2024年08月09日掲載

Point of view - 第258回 平田未緒 ― マネジメントの分かれ道 ~流されるか? 意図的に進むのか?

平田未緒 ひらた みお
株式会社働きかた研究所 代表取締役

経営側・働く側双方のインタビューを通じ、生産性が高い職場は互いを尊重し合い伸ばし合う「相思相愛な風土」であることを発見。現在は対話型連続研修・チームコーチングを通じて組織の風土を変え、業績につなげる相思相愛経営コンサルティングを実施。著書9冊のほか経済・人事労務専門誌への寄稿多数、厚生労働省「社会保障審議会年金部会」委員(現)など公職経験も多数。ORSCC(チームコーチングの国際資格)、国家資格キャリアコンサルタント。

人事のパラダイムシフトが起きている

 1996年から一貫して「雇用の現場」、つまり「雇う側」と「働く側」双方の思い・考えや感情を取材してきた。その立場から見て今、新・旧を隔てる「人事のパラダイムシフト」が起きているのを感じている。
 旧パラダイムの力学は「上から下」。評価・賞罰など “アメとムチ” による、指示命令・管理統制型のマネジメントだ。
 人口増・高度経済成長を背景に、 “会社員(男性中心)の妻はほぼ専業主婦” という環境の中、企業は終身雇用/年功序列/情意考課/職能資格制度を土台に人材を抱え込み、昇進昇格人事で競争心をあおりながら、自社への帰属意識や忠誠心を高めてきた。男性ばかりの超ハイコンテクストな風土が、これらを助長してきたと言えるだろう。
 そんな旧パラダイムでは、会社・仕事が最優先。フルタイム勤務どころか、残業や休日出勤、転居を伴う転勤も当たり前。要するに会社側のニーズが圧倒的に重視され、子育てや介護をしながら働く超少数派は、自分の声を上げられないか、上げても無視されることがほとんどだった。
 ところが今や、「子育てや介護と仕事を両立させたい」「夫婦とも正社員で働きたい」「転居を伴う転勤はしない・できない」「残業や休日出勤もしない・できない」という社員の声に、企業側が対処せざるを得なくなっている。
 少子高齢化による労働力不足に対応し、国を挙げての「働き方改革」の推進が、かつての少数派を多数派に変えたのだ。

新パラダイムを生み出す社会・職場の環境とは

 では、新パラダイムとは何か? まずは、背景となる社会環境・職場環境から見ていこう。
 社会環境の最たる変化は少子化と長寿化だ。日本全体の平均年齢が上がる中、さまざまな法改正の後押しも得て、女性と高齢者の労働参加が急速に進展した。55歳定年や60歳定年、つまり50代を最高齢とする男性だけでは、社会を支え切れなくなったのだ。
 同時に、バブル崩壊後の不況時代に突入した。夫の収入が伸び悩めば妻による補填(ほてん)が必要になる。また、仕事を通じた自己成長ややりがいを求める女性が増え、結婚・出産後も働き続けることが、次第に当たり前化していった。非婚化と晩婚化で、働く単身女性も増えている。
 これらにより、職場環境は大きく変化した。働く人の性別・年齢が多様化し、パート・アルバイト、派遣社員など雇用形態も多様化した。
 さらに、昇進・昇格に興味がない「非上昇志向」「ライフ重視」など、仕事に関わる価値観も多様化していったのだ。

マネジメントの分かれ道 ~新パラダイム①か、②か?

 職場環境が変化すれば、マネジメントも以前どおりではいられない。新パラダイム(以下、新パラ)の登場だ。しかし現場を見ていると、新パラ①と新パラ②に、さらに分岐しているようなのだ。

<新パラ①>
 「新パラ①」は、多くの職場で既に顕在化している。ここでの力学は「分離・分断」。同世代・同性同士など「同質グループ化」と、よりパーソナルな「個人化」だ。
 対するマネジメントは、「当たらず・障らず」。上司と部下双方に、面倒を避けたい気持ちが働き、互いに踏み込まない関係性が、静かに蔓延している。
 ところが、だ。皮肉なことに「当たらず・障らず」に起因し、さまざまな問題が起きている。例えば、パワハラ・セクハラを訴える声の急増である。上司が部下を叱れない、注意できないことの弊害も、多くの職場で起きている。
 職場に会話がなく相手の思い、感情や考えが分からなければ、恐れる気持ちが生じやすい。これにより人間関係がギスギスすれば、ストレスとなりメンタル不調にもなるという、悪循環が生まれてしまう。
 ちなみに、コンビニエンスストア、スマートフォン、SNSやオンラインゲーム、動画配信サービスなども、分離・分断を助長してきたと言えるだろう。いずれも、生身の他者と接することなく、自己完結で欲望を満たすことができる仕組みだからだ。最近は、ここに自動配膳・自動精算のファミレスやスーパーマーケットも加わった。

