浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授
1.はじめに
2023(令和5)年1月に改正内閣府令(令5.1.31 内閣府令11)が施行され、上場企業は、有価証券報告書(以下、有報)において人的資本についての情報開示を行うこととなってから、1年半余りが経過した。3月末決算の企業は、2024(令和6)年6月末に2度目の開示を行ったことになる。
2023年は、慎重に記載しているといった印象の企業が多かったが、変化はあったのだろうか。また、開示内容から企業の人的資本に対する取り組み方を読み取ることはできるのだろうか。
公益財団法人日本生産性本部が、2023年に続いて、2024年も「有価証券報告書における人的資本開示状況」(速報版)を公表している。筆者も、その集計・分析に関与したところである。有報に記載されたことから何が読み取れたかについて解説したい。
2.女性活躍推進法等に基づき開示することとなった指標から読み取れること
最初に、女性活躍推進法等に基づき開示することとなった指標である、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女の賃金の差異から見てみよう。
女性管理職比率については8.1%から8.5%に、男性の育児休業取得率(育児・介護休業法施行規則71条の4第1号の数値を集計)は50.4%から61.5%にそれぞれ上昇した。また、男女の賃金の差異については、男性を100とすると女性の全体平均は昨年の70.8%から71.4%に縮小した。これについては、おおむね想定どおりといってよいだろう。
男性の育児休業については、取得率だけでなく、日数などの問題もあるとの指摘もあるが、取得率は11.1ポイントと大幅に上昇した。該当する男性の50%以上が取得したという企業は、44.9%から64.8%と大幅に伸びた。本気で取り組めば、職場の風土を変えたり、抵抗感を払拭したりすることができるということだろう。
一方、女性管理職比率や男女の賃金の差異の伸びのほうは大きくない。人を育てるには、時間が必要である。経験を積んだり、知識・スキルを身に付けたりする必要がある。業種による違いも大きい。企業の置かれている現状や課題について、本気で考え、取り組み続けることが必要である。
3.「サステナビリティに関する考え方及び取組」における人的資本に関する自由記述から読み取れること
「サステナビリティに関する考え方及び取組」の該当箇所には、人材育成方針や社内環境整備方針が記載されている。この記載ぶりから、人的資本について、どのように本気で考え、取り組んでいこうとしているのかを見ていきたい。
[図表1]は、2023年および2024年の人的資本についての記載分量を示したものである(環境など人的資本についての記述でない部分は除いてカウントしている)。2023年は平均2095文字、中央値は1624文字であったが、2024年は平均2319文字、中央値は1778文字に増えている。最多が1000~1499字(20.9%)であることは変わらないが、500~999字は4.9ポイント減少している。また、2023年も記載分量にはかなりのバラつきがあったが、2024年はさらにバラつきが大きくなっている。
[図表1]「サステナビリティに関する考え方及び取組」における人的資本に関する記述量(文字数)
資料出所:日本生産性本部(2024)「2024年3月末決算東証プライム企業『有価証券報告書における人的資本開示状況』(速報版)」([図表2]も同じ)
本気で自ら考え、熱心に取り組もうとしている企業と、周りを見つつ、取り組もうとしている企業とでは、開示内容に違いはあるのだろうか。[図表2]は、熱心に取り組もうとしているかどうかの代理変数として、文字数が多いかどうかを基に、特徴的な語を抽出したものである(統合報告書やサステナビリティ報告書などに詳しく記載する旨記述している企業や、URLを示してリンク先に詳しく記載している企業もあるが、ここでは文字数を用いた)。
[図表2]「サステナビリティに関する考え方及び取組」における人的資本に関する記述量(文字数)別特徴語
文字数によって、「多い群(4500文字以上)」「中程度の群(1500~4500文字未満)」「少ない群(1500文字未満)」の3群に分け、対応分析を行った。対応分析では、図の中央の原点に近いほど、どの群でも見られる一般的な語が付置され、各群の方向に離れているほど、その群に特徴的な語が付置される。
これを見ると、「少ない群」の方向には、(人材の)「確保」や(女性)「管理職」(の数)など、有報で指標として開示が求められていることと直接関係する語が付置されている。「中程度の群」の方向には、「研修」や「教育」といった語が付置されている。「多い群」の方向には、「戦略」や「キャリア」「人事」などの語が付置されており、従業員のキャリアを意識し、人事部門と連携しつつ、戦略的に取り組んでいる様子がうかがえる。
4.おわりに
ここまで、有報で開示することとなった情報について見てきたが、企業側にも、企業情報や職場情報を効果的に提供したい事情があるはずだ。事業を運営していく上で、企業について知ってもらい、顧客から信頼を得ることは不可欠である。また、少子化が進む中、多くの企業が人材確保に悩み、採用ページに知恵を絞っている。
有報は、投資家を強く意識したものだが、企業の基本的な情報が分かるほか、人的資本に関する考え方の記載が求められるようになったことにより、企業の経営理念や経営戦略との関係についても把握することができる。2024年3月に、厚生労働省職業安定局が、企業向けに作成した「求職者等への職場情報提供に当たっての手引き」にも、有報に関する記載がある。対応分析の結果から分かったように、熱心な企業は、「キャリア」を意識し、支援している。企業の人事パーソン、キャリアコンサルタントも、求人情報や採用ページばかりでなく、時には、有報や統合報告書などよりマクロな目線の資料も見つつ、人材について考えてみてはどうだろうか。
【参考文献など】
・厚生労働省職業安定局(2024)「求職者等への職場情報提供に当たっての手引き」
・日本生産性本部(2024a)「2024年3月末決算東証プライム企業『有価証券報告書における人的資本開示状況』(速報版)」
・日本生産性本部(2024b)「人的資本の測定と開示が企業経営に与える影響 ~日系企業に対するヒアリング調査とアンケート調査報告~」
浅野浩美 あさの ひろみ 事業創造大学院大学 事業創造研究科教授 厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。 社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会専務理事、人材育成学会常務理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。 筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科兼任講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。 専門は、人的資源管理論、キャリア論 |
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