浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授
人手不足の状況が続く中で、働きたいという気持ちを持つ高齢者への期待が高まっている。そのような中、厚生労働省は、2024年9月30日に「高齢者の活躍に取り組む企業の事例」を取りまとめ、公表した。
役職定年・定年制の見直し、ジョブ型人事制度の導入など、高齢者の人事・給与制度の工夫に取り組む企業14社からヒアリングを行った結果を取りまとめたものだが、筆者がかつて高齢者雇用対策を担当していた頃※1に訪ね、人事・給与制度についてヒアリングを行った企業もいくつか含まれている[図表1]。その後どのような工夫をしたのか、制度改正を進められた背景には何があったのかなど、事例を基に考えてみたい。
※1 2016年4月~2019年3月、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部長
[図表1]各企業の定年年齢等の内容
社名 | 定年年齢 | 継続雇用年齢の上限 | 役職定年廃止の有無 |
太陽生命保険株式会社 | 65歳 | 70歳 | 廃止 |
YKK株式会社 | 定年廃止 | 上限なし | 一部廃止(役員等の役職定年は継続) |
イオンリテール株式会社 | 65歳 | 70歳(時間給社員は75歳) | 廃止 |
大和ハウス工業株式会社 | 65歳 | 70歳(技術系職員は上限なし) | 廃止 |
1.企業事例から
[1]太陽生命保険株式会社
太陽生命保険株式会社は、2017年4月に、定年を65歳に引き上げるとともに、70歳まで働くことのできる制度を導入した。併せて、役職定年を廃止した。背景には、シニアマーケットでトップブランドを目指していたこと、57歳(役職定年)、60歳(定年)と2度にわたり賃金が下がることによるモチベーション低下が課題となっていたことがあった。
同社は、その後、2020年4月に、評価制度・給与テーブルを改定し、固定部分である資格給の縮小、変動部分である成果給や職位手当の拡大を行っている。併せて、人事評価の処遇への反映率(評価乗率)の引き上げ、管理職に求められる能力認定要件の見直しや評価基準の明確化・厳格化などを進め、よりメリハリのある人事運用を行えるようにしている。
2017年に筆者が訪問したときは、定年引き上げ、役職定年廃止を行ったばかりであった。役職定年廃止により、若手社員の管理職ポスト減少が懸念されるのではないかという質問に対し、従前からメリハリのある人事運用を行ってきており、その徹底で乗り切ると言い切ったのがとても印象的だった。2020年の評価制度・給与テーブル改定により、メリハリのある人事運用がさらに徹底されたといえよう。
[2]YKK株式会社
YKK株式会社は2021年に定年を廃止している。「公正」が、同社の経営理念であり、これに基づいて人事制度全体を見直す中で、定年を引き上げることとし、さらに、その後、定年を廃止したのである※2。定年引き上げの背景には、従前の再雇用制度では戦力化できなかったということがあった。定年廃止は、戦力化をさらに徹底したものであろう。
同社も、かつては職能資格制度を採用していたが、2000年の段階で成果・実力主義的な制度とし、さらに、2007年からは役割を軸とした成果・実力主義としていた。同一等級での在級年数と評価を掛け合わせることにより、昇格だけでなく、降格をも行うという厳しいものである。定年引き上げ、定年廃止というのは大きな決断だが、厳しい評価を行ってきたからこそ、これらを行っても問題ないと判断できたのだといえよう。
2016年に、同社を訪れた際は、2013~2025年にかけて段階的に定年を引き上げているところであった。計画どおりであれば、来春から定年が65歳となるはずだったが、問題ないのであれば、より早く、より徹底した形で戦力化することとなったのであろう。
※2 役員、執行役員の役職定年は継続
[3]イオンリテール株式会社
イオンリテール株式会社は、2007年とかなり早い時期に、定年年齢を65歳に引き上げている。2006年に65歳までの継続雇用制度を導入したが、翌年、早くもこれを見直し、定年を引き上げたのである。定年引き上げ当初は65歳を超える再雇用制度はなく、個別に対応していたが、その後、再雇用制度が導入され、いわゆる正社員、時間給社員とも、CGパートナー、CGエキスパートとして時間給で働くようになった。
同社は、この再雇用制度を2023年に見直し、65歳の定年到達後もフルタイムの正社員として働くことができる再雇用(エルダー社員)制度を導入した。エルダー社員は、役割等級制度で格付けられており、65歳の定年に到達した後であっても担う役割が変わらなければ、それまでと同水準の処遇となる。いわゆる社員は70歳まで、時間給で働く社員は75歳までの雇用継続が可能である。エルダー社員導入前は定年後の雇用継続率が69%だったが、導入後は85%となり、うち約6割がフルタイムでの雇用継続を希望しているという。人手不足による採用難の中、即戦力の確保や現役社員をサポートすることにより、計画的な若手育成にも役立っているという。
[4]大和ハウス工業株式会社
大和ハウス工業株式会社は、60歳以降の社員のモチベーションアップのために、2013年に定年を65歳に引き上げた。その際、60歳を役職定年とし、60歳までの人事制度には手を付けなかった。その後、2015年に原則70歳までの嘱託再雇用制度(アクティブ・エイジング制度)を設けたが、役職定年はそのままで、60歳で役職から退き、賃金が大きく下がる状態(管理職の場合は約4割、一般職の場合は2~3割)が続いていた。
2021年から役職定年廃止の議論が開始され、2022年にこれが廃止された。2023年には技術系の職種について嘱託再雇用制度の上限年齢を撤廃し、働き方の選択肢も拡充された。65歳以降の継続勤務率は、2023年度で55.2%であった。営業関係や監査部門などシニアの経験や人脈が活きる部門などに多く配置し、活躍してもらっているという。これをさらに進め、2025年4月からは、社員自らが65歳または67歳の定年年齢を選択できる人事制度である「67歳選択定年制度」を導入する。
筆者がヒアリングをした2016年時点において、既に将来的には処遇を変えないようにできないか検討したい、能力のある人に70歳くらいまで働いてもらえる仕組みを作りたいとの考えがあった。一連の取り組みにより、人手の確保がしやすくなる一方、人事評価制度運用の難易度は上がる。こうした課題に取り組み続け、同社は処遇を見直し、人によっては70歳を超えても働き続けられる仕組みを構築してきたのである。
