2024年10月24日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第21回 人手不足への対応策 ~賃金引き上げ以外に打てる手はないのか~

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.「令和6年版 労働経済の分析」(労働経済白書)の概要

 去る9月6日、厚生労働省は、「令和6年版 労働経済の分析」(労働経済白書。以下、白書)を公表した。今回の分析テーマは「人手不足への対応」である。
 白書は、第Ⅰ部、第Ⅱ部の2部から成る。
 第Ⅰ部では、2023年の労働経済の動向について、改善の動きがみられる一方、人手不足感がコロナ禍前より強まっていると分析している。賃上げにも触れ、現金給与総額は3年連続で増加しているが、物価上昇により実質賃金は減少しているという。
 第Ⅱ部では、まず、人手不足の背景、現状について考察し、2010年代以降現在までの人手不足は、それまでと比べ「長期かつ粘着的」だという。その上で、人手不足への対応について、マクロ、ミクロ両面から分析を行っている。
 白書公表後のマスコミ報道では、人手不足が深刻であり、人材確保のために企業がやむを得ず賃上げを行っている、といった取り上げ方が目立ったが、賃上げ以外に打てる手はないのだろうか。
 本稿では、白書の分析や事例を紹介しつつ、人手不足下において、人事パーソンやキャリアコンサルタントとして何ができるかについて考えてみたい。

2.人手不足への対応

[1]マクロの問題についての分析
 第Ⅱ部・第2章「人手不足への対応」では、人口減少等による労働力のひっ迫の問題に対し、潜在労働力、女性、高齢者、外国人それぞれについて、働いていない理由やその背景にあることについて丁寧に分析している。

(1)潜在労働力
 潜在労働力としては、これまで目を向けることの少なかった「就業希望のない無業者」(3000万人)にも言及している。就業を希望しない理由としては、「病気・けが・高齢のため」「出産・育児・介護・看護・家事のため」が多いが、単に高齢であるからといって就労希望を諦めていないか、育児などの負担が女性に偏っていることが女性の就労希望を失わせていないかについても検討している。さらに、「仕事をする自信がない」者(70万人)についても検討し、よりきめ細かな支援が重要だという。
 次に、「就業希望はあるが求職活動を行っていない無業者」(460万人)について検討している。求職活動を行っていない理由としては、やはり、「病気・けが・高齢のため」「出産・育児・介護・看護のため」が多く、数は限られるが、「仕事を探したが見つからなかった」「希望する仕事がありそうにない」「知識・能力に自信がない」と回答した者もいる。ハローワークでの丁寧な相談支援や、リ・スキリング支援などを行うことにより、就労希望を求職活動につなげていくことが重要だという。
 「無業の求職者」(320万人)のうち、「求職期間が1年超に及ぶ長期無業者」(100万人)にも着目している。求職活動が長期となる事情はさまざまであることから、個々人の事情に応じた支援が必要だと指摘する。

(2)女性
 わが国の女性就業率は、2022年において79.8%と高いが、25~54歳女性のパート比率は30%を超えている。若い年代ほど正規雇用比率は高いが、正社員として就業継続したり、再就職したりできるよう、環境を整備し、支援を充実していくことが必要だという。また、「コラム2-8 社会的規範(Social Norms)と女性の労働参加について」では、女性が働くことに対して社会的に共有された社会的規範や、性別に関する無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)にも触れるなど踏み込んだ考察を行っている。

(3)高齢者
 わが国の高齢者就業率は高い。2023年には、60~64歳の就業率は70%超、65~69歳の就業率も50%超となっている。しかし、60歳以降、非正規雇用の占める割合が高くなっている。さらに、65歳を境に引退する者の割合も上昇しているが、この中には、働きたくとも仕事が見つからないという者も少なからず存在する。
 わが国の健康寿命は男女とも70歳を超えており、高齢者の就労希望も高い。65歳を超えても意欲のある高齢者が、能力を十分発揮し、適切な待遇で働き続けられるよう支援していくことが必要だという。

(4)外国人
 外国人についても、多くのページを割いて分析している。日本で働く外国人は増加しているが、送出国である東南アジア諸国との賃金差は縮小傾向にある。日本は、競争相手となる他の受入国に比べ、賃金水準が見劣りする状態にあり、その差が広がる中、外国人労働者に「選ばれる国」であるためには、賃金を上げていくことが重要であると指摘している。
 さらに、ハローワークのデータを分析し、外国人労働者が応募を決める上で最も大きな要素は募集賃金の金額であること、年間120日以上の休日も応募を増やしている可能性があることなども示している。

