2024年06月11日掲載

HRBP-新たな人事機能の在り方 - 第3回 人材の活性化──人事編

山本陽二 やまもと ようじ
社会保険労務士法人パーソネル・パートナーズ 代表社員
人事コンサルタント/特定社会保険労務士

 今回からは、人材の活性化について「人事編」と「労務編」に分けて、さらに具体的な実務に関し、その取り組み内容について触れていく。

1.採用責任者として

 企業の生命線は採用力にある。HRBPには、ぜひそうした姿勢で採用業務に臨んでほしい。ここで、有名な一文を紹介する。

「偉大な企業への飛躍を導いた指導者は、まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不適切な人をバスから降ろし、その後にどこに向かうべきかを決めている」
ジェームズ・C・コリンズ(著)、山岡洋一(訳)『ビジョナリーカンパニー 2 飛躍の法則』日経BP社

 つまり経営において最優先事項は、まず誰と仕事をするのかを選別することであるとし、筆者自身、採用の重要性を示す言葉としても捉えている。
 採用において、HRBPは事業部の実質的な責任者であると自負してほしい。さらには、採用こそが最も重要な使命であると言ってもよい。したがって、人材を安易に妥協して採用してはいけない。部門が欲しいと言ってもHRBPの眼鏡にかなわないのであれば、断固拒否するくらいの意気込みと自信を持ち合わせてほしい。そのためには、採用活動に一定の時間を費やすこととなる。応募者の履歴書や職務経歴書に目を通して面接に臨み、可能な限り1次面接から最終面接まで同席したい。そして、労働条件等を伝えるオファー面談をし、承諾を取りつけるべく入社への引きつけをする。
 これらの選考プロセスの数をこなすことで人を見極める力、すなわち “選考眼” を養うことを勧める。今後AIによる面接など、人を介さない選考方法が増えるかもしれない。しかし、現状において最終的には人が判定をすることになる。ついては実質的な採用責任者であるHRBPは、人材を鋭く見抜く “選考眼” を保有するよう経験を積むことを勧める[図表1]
 さらに採用後のフォローアップもHRBPの役割である。採用した人材が組織になじんでいるか、何か困ったことがないか等少なくとも最初の半年程度はフォローすべきである。せっかく採用しても思ったようなパフォーマンスが発揮できないのは、何らかのミスマッチが生じている可能性がある。能力不足もあるだろうし、組織風土への違和感などもあるだろう。いずれにしても採用責任者としては、問題解決に当たらなければならない。場合によって何かしらの対応が必要となれば、躊躇(ちゅうちょ)なく判断することも必要だ。

[図表1]採用担当者の心得(参考)

図表1

2.給与データから個を感じ取る

 人事評価と処遇とのバランスに関しては、継続的に観察したい。現在の処遇は評価結果に対して妥当であるか、他者と比較してもアンバランスな状態はないかなどを確認する。特に定期昇給や賞与支給の時期は、軌道修正するタイミングでもあり重要だ。
 例えば、ある一定規模の組織では、評価委員会等が設置されていて、そこに諮ることで、評価の客観性を担保する施策がとられる。一方で、HRBPとしては自分が担当する範囲の社員データを用いて、自分なりに分析・検証する必要がある。意外と一人ひとりの給与額やその経年推移、そして同じ等級内での比較などをつぶさに点検することまではできていないことが多い。つまり、人事評価の結果を給与担当に伝えるだけで業務を完了させてしまうと、ささいな変化に気がつかないことがあると考えるからだ。
 例えば、給与改定案のリストを見たときに、一行一行(つまり一人ひとり)に目を落として確認してみる。単にSとかAといった評語を見るだけでなくて、昇給額や給与水準、想定年収をも合わせて確認する。評価が上がったのか下がったのか、また昇給額や降給額の幅の大小も見ておく。さらに、そうした結果は継続的に起こっていることなのか、今回が初めてなのか、その要因はどこにあるのかなどを踏み込んで観察していくわけだ。問題がなくても、少なくとも一人ひとりの状態をインプットしておく。点と点を線にするこの作業は、HRBPにとって非常に重要である。
 この軌跡を把握しておくことが、HRBPが管理職や社員本人とコミュニケーションする際に、より本質に踏み込んだ話をするための情報源になる。社員のファクトを多く保有するとともに、その社員に思いをはせる。これら情報をアップデートした上で社員と会話ができれば、より高い信頼が得られるはずだ。たとえ高い評価を受けていても、その者が現状に満足しているかどうかは分からない。社員一人ひとりに寄り添うことで、深層心理をつかみたい。評価やその結果としての処遇および本人の状態を把握しておくことは、HRBPの業務の一環であると認識しておくことだ。

