2024年07月23日掲載

人事が取り組む生成AI活用 - 第5回・完 未来の生成AIが人事領域にもたらす変革

津田恵子 つだ けいこ
Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント

 ここまで4回にわたりお届けしてきた “生成AIと人事業務” に関するシリーズも、本稿が最終回となる。そこで、シリーズの締めくくりとして、未来の生成AIが人事領域にもたらす変革について考察したいと思う。

1.採用プロセスの自動化 ~リクルーティングオートメーション

 人事領域における生成AIの進化は、企業の採用・管理・育成プロセスを根本的に変える可能性を秘めている。従来の人事業務は多くの時間と労力を要するものであったが、生成AIの導入によりその大部分が自動化され、効率化される。
 まず注目すべきは、生成AIによる応募者のスクリーニングと面接プロセスの自動化である。AIは履歴書を解析し、応募者のスキルや経験を評価し、適性の高い候補者を選定する。これにより、採用担当者は膨大な数の応募者を迅速に評価することができ、最適な人材を効率的に見つけることが可能となる。また、AIを使ったビデオインタビューの実施や、インタビューの内容を解析して自動でフィードバックを生成する機能も進化している。これにより、面接の質が向上し、より正確な評価が可能となる。
 私は、これを「リクルーティングオートメーション」と呼んでいる。もともと、マーケティング領域に「MA(マーケティングオートメーション)」という言葉があり、マーケティング活動を自動化・効率化し、見込み顧客を育成する仕組みのことを指す。MAツールを導入すると、自動的にリードナーチャリング(=見込み客の動機形成がなされること)され、ツールがお客さまを連れてくる――という仕組みになっている。これと同じように、応募初期段階における応募者とのチャットによるコミュニケーションや、興味・関心を持ってもらった後の情報提供の導線、AI面接における動機づけなどを経て、志望度の高い候補者を自動的に連れてきてくれる仕組みが定着していくと想像する。また、入社後の定着可能性、離職リスクなども入社前に予測できる状態となり、事前にフォローアップ計画を立てられるようになるだろう。

2.評価と育成における変革

 次に、生成AIは社員のパフォーマンス評価とキャリア開発の分野でも大きな変革をもたらす。従来の評価方法では定性的な判断が多くを占めていたが、AIは定量的データを活用し、社員のパフォーマンスを客観的に評価することが可能だ。これにより、評価の透明性と公正性が向上し、社員のモチベーションも高まっていく。また、生成AIは社員のスキルやキャリア目標を解析し、適切なトレーニングやキャリア開発プランを提案することができる。例えば、特定のスキルが不足している社員に対しては、そのスキルを補完するための最適なトレーニングプログラムをAIが推奨し、さらに、社員の行動やパフォーマンスデータを解析して退職リスクを予測し、早期に対策を講じることで、優秀な人材の流出を防ぐことも可能となる。

3.ChatGPT-4oの可能性

 これらの人事業務を「自動化」するところに、生成AIの技術を活用していく。2024年5月13日にOpenAI社から発表されたChatGPT-4o(ジーピーティーフォーオー/オムニ)は、その可能性を秘めている。これは、GPT-4の進化版であるが、GPT-3からGPT-4になったとき、既にテキストのみならず画像や音声といったデータ入力に対応できるようになっており、これを「マルチモーダル」という。ChatGPT-4oでは、さらにその性能がアップし、音声とビデオでの対話が可能になり、より人間らしいコミュニケーションが実現している。また、より長い会話の文脈を理解し、適切な応答を提供できるようにもなった。新しい機能としては、ユーザーがリアルタイムで音声やビデオチャットによって対話できるようになっていることが挙げられる。
 ここまでお読みいただき、人事業務を生成AIに任せるイメージが少し持てたのではないだろうか。AIは画像認識するための「目」や音声を聞き取るための「耳」、そして対話するための「口」と、人と同じ機能を持っているのである。

4.これからの人事に求められるスキルとは

 生成AIの進化はこれからもとどまることを知らず、発展していくだろう。そうした中で、人事に求められるスキルやマインドとは何だろうか。

[1]データリテラシー
 まずは、データ分析スキルを向上させることである。生成AIから提供されるデータを理解し、効果的に解釈する能力が必要となる。これには、基本的な統計学やデータ分析の知識が含まれる。また、データを活用して、採用、評価、トレーニングなどの人事戦略を策定し、実行する能力が求められる。

[2]テクノロジーの理解
 次に、さまざまなAIツールを使いこなす力が求められる。ChatGPT-4oなどの生成AIツールを効果的に操作し、業務に活用するスキルである。具体的には、ツールの設定、カスタマイズ、運用等を指す。また、急速に進化するAI技術に対する適応力と学習意欲が不可欠だ。新しいツールやソフトウエアについて迅速に学び、導入する能力が求められる。

[3]ソフトスキル(コミュニケーション能力)
 加えて、コミュニケーション能力が大切となる。AIツールを活用しつつ、採用候補者や社員とのコミュニケーションを円滑に行うために、対面、オンライン、書面でのコミュニケーションスキルが不可欠である。そして、AIが行えない感情の理解や共感を持って、社員や採用候補者と接する能力は、まさに人にしかできないことであろう。

[4]戦略的思考
 ビジネス理解と戦略策定は、人事における “思考的な仕事” であり、生成AIの力も借りながら進めるとよいだろう。戦略的思考は、人事戦略を企業のビジネス目標と整合させる能力であり、これには、企業全体の戦略を理解し、人事の役割をその中で位置づけるスキルが含まれる。さらに、短期的な成果だけでなく、長期的な人材育成や組織の発展を見据えた戦略を策定する能力も必要となる。

[5]エシカルな考え方
 AIを使用する際の倫理的(エシカル)な問題に対する感度を持ち、プライバシー保護や公平性を考慮した判断を下す能力が必要である。生成AIの導入や運用において、透明性を確保し、社員や採用候補者に対して正直でオープンなコミュニケーションを維持する力が求められる。

 生成AIは、その特徴を理解して正しく運用すれば、決して恐れるものではない。人事という多くのデータを扱う業務領域こそ、導入を進めるべきである。現在、生成AIは費用対効果で導入を決めるのではなく、“ビジネスにおいて勝ち残るための必須のツール” という、企業戦略の視点で議論されるようになっている。間接部門である人事部門の生産性の向上に、生成AIを使わない手はない。「今、導入して有効活用しなければ競合に負ける」、そういう時代が到来している。

プロフィール写真 津田恵子 つだ けいこ
Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
岐阜県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2002年より株式会社リクルートスタッフィングにて人事採用業務に従事。2004年より伊藤忠人事総務サービス株式会社にて、グループ会社向け採用アウトソーシングや伊藤忠商事向け研修企画・運営に従事。
2019年9月に独立し、「一人ひとりの能力が活きる社会を実現する」をビジョンにHappiness insightを創業。企業における採用活動支援では、2022年の面接実績は350名、ダイレクトリクルーティングに関しては、複業クラウド、LinkedIn(リンクトイン)、LabBase、Wantedly、アサインナビ、キミスカなど対象別にプラットフォームを使い分けて実績を出す。その他リカレント教育普及やRPO(採用代行)を通して、働き方に悩んだ自身の経験を活かし、人々の幸せな働き方を支援している。
2023年3月、早稲田大学大学院経営管理研究科修了・MBA取得。ベンチャー稲門会会員。プライベートは三児(中3・小6・5歳)の母。生成AIプロダクト「Crew」を提供する株式会社クラフターでは、2023年3月より人事を担当している。生成AIに関する資格「生成AIパスポート」取得。