2025年02月19日掲載

Point of view - 第270回 舟木彩乃 ― 発達障害グレーゾーン社員への対応法

舟木彩乃 ふなき あやの
心理学者・博士(ヒューマン・ケア科学/筑波大学大学院)
株式会社メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー) 副社長

公認心理師・精神保健福祉士。中央官庁や地方自治体のメンタルヘルス対策に携わる。著書に『発達障害グレーゾーンの部下たち』(SBクリエイティブ)、『「なんとかなる」と思えるレッスン 首尾一貫感覚で心に余裕をつくる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。Yahoo!ニュース エキスパート オーサーとして「職場の心理学」をテーマにした記事、コメントを発信中。

「発達障害グレーゾーン」とは

 次のような相談を部下や同僚から受けたとき、あなたならどのように対応するだろうか。

「Aさんに入力業務をお願いしてもミスばかりで、チェックするこちらの負担が重くなっています」

「Bさんはこだわりの席の位置があるようで、打ち合わせや席替えのときにマイルールを貫こうとするので困っています」

「Cさんから、キーボード入力の音が気になって集中できないと言われました。私としては、普通に打っているつもりですが……」

 これらは、発達障害グレーゾーン(以下、グレーゾーン)の人と働いている同僚から、上司の元へ寄せられた相談(クレームに近い)の一部である。自分の部下の中にグレーゾーンがいる上司は、このような相談を受けたとき、頭を抱えることになる。グレーゾーンとは、発達障害の診断はつかないが、その傾向がある人である。
 グレーゾーンは障害者雇用の枠ではない採用のため、基本的に会社側はこうした社員がいることを把握していない。それどころか、その存在を知らないことも少なくない(グレーゾーンという言葉を知らないことさえある)。そのためグレーゾーンの部下がうまく職場に適応できない場合、上司の管理能力に問題があると思われがちである。
 発達障害がメディアで取り上げられ過ぎたせいか、正確でない情報が広まっている面がある。「発達障害の人ってIQは高いけど、コミュニケーションが苦手なんでしょう?」などと聞かれることがあるが、発達障害だからIQが高いわけでも、コミュニケーションが苦手というわけでもない。

発達障害、ASD・ADHDの特性

 発達障害とは、「自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder)」(以下、ASD)や「注意欠如・多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)」(以下、ADHD)などの障害の総称である。ASDの特性は、コミュニケーションやイマジネーションの障害、強いこだわりがあることなどで、軽症(アスペルガー障害)から重症(自閉症)へのスペクトラム(連続体)と捉えられている。ADHDは、中核症状に遂行機能障害(例:企画書どおりに仕事を実行することができない)があるため、職業に就くと困難が多くなると言われている。ADHDには「不注意」(忘れっぽく集中できない)、「多動性」(じっとしているのが苦手)、「衝動性」(考える前に行動してしまう)の三つの特性がある。
 職場の発達障害に関する相談で圧倒的に多いのがASDとADHDであることから、本稿では主にこの二つを対象としている。
 発達障害の診断は、医療機関において問診(現在の困り事や幼少期の様子、場合によっては家族の話、学生時代の成績等)、検査(知能検査や心理検査)などによって総合的に行われるため、医師により違う結論が出てしまうことがある。診てもらってもはっきりした診断名がつかず、「発達障害の傾向がありますね」とか「グレーゾーンですね」などと曖昧なことを言われたりもする。
 冒頭の相談例に出てきたAさん、Bさん、Cさんは、発達障害グレーゾーンである。入力ミスが多いAさんはADHDの “不注意” が、マイルールを貫こうとするBさんはASDの “こだわり” が、音にストレスを感じやすいCさんは “刺激に敏感” という発達障害全体の特性が、仕事や人間関係に影響を及ぼしている。しかし、上司や同僚に彼ら・彼女らの言動の背景にある特性についての知識がない場合、単なる「変わった人」や「面倒くさい人」で片付けられてしまう。職場の上司や同僚は、たいてい発達障害グレーゾーンの特性を知らないため、「一体どうしたらいいのか」と悩んだり、時には強い口調で指導してハラスメントだと言われたりすることになる。

研修を通じたグレーゾーンへの理解促進

 最近、グレーゾーンの社員の上司などから対応法について相談を受けることが増えている。職場環境にうまく適応できずにいるグレーゾーンの社員はつらい思いをしているが、ダイレクトに彼ら・彼女らと関わっている直属の上司や部下も、悩んでいることが少なくない。筆者のところにグレーゾーンの社員への対応法などを相談に来るころには、相談者自身が既にメンタルに不調を来していることもある。
 会社側は当事者がグレーゾーンであることを把握していないため、上司が配慮することについては、「病気や障害でもないのに……」などと周囲の理解が得られないケースも多く、“えこひいき” していると思われてしまう場合がある。結果として、上司は管理能力を問われることになりかねない。
 このような事態を避けるためのシンプルな解決策の一つとして、「発達障害グレーゾーン」をテーマにした研修を職場内で実施することが考えられる。グレーゾーンの知識を習得することは、その言動の背景を理解することにつながり、上司が頭を抱えることも少なくなる。

「ピアケアサポート」による現場カウンセリングも有効

 グレーゾーンと他の部下との板挟みになった上司は、誰に相談したらよいのだろうか。
 普段から、職場内のコミュニケーションでは “縦” だけでなく “横” や “斜め” の経路をつくっておくと、解決できる機会が多くなる。縦は直属の上司や先輩社員、横は同僚、斜めは他部署の管理職などだ。相談相手が直属上司や人事担当者しかいない場合、相談する側である上司は、「管理能力がないと思われ、不利益を被るのではないか」という不安が生じるのが自然だろう。「悩みを相談したいが、そもそも直属の上司と反りが合わない」というケースもある。
 そんなとき、他部署や自分とは立場の異なる管理職に気軽に相談できる経路があれば、悩みを1人で抱え込んでしまう事態を避けることができる。筆者は、職場内に第三者的な立場のカウンセラーを配置することを提案することがある。このような仕組みは「ピアケアサポート」と言われている。ピアケアサポートでは、外部のカウンセラーに依頼するのではなく、自社の社員にカウンセラーの役割を担ってもらう。自社内カウンセラー(ピアサポーターなどと呼ばれる)は、社歴が長く経験も豊富で、社内の諸事情や人間関係などに精通していて、かつ話し掛けやすい人柄の社員が望ましい。ピアサポーターには守秘義務を課して、相談者の心理的安全性を確保し、安心して悩みを打ち明けてもらえるようにする。ピアサポーターに、外部講習などで悩みの聞き方(傾聴方法)や助言の仕方、発達障害に関する知識などを習得してもらうことも重要になる。
 グレーゾーンの問題でなくとも、ピアケアサポートは、組織が自分たちの力で課題を解決していく力を得られる制度と言える。導入する組織によってさまざまな形になるものの、発達障害やグレーゾーンの社員への適切な対応ができることも含めて、大きな可能性を秘めているのではないだろうか。