2024年12月13日掲載

Point of view - 第266回 西川暢春 ― ジョブ型人事制度の導入と就業規則整備のポイント

西川暢春 にしかわ のぶはる
弁護士法人咲くやこの花法律事務所 代表弁護士

東京大学法学部卒業。企業の人事担当者や社会保険労務士の先生方とともに企業の労務管理の改善、労使紛争の円満解決に取り組む。全国の企業からZoomや電話等での相談を受け、事務所顧問先は約500社。著書に『問題社員トラブル円満解決の実践的手法-訴訟発展リスクを9割減らせる退職勧奨の進め方』(2021年、日本法令)、『労使トラブル円満解決のための就業規則・関連書式作成ハンドブック』(2023年、日本法令)がある。
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 ジョブ型人事制度(以下、単に「ジョブ型」ともいう)の導入に関する相談が増えている。2024年8月に内閣官房は「ジョブ型人事指針」として20社のジョブ型導入事例を公表した。しかし、掲載されている事例は、本来的な意味でのジョブ型といえないものも多く、多種多様である。本稿では、ジョブ型を導入する企業が就業規則の整備において留意すべき点を取り上げたい。

1.ジョブ型の制度を反映した就業規則が必要

 ジョブ型の制度を導入するのであれば、就業規則もそれに合わせて変更する必要がある。例えば、“労働者の同意がない限りジョブを変更しない” という本来的な意味でのジョブ型を採用する場合、「業務上必要がある場合に、労働者に対して従事する業務の変更を命ずることがある」などと企業の配置転換命令権を定める条項を置くことは、ジョブ型の趣旨・実態に合わない。

 また、解雇事由をジョブ型に合わせて設定し直すことも重要になる。例えば、厚生労働省のモデル就業規則は、整理解雇事由について「事業の運営上又は天災事変その他これに準ずるやむを得ない事由により、事業の縮小又は部門の閉鎖等を行う必要が生じ、かつ他の職務への転換が困難なとき」としている。ただし、これは社命による配置転換が想定されるメンバーシップ型の規定である。 “労働者の同意がない限りジョブを変更しない” という本来的な意味でのジョブ型を採用する場合は、社命による「他の職務への転換」はできないのだから、このような解雇事由の設定は不適切である。外資系企業における整理解雇の効力が争われた裁判例の一つであるバークレイズ証券事件(東京地裁 令3.12.13判決)では、「会社の縮小または部門の閉鎖等を行う必要が生じ、かつ他の職務への転換が困難なとき 」などと、ジョブ型の人事制度に合わない整理解雇事由が就業規則に設けられていた。配置転換等の検討が予定されているかのような内容になっていたことが、使用者の敗訴の原因の一つになった。

 業績不良を理由とする解雇事由についても同様のことがいえる。厚生労働省のモデル就業規則では、「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等就業に適さないとき」とされている。本来的な意味でのジョブ型を採用する場合は、このような解雇事由は不適切である。

2.配置転換があるジョブ型は就業規則で「ジョブ変更に伴う賃金増減のルール」を定めることが必要

 一方、前記「ジョブ型人事指針」を見る限り、日本ではジョブ型人事制度といっても、社命による配置転換が想定されていることが多いと思われる。ジョブに応じて賃金が決まり、下位のジョブに配置転換されたときはそれに応じて賃金が減額される制度が想定されている。

 その場合、就業規則上重要になるのは、「Aというジョブに従事する従業員がBというジョブに配置転換された場合に、賃金がいくらに変更されるか」が明確に規定されているかどうかである。この点に不備があったために、下位のジョブへの変更に伴う賃金減額の効力が認められずに使用者が敗訴している例は多い。典型的な不備の例は、「賃金テーブルが人事部内の内規等として作成されているが、従業員に周知されていない」というものである。これでは賃金テーブルの内容が雇用契約の内容にならない。そのため、下位のジョブに配置転換した場合に賃金テーブルに従って賃金を減額しても、その減額は無効になる。

 また、賃金テーブルを周知していても、それが就業規則の内容になっていない場合には、同様の問題が起こり得る。賃金テーブルは就業規則で定めなければならない。もし、別規程とする場合は、就業規則からの委任規定を設けた上で、就業規則と一体のものとして労働者代表への意見聴取・労働基準監督署長への届け出の対象とする必要がある。

3.等級定義の不備に注意

 等級定義に不備がある例も多い。社命による配置転換があるジョブ型では、Aというジョブに従事する従業員をBというジョブに配置転換する場合に、「Bのジョブが何等級で、その等級に(ひも)づく賃金がいくらなのか」を明確に特定しておく必要がある。

 例えば、「M-3」という等級の定義を以下のように定め、等級と連動した賃金テーブルを用意しているケースを考える。

部門の目標に沿って課題を把握し、その解決策を企画することができる。プロジェクトメンバーを指揮しながらコミットメントを高め、他部門と連携を取って部門全体をリードする形で取り組むことができる。

 このような定義は、従業員の能力を基準としたものである。従業員が担当する職務についての定義にはなっていない。そのため、M-3等級の従業員がAというジョブからBというジョブに配置転換されても、等級定義を当てはめて、Bというジョブが何等級に相当するかを判断することができない。結局、下位のジョブに変更したとしても、賃金の減額は認められないことになってしまう。

 また、「等級の定義=職務についての定義」としていても、その定義が抽象的で、隣接する他の等級との区別が曖昧である場合も同じ問題が起き得る。L産業事件(東京地裁 平27.10.30判決)において裁判所は、会社が作成した「職種別グレード基準書」における各グレードの業務内容の記載について、「業務内容等の記載は抽象的・概括的なものにとどまっており、(中略)共通の内容を類似の用語で言い換えたり、修飾語を付したりして、仕事やその責任の大小に差異があるかのように表現を工夫しているものの、実質的な差異がどこにあるのかは上記記載のみからは判明し難い」と評価した。これでは、従業員がAというジョブからBというジョブに配置転換されても、等級定義を当てはめて、Bというジョブが何等級に相当するかを判断することができない。

 このような問題を生じさせないためには、社内のすべての職務について、それぞれどの等級に該当するかが一義的に明確になるよう等級定義を作成することが肝要である。