3.ペイフォーパフォーマンスを意識する

 さて、昨今の報酬分配の考え方は“ペイフォーパフォーマンス” 、業績の達成度に応じて報酬額を決定するのが基本だろう。そして、HRBPもそれを意識すべきである。前述のように個々の評価やその結果としての給与水準を見たときに、本当にそれに見合ったパフォーマンスを発揮しているのかを確認したい。パフォーマンスと評価結果にアンバランスを感じたら、現場の管理職に確認するなどのアクションにつなげていきたい。評価が高すぎるケースもあるだろうし、低すぎるケースもある。また、過去の評価結果に引っ張られているかもしれない。評価の難しいところは、少なからず好き嫌いなどの感情が入り込んでくることだ。これが長年続くと修正はほぼ不可能となる。HRBPとしては、給与のバランスと調整に向けて、積極的に関与していくことが求められる。
 例えば、上司が部下にマイナス評価を伝えるシーンを考えてみよう。嫌な仕事ではあるが、マイナス評価といっても二つのケースがある。一つはポジティブなマイナス評価、もう一つはネガティブなマイナス評価だ。おのおののメッセージをどう伝えるかは、上司である管理職と事前によく擦り合わせておくことが必要だ。
 ポジティブなマイナス評価は、敗者復活のケースを想定する。この場合、「期待している」等といった鼓舞するコメントを伝えることになるだろう。問題なのはネガティブなマイナス評価である。本来「退路を断て」等の厳しいメッセージを伝え、この先 “バスから降ろす” ことをも視野に、明確なイエローカードを出さなければいけない。しかし、実際の場面では伝えきれていないケースが散見される。何とも理解し難いのだが、本当のことが言えずに取り繕ってしまうようだ。もとより本人のためにもならないし、緊張感を植え付けることにならない。HRBPとしては、少なくともどのようなやりとりをしたか管理職から可能な限りフィードバックを受けて把握しておきたい。そして、仮に懸念のとおりであれば、管理職に対して厳格な対応で臨むように指導すべきと考える。
 さて、働く理由は人それぞれだが、「お金を稼ぐこと」は上位に挙げられるだろう。一方で、転職理由の上位には「給与水準」の低さがある[図表2]。より多く稼ぎたいと願うのは自然の流れだ。例えば、同じ等級にもかかわらず自分の給与が低いと分かったときは、たとえそれが適正だったとしても、本人としては気持ちがなえるだろう。また、組織としての給与水準が低いとか、これ以上昇給が望めないと分かったときなども、モチベーションが下がり、組織へのエンゲージメントが次第に薄れ、離職につながりかねない。このような社員個々の意識や態度の変化もHRBPとしては把握しておきたい。
 特にケアすべきなのは、大きな仕事をやり遂げて本人は達成感があるにもかかわらず、実はその結果があまり評価に反映されていない場合、すなわち、給与や賞与に結びついていないケースである。ほかにも優秀な人材故にさまざまな仕事を任されているもかかわらず、処遇が低いと感じるなど、ハイパフォーマーが適正に評価されないあるいは処遇されていないケースである。
 少なくとも社内では高いパフォーマンスを発揮している者に対しては、適正な処遇で報いなければならない。実は筆者も、多くのハイパフォーマーを見送ってしまった過去がある。事前に転職の相談が来ても、残念ながら、その時は彼ら彼女らを引き留めるだけの合理的な理由が見つけられなかった。後出しで特別待遇などの提案もしたが、正直言って効果はなかった。ハイパフォーマーに関しては手遅れにならないよう、早い段階からの気づきと転職意識の修正ができるよう心掛けたい。

[図表2]退職理由で影響の大きかったもの(二つまで選択)

図表2

資料出所:リクルートマネジメントソリューションズ「2023年 新人・若手の早期離職に関する実態調査 第1回」(2023年12月公開)

