2025年02月28日掲載

Point of view - 第271回 常光瑞穂 ― 人事労務担当者のための心理学講座

常光瑞穂 じょうこう みずほ
株式会社ライフキャリアサポート 代表

心理コンサルタントとして、人と組織のWin-Winで幸せな成長を支援。キャリアデザイン・人材育成、健康経営、メンタルヘルス対策、組織づくりの観点から、企業の持続可能な発展をサポートする。これまで2000人以上の個別コンサルティング、100社以上の企業コンサルティング、500回以上の研修を行う。京都大学大学院工学研究科修了後、子どもの頃から憧れたエンジニアとなるが当時の長時間労働の働き方に疑問を感じ退職。心理学を学び、2003年開業。国家資格キャリアコンサルタント、臨床心理士、修士(人間科学、工学)。
https://life-c-s.com/

 人事労務の仕事は、採用、配属管理、教育研修、制度設計、労務管理など多岐にわたる。
 企業にとって最も重要な経営資源である「人」に携わる業務であり、社員の成長に関わるなど大きなやりがいがある一方、多様な人材と接する特性上、対応に唯一の正解があるわけではなく、人事労務担当者として悩むことも少なくない。
 特に、少子化・人口減少が進み、人手不足や採用難がますます顕著になる今、以前にも増して人材育成、定着率の向上に取り組む必要性が高まり、人の成長や発達の視点から深く人間を理解し、対応することが求められている。
 本稿では、キャリア自律支援の観点から、人材活用に役立つ心理学のノウハウをお伝えする。

内発的動機づけの活用:アメとムチでは人は動かない

 従来は報酬や罰といった外発的動機づけによってモチベーションを引き出そうとする、いわゆる「アメとムチ」を使った管理手法がよく用いられてきた。
 しかし、このような「鼻先にニンジンをぶら下げる」やり方では、短期的にはモチベーションを高められても、長期的には視野を狭め、自発性ややりがいをそぐリスクがある。
 そこで重要になるのが、外的な報酬で人を動かそうとするのではなく、活動そのものから得られる満足感や充実感、成長実感などをエネルギー源とする「内発的動機づけ」を活用する方法である。

内発的動機づけの源泉を明確にする:目標とタスクの階層化

 内発的動機づけの源泉は一人ひとり異なるため、その活用のためには、「興味」や「価値観」を本人が深く理解し、目標とタスクを階層化しておく必要がある。
 [図表1]に示すように自分が人生において最も大切にしたい価値観や、「どのような人生を送りたいか」という目的から大目標を設定し、中長期的な目標(中目標)、短期目標(小目標)、日々のタスクへと具体化していく。

[図表1]目標とタスクの階層化

図表1

 個人が重視する価値観や成長したい方向性が、企業のパーパスや業務内容とリンクしていれば、モチベーション高く、自律的に仕事に取り組むことができるため、生産性の向上や離職率の低下が期待できる。
 具体例を交えながら、詳細な方法を見ていこう。

実践事例:漠然としたモヤモヤを抱える管理職Aさん

 40代管理職Aさんのキャリアデザイン事例を紹介する。
 Aさんは特に大きな悩みがあるわけではないが、漠然と「このままでいいのかな?」と感じていた。
 管理職になる前は、専門職としてスキルアップする目標が明確であり、成長を実感でき、楽しかったという。しかし、管理職となってからは日々の業務に追われ、以前ほど仕事が楽しめなくなっていた。
 仕事でもプライベートでも大きな問題はなく、客観的に見れば順調なほうで、管理職を辞めたいというわけでもなかったが、どうしていいか分からない“モヤモヤを抱えた状態”だった。
 Aさんの業務についてヒアリングすると、メンバーに仕事を任せ切れず、目先のタスクに追われ、中目標・大目標が曖昧であることが分かった。
 そこで「どのような管理職でありたいか」を改めて考えてもらったところ、「長年染みついたプレーヤーのスタイルから脱却し、メンバーの力を引き出し、楽しく価値創造できるチームをつくりたい」というニーズが浮かび上がり、仕事上の目標が明確になった。
 さらに、「定年後に起業したい」という願望があるものの、何も行動に移せていないことがモヤモヤの一つの原因になっていた。その点も、今からすべきスキルアップや人脈づくりといった小目標・タスクを具体化し、現在の仕事と並行して進められるようになった[図表2]

[図表2]管理職Aさんのキャリアデザイン事例

図表2

 このプロセスを通じ、Aさんは目標が明確になり、迷いなく充実感を持って仕事に打ち込めるようになった。
 さらにこの内容を上司や会社とも共有できれば、Aさんの興味の方向性に合わせたスキルアップの機会を提供しつつ、業務をアサインすることができる。内発的動機づけを生かした形となり、会社にもメリットがある。
 研修や個人コンサルティング等で、このような自己理解、相互理解の機会を設けることで、社員一人ひとりの持つ内発的なモチベーションを、生産性や企業価値の向上につなげていくことができる。

人事労務担当者にも、自身の目標とキャリアの階層化が必要

 人事労務担当として人材活用に関わる皆さんにはぜひ、まずはご自身の目標とキャリアの階層化に取り組んでいただきたい。整理する過程で多くのことに気づき、それを他者支援にも生かすことができる。
 人と関わる仕事では、自身が過去につらかったことや失敗した経験も、人を理解し、支援する上で貴重なリソースとなる。どのような人生経験も無駄にはならない。
 しかし、どれだけ豊富な人生経験があっても、過去の自分と似た課題や悩みを持つ人に対して「自分も同じだったから分かる!」と思い込んでいると、決めつけや偏見になりかねない。また、自分と同じ課題を他者の中に見いだすと、感情的になったり、相手を無意識にコントロールしようとしたりしてしまうこともある。
 単に経験があるから他者を支援できるのではなく、自分の経験やその時の内面の動きを客観視して整理し、言語化できるようになって初めて、人の支援に生かすことができる。
 人事労務担当は多様な人材と関わり、大きなやりがいを得られる仕事だ。半面、時には板挟みになるような立場だからこそ、よく自己理解し、どんなHRパーソンでありたいのか、目指す生き方や価値観を明確にしておくことが、仕事の成果にも、自身のメンタルヘルスやキャリア形成にも大いに役に立つだろう。