旭化成株式会社
人事部 キャリア開発室 竹内雅彦
キャリアマンスとは、すべてのキャリア支援職が所属団体・領域を越え、「自律的なキャリア形成が当たり前となる社会」の実現を目指して社会の課題に立ち向かい、【チェンジエージェント】として一丸となって輪を広げる特別な月間です。
キャリアマンス2024では、テーマを “働くと生きるを考える” とし、キャリアコンサルタントのみならず社会全体で「働くと生きる」を考えていきます。そこで、皆さまと一緒に考えていきたい “組織と社会に関する寄稿” を全2回でお届けします。
第1回では、旭化成株式会社において長年、キャリア開発・支援に係るさまざまな取り組みを推進してきた竹内雅彦氏に、昨今注目されるキャリア形成のムーブメントについて、個人、上司、企業等の視点から紹介いただきます。
1.はじめに
11月を迎え「キャリアマンス」の理念を読み直してみて、「『自律的なキャリア形成』が当たり前となる社会の実現を目指して」という言葉が目に飛び込んできた。改めて考えると、ここ数年で力強いムーブメントが起こっているように感じる。
私は2005年ごろから当社のキャリア開発施策を立ち上げ、現在ではパラレルワークで社外キャリコンとして、さまざまな企業の支援もさせていただいている。約20年間、キャリア開発に携わってきた私の視点から、「当たり前」へと向かっている自律的なキャリア形成をめぐる幾つかのムーブメントを取り上げてみようと思う。
2.個人のムーブメント
一つ目は、人材流動化の社会インフラが普及し、転職が一般的になったという個人のムーブメントである。当社のキャリアコンサルティング面談(以下、キャリコン面談)やクライアント企業のセルフ・キャリアドック面談で、若手・中堅社員の話を聞く機会がよくあるが、公募人事や転職をキャリア開発の主たる手段と考えている人は多く、人材紹介会社に登録している人が増えている印象だ。
場を変えて成長していく方策は立派なキャリア戦略である。一方で、単に「キャリアづくり=異動・転職」とだけ捉えている若手もいて、それだけではもったいないと感じることがある。今の職場で直面している課題に向き合うことが「一生もののキャリアの肥やし」になることもあるからだ。
[図表1]は、「節目のキャリア開発」と「日常のキャリア開発」の両方を大事にしようと呼び掛けたチャート図で、長年師事する花田光世先生(慶應義塾大学名誉教授)のモデルを私が自社向けにアレンジしたものである。
[図表1]「節目のキャリア開発」「日常のキャリア開発」を組み合わせて終身成長していく
3.上司のムーブメント
二つ目は、部下のキャリア支援に取り組むマネジャーが増えているというムーブメントである。以前から職種や勤務地など部下の希望に耳を傾ける面倒見のいい上司はいた。新しいトレンドは、部下へのキャリア支援力を自分のマネジメントの得意技や武器にしているマネジャーが一定数出てきていることだ。そういったマネジャーから話を伺うと、1on1を継続的に行い、部下の経験学習に丁寧に伴走している様子が分かる。
10年以上前に、外資系企業に勤務していた友人が「自分がプレーヤーのときは、力をつけていつ転職するかを考えていた。マネジャーになると、今度は部下が転職しないか、いつもヒヤヒヤしている。日系企業は腰を落ち着けて仕事ができてうらやましい(隣の芝生は青い)」と話していたのを覚えているが、今日では日系企業の職場も、同様に変化しているのである。
とはいえ、上司世代と若手・中堅社員のキャリア意識には総じてギャップがある。[図表2]は、私が社内でプレゼンテーションした際に反響があった、キャリア形成に関する考え方である。「キャリア自立」「キャリア自律」「キャリア他律」の三つのスタイルを並べ、世代間のキャリア意識の違いを理解し合って相互啓発し、少しずつ真ん中の「キャリア自律」に寄せてもらうことを狙っている。付け加えておくと、上の世代に多い「キャリア他律」は揶揄されることもあるが、地力のある器の大きい「キャリア他律」は立派なキャリア戦略の一つだと思う。よく考えると、自分のキャリアは結局どこかで他者(広義の顧客)がつくっているともいえるのだ。
[図表2]キャリアづくりの三つのスタイル
4.企業のムーブメント
三つ目は、キャリコンを積極的に使う企業が増えているというムーブメントである。セルフ・キャリアドックに着手する企業は確実に増えている。私が社外キャリコンとして支援したある企業では、社内キャリコンのリソースがあるにもかかわらず、特定の対象層(昇進の節目など)にはあえて社外のキャリコンを使うのだという。理由は、「事業変革でキャリア入社者が大幅に増え、上司ではない外部のプロフェッショナルの知見が必要になった(もちろん上司は日常的に育成をしている)」とのことだった。