4.タレントマネジメントについて

 タレントマネジメントの一つの施策として、サクセッションプラン(後継者育成計画)がある。ある企業の事例を紹介しよう[図表3]
 その会社では「タレント&パフォーマンスレビュー」と称して、経営幹部と事業部長、そして人事部門が参加して、年3回のセッションを開催していた。目的は、現状の組織体制を分析して経営と事業部の認識を共有するとともに、個々の社員の強み弱みを把握して今後の育成計画を策定するというものである。担当のHRBPは、事前に資料作成の支援や取りまとめを行い、セッションにも参加する。セッションでは、主に後継者育成計画の策定と進捗状況の確認が行われる。細かな内容は割愛するが、このセッションを一定の頻度で定期的に開催する意義はとても大きかった。当時は離職率が高く、人材マネジメントに課題があったことからも、この取り組みそのものが社員のエンゲージメント向上にに寄与したといえる。
 HRBPからも、採用活動の進捗やローパフォーマー対策などの課題が提起され、現状において後継者が不在であれば、今後の育成計画や採用などの検討に向けて、大変重要な人事関連の課題設定がなされる。さらには、個々の社員の状況について経営陣から見解を求められることもあり、事前の情報収集に努めなければならない。HRBPとしては、そうした取り組みを通じて、組織と人材の在り方を定期的にウォッチしてPDCAを回していくことで、人事マネジメントのレベルを上げていくことになるわけだ。

[図表3]サクセッションプラン(イメージ)

事業部ごと・レイヤーごとに作成

現状の育成状況を可視化する

図表3

 頻度は別としても、組織の棚卸しを定期的にすることは、強い組織づくりにおいてとても意義のあることで、それに関わる経営幹部の意識の醸成(安穏としていられない)も大きな目的と捉えることができる。もしサクセッションプランを導入していないのであれば、まずは事業部内でよいので、組織と人材の現状を把握して、今後に向けた計画的な人材育成に取り組んでほしい。

5.異動・配置について

 昨今では、社内公募制やフリーエージェント制等さまざまな制度がある。HRBPとしては、事業部長等から個々人のキャリアパスや異動等の希望に関する生の情報を求められたときに、すぐに答えられるように人事情報を把握しておきたい。
 また、異動においても “負の異動” なるものも存在する。能力不足、組織とのアンマッチ、消去法による人選など本人の意向に沿わない異動も多く存在する。つまり、本人が拒絶するかもしれない人事異動を発令するケースだ。本人からすれば、社命とはいえ不本意な異動は受け入れ難いものだ。そのような異動を伝える場合には、いかに相手の視点に立って異動に対する意識を前向きにさせるよう寄り添えるかが鍵となる。本来は上司が伝達する役割だが、上記のような場合ではHRBPとしても関与が求められることもある。
 また、突発的に生じる異動への対応もある。セクハラをはじめ、パワハラ等のいじめ・嫌がらせ行為も多く発生しており、再発防止の観点からも当事者を異動させなければならない。行為者と被行為者を心理的にも非接触にする措置がとられる場合もあるため、デスクを離す程度では済まないケースも生じる。とてもデリケートな事案であり、組織内の安全・安心を担保するためにも、フォローアップが必要となろう。

6.まとめ

 HRBPが担当しないほうがよい業務として、給与計算や社会保険手続き等の実務的なルーティンワークが挙げられる。こうしたオペレーションは大変重要な業務であるが、専門の担当者に任せたほうがよいし、兼任もしないことを勧める。なぜならば、これらの業務は毎月の締め切りがきっちりと決まっており、先延ばしができないからだ。また、給与計算や社会保険の実務は、別の知識やスキルが求められるし、知識のアップデートも必要になる。その結果、HRBPとしての本来の仕事ができなくなってしまうことを懸念する。ぜひ担当は分けて考えることをお勧めする。
 今回は「人事編」として、組織運営において人事実務の観点から見てきたが、HRBPは水面下の仕事が多いことに、改めて気づかされる。地道で一見不要と思われるような活動が、実は人材の活性化につながり、ひいては強い組織づくりに貢献しているのだと感じてほしい。HRBPには華やかさはないが、しっかりと組織を支える役割を担っているという自負を持つことが肝要だ。

プロフィール写真 山本陽二 やまもと ようじ
社会保険労務士法人パーソネル・パートナーズ 代表社員
人事コンサルタント/特定社会保険労務士

大手総合建設会社、米系医療機器、大手卸売業等の人事部門、直近においては社会保険労務士法人や人事コンサルティング会社の代表を経て現職。
一貫して人事・労務畑を歩み、人事戦略の立案、人事制度設計、教育、採用、労働問題等、幅広く経験を重ねる。事業内容を十分把握し、経営方針や企業風土を踏まえた上で、公平で一貫性のあるトータル人事コンサルティングの提供を心掛けている。