2.事例から学べること
わずか4社の事例であるが、これらの企業から学べることは多い。
まず、その多くが、スピード感を持って制度を見直している。いずれも大企業だが、制度導入後、すぐにさらなる見直しを行った企業や、YKKのように「運用ルールは走りながら作っていこう」という企業もある。調整が必要になることなどを考えると、60歳到達者が多く出る前に制度を見直すという判断があった可能性もある。
次に、企業によって違いはあるが、各企業とも60歳超、あるいは65歳以上の従業員の働き方が、制度改定前に比べ60歳以前の人事管理に近づいているところがある。[図表2]は、人事管理制度全般の得点(高齢社員と現役社員の人事管理制度との類似度)別に、高齢者本人のモチベーションの維持・向上、高齢者本人の健康が、どのくらい課題になるかを示したものである。人事管理制度全般の得点(現役社員と近いほど高くなる)が高くなるほど、健康を課題だとする割合が増している。高齢社員に現役社員と同じように働いてもらうとなると、健康リスクを意識するようになる。また、健康の課題を理由に退職してしまうリスクが上がる可能性がある。この問題にどう対処するかが問題となってくる。労働政策審議会安全衛生分科会では、このところ増加傾向にある高齢者の労働災害問題などについて議論が進められている。この問題についても、いずれ取り上げたい。
[図表2]人事管理制度全般の得点別、健康の課題割合の推計値
資料出所:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2016)『高齢社員の人事管理と展望―生涯現役に向けた人事戦略と雇用管理の研究委員会報告書―(平成27年度)』
[注]「人事管理制度全般の得点」は、高齢社員(59歳以下は正社員として勤務し、60歳以降も働く者)と現役社員(59歳以下の現役社員)の人事管理制度との類似度を見たもので、「同じ」5点、「どちらかといえば同じ」4点、「どちらかと言えば異なる」3点、「異なる」2点、「高齢社員は対象ではない」1点とし、「該当しない」回答を除いて、配置・移動、就労条件、教育訓練、評価制度、報酬制度、福利厚生、社員格付け制度の実施状況の7分野の得点から平均点を算出したものである
より長く働く上では、社員が自らのキャリアについて考えることも必要である。イオンリテールは、全社員の自律と活性化が課題であり、「従業員の自律的キャリア形成をサポートする体制を構築」すると言っている。YKKは、定年廃止を受けて、自らいつまで働くかを決めなければいけなくなったことから、65歳前に複数回のキャリア面談を行っている。
公表された事例集には、これら4社以外にも10社の事例が掲げられている。また、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「高年齢者活躍企業事例サイト」には、300社近い企業の事例が掲載されている。業種、企業規模のほか、従業員の年齢構成、現在の人事・給与制度などによっても、制度導入に当たって留意すべきことは異なる。
高齢者に力を発揮してもらいつつ、若手・中堅社員の理解を得、育成を図り、新陳代謝を図る。易しいことではないが、人手不足が続き、高齢化が進む中、実施していかなければいけないことである。さまざまな企業の工夫に学んではどうだろうか。
【参考文献】
・イオンリテール株式会社(2024)『AEON REPORT 2024 Thriving with Communities 地域とともに豊かな未来へ(統合報告書2024)』
・厚生労働省(2024)「高齢者の活躍に取り組む企業の事例を公表します」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_43828.html
・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2016)『高齢社員の人事管理と展望―生涯現役に向けた人事戦略と雇用管理の研究委員会報告書―(平成27年度)』
・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2017)『65歳超雇用推進マニュアル(全体版)』
・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2018)『65歳超雇用推進事例集』
・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2019)『65歳超雇用推進事例集2019』
・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(2020)『65歳超雇用推進事例集2020』
・独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「高年齢者活躍企業事例サイト」
https://www.elder.jeed.go.jp/
・大和ハウス工業株式会社(2024)「65歳・67歳の定年年齢を自ら選択 「67歳選択定年制度」を導入します」
https://www.daiwahouse.co.jp/about/release/house/20241213092636.html
浅野浩美 あさの ひろみ 事業創造大学院大学 事業創造研究科教授 厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。 社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリアデザイン学会専務理事、人材育成学会常務理事、国際戦略経営研究学会理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。 筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学大学院キャリアデザイン学研究科兼任講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師、成蹊大学非常勤講師など。 専門は、人的資源管理論、キャリア論 |
キャリアコンサルタント・人事パーソンのための キャリアコンサルタントを目指す人はもちろん |