<新パラ②>
 一方で、新パラ①とは全く異なる、人事の「新パラ②」を先導している企業がある。ここにあるのは「タテ・ヨコ・ナナメ」の力学だ。
 要するに、網目のようなつながりで、職場の誰もが「人として対等」という認識が、マネジメントの土台となっている。その上で各人に役職や担当など、仕事上の「役割」がのっている。
 ちなみに、マネジメントの手段は「対話」である。「人として対等」だからこそ、互いの思いや考え、感情を出し合うことを歓迎し、受け取り合うことを徹底する。
 意見が異なる場合でも、議論し論破しようとしない。論破するのではなく、互いの声を率直に出し合い、相手の立場や見え方を理解して、両者の違いから新たな解を創るのが、対話の真骨頂なのである。
 こうした職場の在り方は、おのずから心理的安全性を高めていく。結果、さらなる創発が起こり、イノベーションにつながるのだ。

新パラ②の本質 ~相思相愛な風土のつくり方

 私は取材記者・シンクタンク所長として計17年、「働く」現場の声を聴いてきた。働きかた研究所設立後は、組織開発コンサルタントとして11年間、職場を「新パラ②」に導くお手伝いをしている。
 合わせて30年近い経験から、確信していることがある。 “互いを人として大切にし合う「相思相愛な風土」の組織は生産性が高い” ということだ。
 ともに働く人同士が互いの声を受け取り合う心理的安全性の高い職場だと、働く人が自律的・能動的になっていく。その際、仕事の「目的」が自分ごと化され、共有されていると、個々人の成長・活躍を促し、全体の成果につながりやすくなる。
 そのための手段こそ「対話」である。対話とは、「他者の思い・感情・考えを受け取る(聴く)こと」と「自分の思い・感情・考えを声に出す(話す)こと」をキャッチボールのように繰り返すこと。
 それをできるだけ率直に、1対1でも、多対多でも実践する。その好事例として、外食チェーン大手A社における取り組み(研修)を紹介し、本稿を締めくくりたい。

 コロナ禍の2020年、私はA社の北陸営業部の部長とエリアマネジャー6人・計7人を対象に、対話型連続研修を実施した。目的は、チーム感がゼロに等しかった同部の関係性に変化を与え、業績向上につなげること。事前面談では、参加予定のエリアマネジャーの1人が、「このメンバーで、ワン・チームにはなりたくない」と言い切るほど、バラバラな状態からのスタートだった。
 一方で、7人からは「業績を上げ、部下である店長やパート・アルバイトを幸せにしたい」という共通の信念が感じられた。私は「その思いを核にすればきっと良いチームになれるはず」という見立ての下、全6回の研修(うち4回はオンライン実施)で、チーム内の「対話」を促した。毎回異なる問いを提供、関係性にアプローチするワークを繰り返した結果、彼ら・彼女らは見事に「心でつながるワン・チーム」になっていった。

[1回目]
 研修は机を取り払い、椅子だけを距離を保ちサークル状に並べて実施。全員が丸く向き合う形だが、ぎこちない雰囲気でのスタートだ。だからこそ、まずは7人が互いを知ることから始めようと考えた。具体的には、一人ひとりに自分の人生や価値観を語ってもらい、他の6人から「感じたこと」をフィードバックしてもらった。7人は率直に語り、互いにそれを受け取って、感謝や感動を伝え合った。すると場に温かな空気が流れ出し、涙するメンバーが出るなど、想像を超える状況が現れた。研修後のメンバーは、予定外の懇親会を開くほど打ち解けていた。

[2回目]
 メンバーの発案により、まずは自分たちが「心でつながるワン・チームになろう」との認識で一致。

[3回目]
 より素直に自分の思考のクセを伝え合い、チームに新たな価値観を取り入れた。さらにチームの「わくわくする目標」を、「2020年11月の社内営業キャンペーンで1位になる」と自ら定め、これを達成した。

[4回目]
 同年11月末に新規オープン店について、初月の売り上げ目標を通常の135%に設定。担当のエリアマネジャー任せにするのではなく、7人全員で達成するための計画を練り上げた。

[5回目]
 メンバー各自が役割を超えて新店の売り上げを支援し合うなど、圧倒的なサポート活動を継続。コロナ第3波の中、新規オープン店は、高い目標をぎりぎりのラインで達成した。

[6回目]
 各自が自らの変容を振り返り、互いに承認し合い感謝を伝え合った。

 注目したいのは、研修後も数年にわたり、社内営業キャンペーンのトップを走り続けたことである。例えば、全国1200店舗中、北陸営業部の店が1~11位を独占。さらに部内の全58店舗中41店が、上位100位以内にランクインする、などだ。
 成果を上げた理由は何なのか? それこそが「対話」だと私は思っている。テーマを持って互いが語り合う場面をつくったことで、彼ら・彼女らが心を開き合ったことである。そのくらい対話の効果は絶大だ。しかも誰でもいつでも、たとえ遠距離であってもオンラインで実施可能である。
 組織は、放っておけば「新パラ①」に流れてしまう。だからこそ、意図的に「新パラ②」を選択することが大切だ。
 そのためにも、まずは身近な誰かと対話して、思いを分かち合ってみてはどうだろう。きっと関係性が変化する。

※働きかた研究所ホームページ「働きかた ニュース・コラム ―― 実例:一匹狼が、チームになって1位になった ~実話「吉野家」営業物語」より抜粋・要約
http://hatarakikata.co.jp/archives/column_all/column/yoshinoya