髙祖常子 こうそ ときこ 資格は保育士、幼稚園教諭二種、心理学検定1級ほか。Yahoo!ニュース・エキスパートコメンテーター。「幼児期までのこどもの育ち部会」委員(こども家庭庁、2023年~)ほか、国や行政の委員を歴任。講演ほか、テレビ出演や新聞等へのコメント多数。主な著書に、『どう乗り越える?小学生の壁』(風鳴舎)、『こんなときどうしたらいいの?感情的にならない子育て』(かんき出版)ほか多数。3児の母。 |
小1の壁、小4の壁とは
「小1の壁」とは、“子どもが小学校に通い始めたときに、小学校や学童が終わる時間との兼ね合いなどで、保育園に預けていたときにはできていた仕事と子育ての両立が難しくなること” を指す言葉である。
現在、保育園の預かり時間は標準時間が最長11時間となっている。保育園の時間は、親の働き方に合わせて早朝保育、延長保育が延びてきたという経緯がある。ただ、これが小学生の生活時間とは、ずれてしまっているということだ。そもそも保育園の預かり時間は長く、世界的に見ても、また、子どもの成育の観点からも日本の長時間保育は問題視されている。
まだ記憶に新しい人もいると思うが、2016年2月に「保育園落ちた日本死ね!!!」という投稿がSNSに流れ、大変な勢いでシェアされた。これを契機に国会でも取り上げられ、待機児童問題解消のため保育園が増設されることとなった。今から8年前のことだが、共働きも増えた現在、保育園数も当時より充実し、さらに長時間保育を利用した子どもたちが小学生へと成長した。
保育園に入っていた子どもは、基本的に小学校が終わった後に学童に行くことになるが、現実的にはその受け皿である学童保育が足りていない。これが、「小1の壁」の原因ともいえる。
また、「小4の壁」という言葉も聞かれるようになった。これは、小学4年生ごろに生じるさまざまな問題を指す言葉として用いられるものだ。例えば、学童保育の定員等の関係から、低学年を優先するため、小学4年生になると学童に預かってもらえないなど、仕事と子育ての両立が難しくなることがある。また、同時期は思春期の入り口になり、子どもの友達関係や親子のコミュニケーションも難しくなったり、勉強が分からない・ついていけないなどの課題を抱える子も増えたりする。そのために、親も気がかりが多くなるということだ。
“小学生の壁” を感じる要因の一つは働き方
上記のとおり、「小1の壁」「小4の壁」などの “小学生の壁” を感じる理由の一つは、親の働き方と子どもの生活時間がずれているために、仕事との両立に困難を感じることだ。
2024年3月、大阪府豊中市が「小1の壁」の解消に向け、小学校を朝7時から開校する取り組みを始めたことが話題になった。しかし、これも早朝に起きなくてはならない子どもの疲れや心身への影響が懸念され、また、そのサポートをする学校側の体制づくりも大変だろう。
また、国立成育医療研究センターの竹原健二氏(「子育てにおける父親の役割と父親の産後うつについて」2021年7月24日講演)によると、仕事時間などを除いた自由時間の中で育児に割いている割合は、他国の1.2倍だという。日本の男性が育児をしたくないわけではなく、その時間が取れないということが大きな要因といえる。共働き世帯も増えている中、母親に家事・育児が偏り、その結果、“小学生の壁” を感じるケースも少なくないのではないか。
そのほか、働く親は、その多くが企業の勤務時間に合わせて働かざるを得ないため、保育園もそうだが、小学校に入っても、子どもは夜遅くまで学童で過ごすことになる。すなわち、小学校という新しい場所や先生、友人といった環境に慣れながら、長時間の集団生活を強いられる。これらがうまくいかないために、小学1年生から不登校になってしまうケースも少なからずある。特に、小学校に上がったばかりの時期は、子どもの精神的、体力的な負担も大きい。
このような大切な時期だからこそ、親の寄り添いやサポートが欠かせないわけだが、子育て中の従業員から「子どもが小学生になるので、出社時間を少し後ろに倒したい」「時短勤務を認めてほしい」という相談が出ることは少ないのではないだろうか。
子育てをする従業員は企業が設定する勤務時間、“働かせ方” に合わせようとして、ギリギリまで自分の努力で何とかしたり、パートナーと調整を試みたりするが、「やっぱり無理」となって、辞職という選択に至ることもあるだろう。仮にそうなった場合、従業員も企業も大きな損失を受けることになる。
「1on1」ミーティングや柔軟な働き方支援を取り入れる
だからこそ、年度初めに向かう時期は家族の状況なども含めて、上司と部下が定期的に1対1で話し合う「1on1」ミーティングをしっかりと行うことが大切だ。場合によっては外部のキャリアコンサルタントを入れるなどして、話しやすい環境づくりをすることも必要だろう。
企業が従業員の困り事が大きくならないうちに状況を聞き取ること、また、どのような環境になれば働きやすいのかに耳を傾けることは、従業員にとっても大事なことであり、企業にとっても離職を防ぐために有効だ。
また、フレックスタイムや在宅勤務などの制度がない場合には、従業員の申し出によっては柔軟に取り入れていくことを検討してほしい。
そのほか、職場が長時間労働だと、時短勤務の人は申し訳ない気持ちを持ったまま帰宅することになるが、そもそも皆が定時で仕事を終えることができれば、そのような負い目を感じる必要はない。
子どもの有無や家族の介護、自身の病気などのさまざまな事情があっても、同じ職場で働くことができる環境は、心理的安全性の高い職場づくりにもつながる。
子どもが生まれるタイミングの男性の育休取得推進もそうだが、“小学生の壁” を乗り越えられるよう、企業は従業員としっかりとコミュニケーションを取っていくことが大切だ。