『WEB労政時報』がキャリア開発を取り上げること自体、人事部門の関心事のスコープが広がっている証左であり、時代変化の象徴に感じる。一律の人事制度では多様な人材をマネジメントするのが難しくなっていて、制度化に先行していろいろなタイプの成功事例をつくっておくこと(いわばトライアル、個別の実験、人事の開発行動のようなもの)が非常に重要になってきたのだと思われる。
幅広い能力を持ったプロフェッショナルなキャリコンは、そういった人材施策を有効に動かす重要な社会的リソースになっていくことは想像に難くない。
ここで、4当社の取り組みとその効果について一つ簡単に紹介したい。
2023年4月に定年延長制度を導入した際、50歳と55歳の管理職向けに、①キャリア研修、②キャリコン面談、③上司とのキャリア面談(以下、上司面談)の三つのキャリアイベントをセットで行うことにした。特筆すべきは、①②各研修・面談を踏まえて実施した③上司面談の内容を集約した結果、次の2点が明らかになったことである。すなわち、❶管理職本人、上司ともに8割以上が上司面談を有効だったと評価し、❷管理職の75%が “これまで伝えていなかった新しいことを上司に話した” 、上司の68%が “部下の管理職から新しい話を聞けた” と答えている[図表3]。ベテラン部下へのキャリア支援であっても大半の上司が前向きに取り組んでおり、積極的でない上司は少数派になっていることが分かったのだ。
[図表3]【旭化成のシニア節目施策】ベテラン管理職向けキャリア研修・面談を踏まえた上司面談の効果
5. 副業や越境学習のムーブメント
四つ目は、自分のキャリア開発のために副業や越境学習に取り組む人が増えているという社会的なムーブメントだ。キャリコン面談の中でも、世代にかかわらず「自分の幅を広げたいので、副業の捉え方についてアドバイスが欲しい」とか「自分の可能性を探索するために越境学習をどう活せばよいか」といった相談がよく寄せられるようになった。余談だが、私自身は週3日を当社での仕事、週2日をパラレルワークと学び直しに充てるスタイルでこの1年半働いており、こういった相談に応じるときには実体験も活かせている。
企業側も、当初は大半が法的な対応だけ進めておこうという構えだったが、中には少数派ながら、一歩進んで副業や越境学習を積極的に組織の活性化策に組み込むケースもある。
政府が利活用を推奨する、いわば “国策” としての「副業・越境学習」が民間企業の現場に伝わってさらに世の関心を集めるようになったのは、2023年のことだったと思われる。このトレンドをどう理解すればよいかと思いをめぐらせていたとき、[図表4]のイメージが頭に浮かんで腑に落ちた。例えば、1300年前に発せられた三世一身の法(723年)は、それまでの中央集権的なやり方に例外をつくってまでして、当時の社会や人材の活性化に踏み込んでいった朝廷の戦略変更だったのではないか。そして、令和のキャリア自律にも同様な時代的な意味があるのではないか──という私の洞察(ほぼ妄想)である。
[図表4]日本史の中の「キャリア自律」(筆者の見え方)
6.最後に
今回の内容は私の身近な事柄を取り上げた雑感にすぎないが、キャリアマンスに当たり「自律的なキャリア形成が当たり前」になる本格的な動きやその課題について話し合うきっかけになればありがたい。「チェンジエージェント」として、あるいは「環境変化への現場の調整役」として、キャリア支援者の実践は世の中の至る所で本格的に展開しているのではないかと思う。
竹内雅彦 たけうち まさひこ 旭化成株式会社 人事部 キャリア開発室 1級キャリアコンサルティング技能士、一般財団法人ACCN会員、一般社団法人キャリアアドバイザー協議会 登録キャリアアドバイザー。 1985年旭化成株式会社に入社、営業職を経て30代後半に人事部門へ異動。2005年ごろから社内でキャリア開発施策を立ち上げる。現在は社内キャリア開発業務に加えて、パラレルワークでさまざまな企業や機関のキャリア面談、キャリコン育成に取り組んでいる。 |
社会でキャリアを考えるイベント
「キャリアマンス2024」(一般財団法人ACCN主催)のテーマは、“働くと生きるを考える” です。キャリアコンサルタントでなくても参加できるイベントも掲載されています。ぜひ、下記サイトをご覧ください。
https://careermonth.wixsite.com/2024