアを促すことができる、今後の労働力の確保には欠かせない取り組みとなるだろう。
最後に、本連載では、人材ポートフォリオ・マネジメントの具体的な内容や動的な人材ポートフォリオの方法論、さらにスキルファーストの方法論について紹介してきた。本連載が、人材ポートフォリオの構築、スキルファーストの人材マネジメント運営に悩まれている日本企業の参考となり、人材ポートフォリオ・マネジメントの取り組みが進んでいくことを願っている。
【資料出所・免責】
・Gartner®, “Top 5 Priorities for HR Leaders in 2024”
https://www.gartner.com/en/human-resources/trends/top-priorities-for-hr-leaders
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鈴木英理子 すずき えりこ PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー IT/コンサル業界にて組織・人事領域のコンサルティングに従事。HRトランスフォーメーション×デジタル活用を中心とし、人事機能変革、人事システム企画構想から導入支援、データドリブン運営のための施策検討まで幅広く支援する。また、デジタル活用をより浸透させるためのチェンジマネジメント支援も得意とし、テクノロジーとピープルの両側面からHRトランスフォーメーションを支援する。 |
金子智恵 かねこ ともえ PwCコンサルティング合同会社 マネージャー 事業会社の人事部にて人材育成、制度設計、労務管理、DE&Iなどを幅広く経験。現在は組織・人事領域のコンサルタントとして、人事制度設計、ジョブ型導入や職務評価、人件費管理を見据えた人事戦略検討、人材データの高度化、人的資本経営などの領域を支援する。 |