皆川宏之 みながわ ひろゆき 1971年生まれ。専門は労働法。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。千葉大学法経学部法学科助教授を経て、2017年より現職。主な著作・論文に、『労働法ケースブック』(神吉知郁子・皆川宏之編著、有斐閣)、「労働法上の労働者」(日本労働法学会編『講座労働法の再生 第1巻 労働法の基礎理論』〔日本評論社〕)など。現在、中央労働委員会東日本区域地方調整委員などを務める。 |
61年ぶりのストライキ
「令和」の元号となり6年が過ぎようとする昨今、「昭和レトロ」が若い世代の人たちにブームとのこと。純喫茶やフィルムカメラ、カセットテープ、ラジカセ等々、昭和40年代生まれの筆者には、かつて見慣れ、その後、時代の移り変わりとともにあまり目にしなくなったスタイルやグッズの数々であるが、それらが20世紀や昭和の時代を知らない世代の人たちの目に新鮮に映ることは想像に難くない。
さて、レトロブームの一環、というわけではないのだが、筆者が専門とする労働法に関わり、かつてはよくあったけれどもその後あまり耳にしなくなり、しかし、最近にわかに注目された出来事がある。それは「ストライキ」だ。2023年8月31日、そごう・西武労働組合の組合員が西武池袋本店でストライキを実施し、同店がその日、臨時休業したことがニュースとして全国的に大きく取り上げられ、社会の関心を呼んだ。大手百貨店でのストライキは61年ぶりであったという。
ストライキの権利――働く者の「切り札」
ストライキとは、日本語では同盟罷業といい、一般に、労働組合が使用者に対して賃金などの労働条件などに関する要求をし、これを貫徹・実現するために組合員が労務の提供を拒否し、使用者に労働力の利用をさせないことをいう。
日本国憲法28条では、勤労者に団結権・団体交渉権・団体行動権の労働三権が保障され、労働組合に団結した労働者が行う団体行動(争議行為)の一つであるストライキには、憲法や労働組合法により、法的な保護が認められている。
正当に行われたストライキであれば、使用者が被った損害、例えばストライキにより店が休業を余儀なくされ、本来の売り上げが得られなかっことについて、労働組合や組合員は損害賠償責任を負わない。また、ストライキによって労働組合がその要求を実現させようとすることは、刑法上の犯罪、例えば、威力業務妨害罪や強要罪に当たるかもしれないが、これも正当なストライキであれば刑事責任は問われない。さらに使用者は、正当なストライキに参加した組合員について、そのことを理由に解雇したり、懲戒などの不利益な取り扱いをしたりすることも禁じられる。
このような保護がある反面、組合員は、ストライキにより労働をしなかった時間について使用者に賃金を請求できない。そのため、ストライキをした場合、使用者が労働組合の要求に応ずるかは両者の我慢比べの結果次第となる。このようにストライキとは、団体交渉では埒が明かないときに、労働者の側が身銭を切る覚悟で選択する、使用者に対して要求を押し通すための「切り札」なのである。
高度経済成長の時代――かつては風物詩だった
ストライキは、かつての日本、特に昭和の頃には、毎年、数多く行われていた。日本の労働組合は企業別組合が主流であるが、1955年以降、高度経済成長期にかけて、労働組合の全国中央組織や産業別の連合団体・協議会などが賃金交渉についての統一的な方針を定め、鉄鋼や自動車といった日本の基幹産業の労働組合がパターンセッターとなって獲得した賃上げの水準を、中小企業を含めた他の産業にも波及させていくという「春闘」方式の労使交渉が定着した。当時は毎年、賃金交渉の妥結水準をめぐる労使の攻防の中で多数の労働組合が春闘ストライキを実施し、私鉄会社の労働組合による大規模な交通ストは一種の春の風物詩ともなっていた。ストライキが文字どおり労働組合の「切り札」として機能していた時代があったのである。
高度経済成長以後の時代――労使協調により減少
しかし、日本でのストライキの件数や参加人数は、第1次オイルショック後の1974年をピークに急速に減少し、バブル経済とその崩壊を経た1990年代以降の「失われた30年」などと呼ばれる時代にも低い水準にとどまり続けている。国際的に見れば、現在も多くの国でストライキは盛んに行われており、日本でストライキが少ない現状は国際的にも関心を集めているようである。
それでは、なぜ日本ではストライキが減少し、その数が増えないのだろうか。それにはさまざまな要因、例えば次のような事情が考えられる。
①労働組合組織率の低下と「労使協調」路線の定着
