2024年08月22日掲載

従業員のリスキリングを促進する企業の取り組み - 第1回 リスキリングに係る問題意識と従業員の意識調査

一般財団法人企業活力研究所
専務理事 福岡 徹
常務理事 小林康宏

 一般財団法人企業活力研究所では、多種多様な人材の能力発揮と活躍による企業活力の増進と産業競争力向上を目指し、雇用・人材に関連するさまざまな課題について検討するため人材研究会を設け、調査研究活動を展開している。2022~2023年度は、学習院大学の守島基博教授を座長に迎え、企業の人事部長等を構成員として「従業員のリスキリングを促進する企業の取り組み」をテーマとして活動を推進し、報告書を取りまとめた。
 本連載は、そのポイントを整理したもので、3回に分けて概要を紹介する。

1.リスキリングに係る調査研究の問題意識

[1]「リスキリング」の用語の普及と意味
 「リスキリング」という用語は、近年、日本で幅広く使われるようになってきている。例えば、「リスキリング」をタイトルの一部とする書籍は、相当の数が出版されており、この用語は2022年には「ユーキャン新語・流行語大賞」にもノミネートされたところである。さらに、2020年9月に経済産業省から発表された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」では、人材戦略の五つの共通要素の一つとして「リスキル・学び直し」が挙げられている。
 ここでの「リスキリング」という言葉は、一般に「ビジネスパーソンが新たなスキルを身に付けること」および「企業が従業員の職業能力を向上させるために再教育を行うこと」(『現代用語の基礎知識 2024』〔自由国民社〕)という、個人型と企業型の双方の意味で使われている。また、英語(reskilling)の意味を英語辞書(Cambridge Dictionary)で確認すると、「自分が異なる業務を遂行できるように、新たな職務技能を習得すること、または、異なる業務を遂行できるように、人々に対し教育することについての過程」(筆者訳)であり、同様に双方の型の意味が示されている。
 本稿では、「リスキリング」を企業型、すなわち、企業が実施する人材対策の中の一つの手法、特に「企業がその従業員に対し、事業変革やDX/AI活用などに向けて必要となる新たなスキルに関する再教育を行う対策」という意味で用いることとした。また、その趣旨を明確にするため、同じ意味で「リスキリング対策」という用語を用いることとした。この「リスキリング対策」に沿って従業員が学習することを「学び直し」または「学び直し行動」としている[図表1]

[図表1]本稿でのリスキリングの意味

  活動の主導主体 対象者 内容 本稿での用語
企業型 企業 当該企業の従業員 異なる業務を遂行できるように、新たな職務技能について教育すること 本稿では、特に「事業変革やDX/AI活用などに向けて必要となる新たなスキルに関する再教育を行う対策」という意味で用いる。この趣旨を明確にするため「リスキリング対策」の用語も用いる
個人型 学習者自身 学習者本人 異なる業務を遂行できるように、新たな職務技能を習得すること 本稿では、企業の「リスキリング対策」に沿って従業員が学習することを「学び直し」「学び直し行動」としている

[2]調査目的:現状の調査・整理の試み
 リスキリングの用語が、ここ数年でかなり幅広く使われるようになったのは、近年、DX/AI技術が進展する状況下で、その導入や事業活用が課題となっていることや、複雑化する社会・経済環境の中で、これまでとは異なった事業変革や新事業展開が課題となっているという背景がある。
 この認識に基づくと、企業においては、既にリスキリング対策に取り組んでいる会社が多いと想定される。しかし、その状況は、進行中の対策ということもあり、いまだ十分な現状調査は行われていない。このため現時点で企業の取り組み状況がどのようになっているかを整理することは、意義のあることと考えられる。
 もちろん、具体的な取り組みの内容は、それぞれの企業が直面する環境に応じて多様なものになると想定される。また、さらに環境が変われば、新たな取り組みが求められることになるだろう。この意味で、本稿は、現時点における進行中の状況についての調査・整理であることを記しておきたい。
 なお、ここで企業のリスキリング対策は、企業が必要な人材を確保する対策の一つであることから、企業が全従業員に対しリスキリング対策を実施する必要性があるわけではない。また、既存の人材へのリスキリング対策ではなく、新たに専門人材を採用することも、重要な手法であることにも留意が必要であろう。

[3]基礎調査の方法
 企業のリスキリング対策の現状を把握する観点から、本調査では、主要企業へインタビュー等をするとともに、より幅広い企業の取り組みを調査するため従業員に対してインターネットによるアンケートを実施した。
 具体的には、主要企業インタビューについては、2022年11月~2023年1月に10社の人事部門幹部の方々に研究会でのプレゼンテーションもしくは個別のインタビューへの対応をしてもらった。また、従業員アンケートについては、従業員数300人以上の企業で、「学び直し」を促進する対策を実施している会社に勤務する従業員800人から、2023年8月に回答を得た。