[2]ミクロの問題についての分析
 ここでは、介護分野と小売・サービス分野に焦点を当て、分析している。

(1)介護分野
 介護分野では人手不足感が強いが、入職率、離職率とも長期的には低下傾向で推移している。しかし、人手不足の程度によって違いがあり、人手不足企業では離職率がより高い。さらに、介護労働安定センターが行った調査を基に、人手が「大いに不足」「不足」「やや不足」レベルの場合には「介護福祉機器の整備」が有効で、「不足」「やや不足」「適正」レベルの場合は「相談体制の整備」などが、「やや不足」「適正」レベルの場合には賃金・賞与や「相談体制の整備」「ICT機器整備の取組」等が、人手不足の緩和に効果的だと分析している[図表1]

[図表1]介護事業所の人手不足への対応の効果

資料出所 (公財)介護労働安定センター「介護労働実態調査」の個票を厚生労働省政策統括官付政策統括室にて独自集計

(注) 「***」は1%水準で有意、「**」は5%水準で有意、「*」は10%水準で有意であることを示す。

資料出所:厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析─人手不足への対応─」195ページ

(2)小売・サービス分野
 小売・サービス分野でも人手不足は深刻だが、人手不足事業所のほうが入職率、離職率とも高く、職員の入れ替わりが激しい。また、労働政策研究・研修機構の調査を基に、正社員では、一定以上の賃金水準の確保に加え、有給休暇の取得促進、時間外労働の削減、研修や労働環境の整備、給与制度の改善などが、人手不足の緩和に効果的だと分析している[図表2]

[図表2]小売・サービス事業所の人手不足への対応の効果

資料出所 (独)労働政策研究・研修機構「人手不足とその対応に係る調査」(2024年)の個票を厚生労働省政策統括官付政策統括室にて独自集計

(注) 「***」は1%水準で有意、「**」は5%水準で有意、「*」は10%水準で有意であることを示す。

資料出所:厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析─人手不足への対応─」207ページ

3.全体を通して

 最近では、令和元年版白書が、「働き方」と関連づけて人手不足に関する分析を行ったが、令和6年版白書では、マクロの問題についてはより詳細に、さらにミクロの問題でも踏み込んだ分析をしている。
 マクロの問題に関しては、潜在労働力、女性、高齢者、外国人、それぞれに職場で力を発揮してもらうためには、きめ細かな相談支援が必要であり、仕事に就いた後も、個々人に応じた状況把握、ニーズ把握が求められる。
 ミクロの問題についても、介護分野、小売・サービス分野で多少異なるところはあるものの、離職率の改善が求められること、賃金は重要だが、それ以外にも機器の導入など業務負担を軽減する取り組みや相談体制の整備、評価・給与制度の整備が有効であることが示された。
 白書には、相談の重要性を示唆する事例も紹介されている。株式会社ウェルフェア三重(介護サービス業。三重県・従業員数114名[2024年4月時点])は、「直接業務」(入浴や食事の世話等)と「間接業務」(掃除・洗濯・シーツの交換等)の分業制を導入するとともに、「週休3日・夜勤専従・10時間勤務」の導入、ICTを活用した業務効率化に取り組み、成功している。しかし、導入当初は職員の抵抗感や不安感が大きかったという。同社では、キャリアコンサルタントによる相談も導入しているが、これによって、職員の希望がより明確になり、職員自身が能動的に働き方を選択できるようになり、成功につながったのだという。
 分析を見る限り、賃金引き上げは重要だが、それだけでは人手不足は改善しないようだ。人事パーソン、企業内キャリアコンサルタントには、それぞれ取り組めることがありそうだが、業種や人手不足の程度によって有効な打ち手は異なる。分析結果や事例を基に、自社にとって有効な打ち手は何か、自身が取り組めることはないか、考えてみてはどうだろうか。

【引用文献・参考文献】

・厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析─人手不足の下での「働き方」をめぐる課題について─」

・厚生労働省「令和6年版 労働経済の分析─人手不足への対応─」

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会専務理事、人材育成学会常務理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科兼任講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論

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