まず、先進国に共通する傾向でもあるが、製造業からサービス産業へと雇用の中心が移り、労働組合の組織率が低下してきたことがある。その上で、日本では1973年の第1次オイルショックにより高度経済成長が終焉し、労働側の要求する賃金水準は抑制的なものとなった。この時期に、各企業では苦境を乗り切るため、経営側と労働組合との間で経営状況や経営計画などに関する情報提供や意見交換、検討などを行う労使協議の場が設けられた。対抗的な団体交渉とは異なる労使間コミュニケーションが制度化されることで、いわゆる「労使協調」路線が多くの企業で定着する。その結果、労働組合の持つ情報や見解が経営側に接近したことで、賃上げでもストライキを伴わずに解決に至るケースが増えた。さらに、1990年代末の金融危機、2000年代初頭のITバブル崩壊などを経て、経済全般が停滞する中、労働組合側の要求は労使協調の中で組合員の雇用維持に力点が置かれるようになり、賃上げを求めるストライキは影を潜めていくこととなった。
②非正規雇用労働者の増加
加えて、ストライキ減少の底流には、非正規雇用労働者の増加も関係していると思われる。1990年代後半以降、パート・有期・派遣などの非正規雇用労働者の数は基本的に増加傾向にあり、労働者全体に占める割合は、1994年の20.3%から、2023年には37.1%に上昇している(総務省統計局「労働力調査」)。非正規雇用労働者の場合、離職率が高く、企業別組合では組織化が難しいことや、近時話題の「年収103万円の壁」や「扶養130万円の壁」の問題もあって労働者の側にも賃上げを求める動機づけが弱いことなど、さまざまな要因はあろう。いずれにしても、これまで非正規雇用労働者の待遇改善を求めるストライキは、少なくとも大規模には行われてこなかった。そもそも、非正規雇用の拡大が正規雇用の維持と表裏一体的に進んできたことを踏まえると、正規雇用労働者中心の労働組合であれば、非正規雇用労働者の待遇改善に「切り札」をもって臨む動機づけも生じにくかったことは想像に難くない。
令和の時代――ストライキは再びよみがえる?
しかし、2023年、突如としてストライキが社会的に注目されることとなった。これまでと、ストライキをめぐる状況にどのような変化が生じたのだろうか。
一つは、株式の売却による経営陣の交代などで、従前からの労使協調によっては解決できない問題が生じるケースである。これまで日本企業における労使協調の主眼であった組合員の雇用維持が怪しくなれば、労働組合が経営陣に対して要求を貫徹しようとする上で「切り札」を使うことを考えざるを得ないケースも起こり得る。冒頭でも触れた、2023年夏のそごう・西武労働組合がストライキに至った背景には、そのような事情があったといえる。
次に、世界的な傾向であるが、航空産業の労働組合では、パイロットや客室乗務員等の組合員がストライキを行った場合、欠航による経営への影響は大きく、企業側は代替要員の確保が容易でないことから、ストライキの効果が高い。そのため、労働組合が積極的にストライキを行い、経営側に対して待遇改善を求めるケースが多く見られる。日本でも、2023年12月、ジェットスター航空の労働組合JCAが、未払い賃金の支払いなどを求める団体交渉を経てストライキを実施した。このように、国際的な潮流もあり、航空産業などでは今後もストライキを通じて労働条件の改善を図ることがあり得よう。
また、2023年には、ABCマートの店舗でパートとして働く労働者が、企業別組合ではない総合サポートユニオンに個人加入し、賃金引き下げの撤回とパート・アルバイトの賃上げを求めて団体交渉を行い、1人でストライキを実施した。その結果、同社の全パート・アルバイトの賃金を6%引き上げる回答が会社から出されたという。この例のように、1人のストライキでも、労働条件をめぐる問題をアピールし、社会的に注目されることで、使用者にとって圧力となることがある。上述のとおり、非正規雇用労働者は、これまでストライキによる賃上げ要求の対象外であった。しかし、今後「年収の壁」の引き上げ等があれば、“非正規雇用労働者が賃上げに消極的であった壁” も、一部解消されるかもしれない。そのとき、非正規雇用労働者のストライキがさらに広がっていく可能性はあるだろう。
温故知新――新しい時代のストライキ
さて、令和の時代に広がったストライキの動きは、レトロブームに沸く若い人たちの目にどう映るだろうか。ストライキがあると、店が開かなかったり、飛行機が飛ばなかったりと、消費者目線では迷惑に映るかもしれない。しかし同時に、ストライキをして待遇改善を求めることは、勤労者として働く人すべてに保障された権利であり、それを使うことで労働者の待遇が向上してきた歴史を踏まえることも重要である。現在のように、インフレに賃金上昇が追いつかない状況では、各企業や産業レベルで労使が主体的に取り組むべき課題は多い。「手取り」を増やすには、非課税となる収入額の基準を変えることだけでなく、労使交渉によって獲得する方法もある。さまざまな「分断」が指摘される昨今であるが、働く者の「連帯」について、歴史に学んで将来を考えることが必要な時期ではないだろうか。