※IHI、SCSK、キヤノン、大鵬薬品工業、大和ハウス工業、日産自動車、日本製鉄、パナソニックオペレーショナルエクセレンス、日立製作所、富士通(五十音順、法人格は省略している)。

2.企業のリスキリング対策に関する従業員の受け止め方

 ここからは、従業員におけるリスキリング対策に関する意識とその評価について概要を説明する。

[1]従業員の受容は対策の効果を左右する
(1)リスキリング対策を踏まえて学び直し行動をするのは従業員自身
 企業のリスキリング対策の方向性や内容については次回以降に紹介するが、その前に、リスキリング対策に対する従業員の受け止め方について見てみたい。
 まず指摘したいのは、リスキリング対策を導入・実施するのは企業だが、その方針に沿った新たな職務技能の習得のための「学び直し行動」をするのは、個々の従業員、ということである。学び直し行動の充実度は、当然ながら、それを実施する従業員本人のやる気に大きく依存する。このためリスキリング対策に関する従業員の受容が非常に重要な要素となると考えられる。

(2)従業員の納得のために趣旨説明が重要
 リスキリング対策に関する従業員の受容を進めるためには、まず従業員の「納得」が非常に重要な要素となると考えられる。この観点から、従業員への趣旨説明の状況と対策への納得度の関係を見てみた。
 従業員アンケートの結果によれば、趣旨説明を実施しているケースでは、していないケースに比べ、納得度(「納得して実施」「必要と思い実施」との回答率)が高い状況が見られた[図表2]。このことから、対策の趣旨説明は、従業員の納得度の向上につながる可能性が考えられる。

[図表2]リスキリング対策(「学び直し」の促進対策)に対する納得度

図表2

 なお、従業員のリスキリング対策の受容に影響する要因は、従業員に対する対策の趣旨説明だけではないと思われる。従業員がリスキリング対策に納得すれば、直ちに成果が出るものではなく、従業員が学び直しを実行することが必要である。このため従業員の受容による実行を働き掛けていくためには、学び直し行動を促進するための社内の組織体制整備や心理・文化面の措置などの環境の整備も重要な要素であると考えられる。

[2]従業員に対するリスキリング対策の趣旨説明の状況
(1)企業インタビューで見られた状況
 企業インタビューをしたすべての企業では、リスキリング対策の趣旨説明を従業員に対して行っており、それぞれの企業で実態に合わせて、複数の手法を使い分けていることが確認された。
 具体的には、基本的な取り組みとしては、従業員に対する全体研修または階層別研修の中でプログラムに組み込んで説明をしているケースが多い。また、多くの企業で上司面談において、事業環境等の変化を共有しつつ、リスキリング対策の内容を説明している。さらには、経営層と従業員の間のコミュニケーションの機会を設定し、その中で説明する取り組みも見られた。

(2)従業員アンケートで見られた状況
 従業員アンケートの結果においても、リスキリング対策の趣旨説明につき、さまざまな手法で行われていることが見られた。
 具体的な手法(複数回答)としては、全社説明会での説明が33.0%、部署内会議での説明が28.5%、イントラネットでの説明が24.3%、上司の個別説明が22.1%など、複数の手法で実施されていた[図表3]

[図表3]リスキリング対策(「学び直し」の促進対策)の趣旨説明の実施状況(複数回答)

図表3

 他方、リスキリング対策の趣旨説明がなされていないとの回答も22.6%見られた。本アンケートは、所属企業が学び直し促進対策を実施していると認識している従業員(およびその所属企業)に対する設問であるにもかかわらず、趣旨説明がされていないと認識している従業員がいるということは、憂慮すべき点である。

[3]リスキリング対策を有効に推進するための方策
(1)従業員のリスキリング対策の受容・遂行に影響する環境要因
 リスキリング対策については、従業員が趣旨を納得していたとしても、実際に学び直し行動をするのは容易でないという側面がある。求められる学び直しの内容は、「事業変革やDX/AI活用などに向けて必要となる新たなスキル」であり、これまで企業の中に十分に蓄積されていない職務技能である。このため、日本企業において伝統的に取り組まれてきたOJTの手法で進めることは困難を伴うところである。
 このため、リスキリング対策の推進に際しては、容易ではないことを前提とした従業員への配慮や、学び直しに係る具体的な実施方法の提供など、学び直しの行動を促進するための社内における組織・体制の整備が必要になると考えられる。
 具体的な対策は、次回以降に紹介するが、ここではリスキリング対策について従業員の納得度を低下させる環境要因(主に組織・体制面)を示したい[図表4]

[図表4]リスキリング対策に関する従業員の納得度が低い理由(複数回答)<全年齢層>

-(人)、%、ポイント-

区分 A:あまり納得していない B:ある程度納得している ギャップ
(A-B)
合計 (294)
100.0
(506)
100.0
 
新たな職務技能(スキル)を獲得してもそれが実務で役立つか不透明 71.8 57.5 14.3
新たな職務技能(スキル)を獲得してもそれが的確に評価されない 74.5 60.7 13.8
新たな職務技能(スキル)を獲得しても組織の利益に貢献ができない 67.0 55.5 11.5
学び直しの実効性を得るには相当量の実務経験が不可欠 71.8 62.1 9.7
各人が自発的に学んだことを積極的に実務に取り入れていく組織風土がない 66.7 57.3 9.4
新たな職務技能(スキル)を獲得してもそれが適切にポストに反映されない 73.1 64.0 9.1
新たな学びに対する上司の理解や支援がない 57.1 48.2 8.9
新たな職務技能(スキル)を獲得してもそれが適切に給与に反映されない 76.2 67.8 8.4
自身が望むキャリア開拓をサポートする上司の職務技能(スキル)が不足している 66.3 58.1 8.2

 アンケートにおいて従業員の納得度(評価)を下げている要因(一定の納得度がある者の回答率と比べて納得度が低い者の回答率が高い要因)として全体を通じて共通に見られる項目は、「スキルを獲得しても実務で役立つか不明であること」と「スキルを獲得しても評価されないこと」の2点が挙げられる。
 また、これらに加え、年齢層別に見た特徴的な要因としては、若年層では「学習内容を実務で活用する風土がないこと」や「学び直しに対する上司の理解や支援がないこと」が見られた。ミドル層では「スキルを獲得しても、それが給与に反映されないこと」、シニア層では「スキルを獲得してもポストに反映されないこと」が挙げられている。
 これらの社内の環境要因については、その状況を十分に確認し、必要な分野では、その改善に取り組むことが重要と考えられる。

(2)従業員の自律性を高めるための環境要因
 本稿では、リスキリング対策は企業が主導する対策という意味で用いている。しかし同時に、従業員の主体的な努力を伴わないと実質的には進展せず、有効に機能しないと考えられる。言い換えると、「学び直し」を効果的に進めるには、企業の主体性だけではなく、従業員の自律的な行動が不可欠ということである。
 従来の日本企業は、一般に、人事部主導で幅広い分野にわたる人事異動が行われるなど、従業員の主体的で自律的な専門性の蓄積を促す取り組みは十分に行われない傾向があった。しかし、企業がリスキリング対策の成果を得るためには、企業視点で事業の方向性を提示するとともに、従業員の自律性を引き出すための措置等が非常に重要な要素になっていると考えられる。
 そこでアンケートでは、学び直し促進対策の「効果」に影響する環境要因(心理的・文化的な要因を含む)につき、相関が高い要素を抽出することを試みた。その結果、次の3要因につき、より大きな相関が見られた([ ]内の数値は相関係数を表す。相関係数の絶対値が1に近いほど、相関関係が強いとされる。詳細は次回以降で紹介)。

①実務遂行との整合性[0.82]:学習内容の活用指針の提示、経験機会提供等

②良好なコミュニケーション[0.79]:上司との面談、得られた技能を共有する仕組み等

③自発的な学びの支援[0.66]:自発姿勢の研修、研修内容の擦りあわせ、副業等の柔軟化等

 すなわち、これらの環境要因の整備は、従業員の自律性を引き出して、リスキリング対策の効果を実現していくために有効となる可能性が示唆されている。従業員への配慮としては、もちろん処遇の在り方も検討課題の一つであるが、従業員の働きがいやエンゲージメントの向上に直接的な効果を持つという視点からは、勤務環境の整備も重要な方策であると考えられる。

(3)事業戦略、人材育成方針、具体的リスキリング対策の一貫性の必要性
 また、人材研究会での議論においては、リスキリング対策が効果を発揮するためには、まず企業が「事業戦略」を明確に設定して、それを社内に周知した上で、その方針・戦略を前提とした明解な「人材育成方針」を従業員と共有しておくことが重要との指摘があった。これは、「事業戦略」と「人材育成方針」と「具体的リスキリング対策」の一貫性が求められるということであるが、これが十分でないと、従業員の納得、受容を得るのは難しいということである。
 「事業戦略の明確化と社内周知」の在り方については、企業にとって必ずしも容易な課題ではないと考えられるが、具体的なリスキリング対策を立案する際には、十分に踏まえて行われるべきと考えられる。

[プロフィール]

プロフィール写真 福岡 徹 ふくおか てつ
一般財団法人企業活力研究所 専務理事
1986年に通商産業省に入省し、2018年に経済産業省を退官。この間、経済企画庁、外務省、農林水産省、消費者庁や独立行政法人産業技術総合研究所(現国立研究開発法人産業技術総合研究所)でも勤務。2019年から一般財団法人企業活力研究所の専務理事として、同財団の業務を推進。
プロフィール写真 小林康宏 こばやし やすひろ
一般財団法人企業活力研究所 常務理事
1989年日本電気株式会社入社、モバイル通信関連および日本の政策に関する渉外業務に従事。2023年6月より現職。一般財団法人企業活力研究所の事業運営の事務取りまとめおよび人材研究会事務局を担当。